青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第5章》 ロットバルトの憂鬱

甘露

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「今日はスーツで眼鏡なんですね」

 瞳子の目の縁にはほんのりと朱みがさしていた。潤んだ瞳で見つめてきて、ケンカ中であるにもかかわらず、口角を僅かにあげて、うっすらと誘うような顔をしている。

 酔っているのだろう。彼女の甘露がしたたるような表情に、飛豪はキスしたいと欲情に駆られた。いやいやいや、と煩悩をふり払って、保護者兼ルームメイトの仮面をつけなおす。

 ――こいつ、こんな濡れきった顔で外に置いといて、大丈夫かよ。

 彼は、つとめて冷静に問いかけた。

「いま何杯目?」

「二杯目。藤原さんオススメの初心者ウイスキー飲んでました」

「ふぅん」

 それからしばらく、会話は途絶えた。

 飛豪は自分の前に置かれたグラスをとった。対話するように、冷たくも熱くもある液体をゆっくりと口に含んでいく。藤原が物言いたげな視線を送ってきていたが、別の客からのオーダーが入ったので去っていった。

 一日の疲れを落とすように息をつくと、彼はぼそりと言った。

「それで。ご依頼のとおり迎えにきたけど」

「……謝ればいいのか、強気に出ていいのか、よく分からない」

「どっちもしなくていい。俺も、望んでいない」

 二人とも、正面を向いたまま相手を見ずに話していた。

 飛豪としても、この四日間ずっと考えつづけていた。自分は、彼女に害をなすだけの存在だと。

 土曜日の夜、彼女が失神した後も行為をつづけた。やってしまった彼自身もその後の夢見が悪く、うなされた。とうとう死体性愛ネクロフィリアの気もでてきたかと、自己嫌悪のあまりバスルームで胃液を吐いた。

 なのに黒い霧に支配されていたもう一人の自分は、歓喜していた。

 ぐったりとして人形のように横たわる彼女の体に没頭して、アドレナリンの洪水に身をゆだねていた。

 意識を失っていても彼女は眉根をよせて首をふり、彼から逃れたいというように広いベッドを転がりまわった。それを引き戻すと、より一層辛そうな表情を浮かべて身を縮こまらせるのだ。種子のように小さく閉じた身体を無理やりこじ開ける。乱れた呼吸が、いつまでも部屋に響いていた。

 彼女の苦痛に喜んでいる自分と、苛まれている自分がいる。その引き裂かれる感覚ときたら。あの日以来、頭の奥に脈打つような痛みが断続的におとずれる。

 彼女に謝れないのは、今後も同じことを繰りかえしてしまうからだ。それを受けいれることに対して、報酬を支払っている。

 もう一つある。より差し迫った問題だった。

 前回の夜が荒れたのも、これが影響している。せっかく藤原がいるのだ。第三者の目がある場所だったら、自分も取り繕ったまま話すことができるだろう。
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