81 / 192
《第5章》 ロットバルトの憂鬱
甘露
しおりを挟む
「今日はスーツで眼鏡なんですね」
瞳子の目の縁にはほんのりと朱みがさしていた。潤んだ瞳で見つめてきて、ケンカ中であるにもかかわらず、口角を僅かにあげて、うっすらと誘うような顔をしている。
酔っているのだろう。彼女の甘露がしたたるような表情に、飛豪はキスしたいと欲情に駆られた。いやいやいや、と煩悩をふり払って、保護者兼ルームメイトの仮面をつけなおす。
――こいつ、こんな濡れきった顔で外に置いといて、大丈夫かよ。
彼は、つとめて冷静に問いかけた。
「いま何杯目?」
「二杯目。藤原さんオススメの初心者ウイスキー飲んでました」
「ふぅん」
それからしばらく、会話は途絶えた。
飛豪は自分の前に置かれたグラスをとった。対話するように、冷たくも熱くもある液体をゆっくりと口に含んでいく。藤原が物言いたげな視線を送ってきていたが、別の客からのオーダーが入ったので去っていった。
一日の疲れを落とすように息をつくと、彼はぼそりと言った。
「それで。ご依頼のとおり迎えにきたけど」
「……謝ればいいのか、強気に出ていいのか、よく分からない」
「どっちもしなくていい。俺も、望んでいない」
二人とも、正面を向いたまま相手を見ずに話していた。
飛豪としても、この四日間ずっと考えつづけていた。自分は、彼女に害をなすだけの存在だと。
土曜日の夜、彼女が失神した後も行為をつづけた。やってしまった彼自身もその後の夢見が悪く、うなされた。とうとう死体性愛の気もでてきたかと、自己嫌悪のあまりバスルームで胃液を吐いた。
なのに黒い霧に支配されていたもう一人の自分は、歓喜していた。
ぐったりとして人形のように横たわる彼女の体に没頭して、アドレナリンの洪水に身をゆだねていた。
意識を失っていても彼女は眉根をよせて首をふり、彼から逃れたいというように広いベッドを転がりまわった。それを引き戻すと、より一層辛そうな表情を浮かべて身を縮こまらせるのだ。種子のように小さく閉じた身体を無理やりこじ開ける。乱れた呼吸が、いつまでも部屋に響いていた。
彼女の苦痛に喜んでいる自分と、苛まれている自分がいる。その引き裂かれる感覚ときたら。あの日以来、頭の奥に脈打つような痛みが断続的におとずれる。
彼女に謝れないのは、今後も同じことを繰りかえしてしまうからだ。それを受けいれることに対して、報酬を支払っている。
もう一つある。より差し迫った問題だった。
前回の夜が荒れたのも、これが影響している。せっかく藤原がいるのだ。第三者の目がある場所だったら、自分も取り繕ったまま話すことができるだろう。
瞳子の目の縁にはほんのりと朱みがさしていた。潤んだ瞳で見つめてきて、ケンカ中であるにもかかわらず、口角を僅かにあげて、うっすらと誘うような顔をしている。
酔っているのだろう。彼女の甘露がしたたるような表情に、飛豪はキスしたいと欲情に駆られた。いやいやいや、と煩悩をふり払って、保護者兼ルームメイトの仮面をつけなおす。
――こいつ、こんな濡れきった顔で外に置いといて、大丈夫かよ。
彼は、つとめて冷静に問いかけた。
「いま何杯目?」
「二杯目。藤原さんオススメの初心者ウイスキー飲んでました」
「ふぅん」
それからしばらく、会話は途絶えた。
飛豪は自分の前に置かれたグラスをとった。対話するように、冷たくも熱くもある液体をゆっくりと口に含んでいく。藤原が物言いたげな視線を送ってきていたが、別の客からのオーダーが入ったので去っていった。
一日の疲れを落とすように息をつくと、彼はぼそりと言った。
「それで。ご依頼のとおり迎えにきたけど」
「……謝ればいいのか、強気に出ていいのか、よく分からない」
「どっちもしなくていい。俺も、望んでいない」
二人とも、正面を向いたまま相手を見ずに話していた。
飛豪としても、この四日間ずっと考えつづけていた。自分は、彼女に害をなすだけの存在だと。
土曜日の夜、彼女が失神した後も行為をつづけた。やってしまった彼自身もその後の夢見が悪く、うなされた。とうとう死体性愛の気もでてきたかと、自己嫌悪のあまりバスルームで胃液を吐いた。
なのに黒い霧に支配されていたもう一人の自分は、歓喜していた。
ぐったりとして人形のように横たわる彼女の体に没頭して、アドレナリンの洪水に身をゆだねていた。
意識を失っていても彼女は眉根をよせて首をふり、彼から逃れたいというように広いベッドを転がりまわった。それを引き戻すと、より一層辛そうな表情を浮かべて身を縮こまらせるのだ。種子のように小さく閉じた身体を無理やりこじ開ける。乱れた呼吸が、いつまでも部屋に響いていた。
彼女の苦痛に喜んでいる自分と、苛まれている自分がいる。その引き裂かれる感覚ときたら。あの日以来、頭の奥に脈打つような痛みが断続的におとずれる。
彼女に謝れないのは、今後も同じことを繰りかえしてしまうからだ。それを受けいれることに対して、報酬を支払っている。
もう一つある。より差し迫った問題だった。
前回の夜が荒れたのも、これが影響している。せっかく藤原がいるのだ。第三者の目がある場所だったら、自分も取り繕ったまま話すことができるだろう。
1
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる