青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第5章》 ロットバルトの憂鬱

彼の名刺

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 外に出ると、梅雨らしく雨が降りしきっていた。アパート外周の植栽の色をうつして、雨がすきとおった翡翠色をしている。

 駐車場まで、奈津子は見送りに下りてきてくれた。先に瞳子のために助手席をひらいたタイミングで、飛豪は奈津子へと声をかけた。

「塚田さん、今度ウチにも遊びにきてよ。瞳子が神楽坂で一緒にお店巡りしたいって言ってたから」

 神楽坂は昔の花街のために料亭が多いほか、お洒落なカフェや雑貨店が軒をつらねている風情のある町だ。こちらの判断も早く、瞳子はとっさに彼の横顔をうかがった。飛豪はいつもどおり、自若とした様子だった。

「奈津子でいいですよ。私、男女関係なく名前で呼ばれるほうが多いんで」

「オッケ。じゃあ一応、俺の名刺わたしとくから、なにかあったら連絡たのむ」

 Tシャツにデニムの休日ファッションなのに、しっかりと名刺ケースを持ち歩いていたらしい。彼は、さっと一枚とりだすと奈津子の手に渡した。吹きこんできた雨から瞳子を守るように、飛豪は助手席の扉をしめる。

 その後、彼は奈津子といくつか言葉をかわしたのち運転席に入ってきた。

 二人と接していて、瞳子は否応なく気づかされていた。

 会話のテンポがぴったりで、ツーカーで物事が進む。身長の面でも、二人が並んだ姿はしっくりきている。

 奈津子が身長一七〇センチなのに対して、瞳子は一六〇センチすれすれだ。キャンパスのいたるところで声がかかってくる奈津子の人好きする雰囲気に、友達どころか顔見知りさえ少ない瞳子は、「すごいなぁ」と気が引けることは何度もある。快活で陽性の性質タチの飛豪とも、友人はぴったりハマるのだ。

 帰り道、最初の信号待ちで、瞳子はつい気落ちした口調で話しかけていた。

「飛豪さん、家に入れていいかどうか決めるの早かったですね」

「悩まないだろ、あれは」ハンドルを握っている彼は屈託なく返した。

「……ナコちゃん、すごく良い子なんです。二人とも、電光石火で分かりあえてる感じがして、びっくりしました」

「うーん。性格のタイプが近いっていうか、構成要素が近いっていうか。にしても、君の友達って感じがして興味深かった。瞳子と違う系統なのに動じないっつうか、肝っ玉太いっつうか、そこは似てるんだなって思った」

 彼女は吹き出してしまっていた。

「え、わたしも動じないタイプなんですか?」

「自覚なかった? 俺、君より図太い人間はあまり知らない。高瀬といい勝負かな」

 フロントガラスを叩く雨粒の大きさに、ワイパーも忙しげに仕事をしている。瞳子のバッグから、LINEのメッセージ音が響いた。さっき別れたばかりの奈津子だった。

《部活の先輩後輩になんか全然見えないし!》《超甘々な雰囲気だった》《ヒゴーさん、瞳子いない時はまた雰囲気違いそう》《瞳子と合ってる人だと思う! たぶん。。。》――と、たて続けに送られてくる。ドライバーの集中を奪うには十分な量だった。

 ディスプレイを見つめて表情を緩ませている彼女を、彼はちらと見てすぐに視線を正面に戻した。

「それナッコ? タイミングからして、どうせ俺の印象書いてきたんだろうけど。言っといてくれないか、そんなにさっさと送ってくんなって。俺が隣で運転してるの分かってんだろ。だいたい君たち、昨晩人のことネタにして酒飲んでたの、顔に出すぎ。もうちょっとポーカーフェイス覚えてくれ」

「ごめんなさい」瞳子は素直に謝った。が、彼女にも一つ不満がある。「わたし、飛豪さんの名刺もらってない」

 唇をとがらせ、やさぐれた調子で呟いた。

「え、そこねるとこ?」

「別に拗ねてないです。仕事用もプライベートも、どっちも番号教えてもらってるから。でも、ちょっと……良いなって思ったんです」

 普段の自分ならそんなこと全く気にしない、と瞳子は知っている。

 たかが名刺一枚貰えなかったから何だというのだ。咎めるようなことを言って彼を困らせている自分のほうがおかしい。しかし今日はどうしてか、口に出さずにはいられなかった。
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