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《第2章》 西新宿のエウリュディケ
藤原という男2
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計画には、決定的なボトルネックがあった。
保護対象である瞳子が、拉致されることを前提としてプランを組んでいる点だ。
飛豪はそもそも、彼女と自分の関係が切れたあとも想定してプランを考えている。すなわち、警察という公権力を利用して、彼女が被害者、八田サイドが加害者として立件できるところまで持ちこみたいと考えていた。
どこの反社だって、女の一人や二人で国家権力に介入される口実をつくるくらいなら、さっさと手を引く。
警察はいつだって連中をムショにぶち込みたくて、手ぐすね引いてチャンスを待ち構えているからだ。その段階まで行けば、八田が完全に撤退することは目に見えていた。
ただし、問題は二つ。保護対象である瞳子が、計画を知らされていないこと。そして、彼女が危険にさらされることで初めて効果が出てくるプランであること。
彼女の人生にそこまで土足で踏みこんでいいのか、と飛豪は思い悩む。
行きがかり上放ってはおけなくてここまで来てしまったが、あの子が別の男に――それも、複数の男に――蹂躙されることを想像するのは、吐きそうに嫌だった。
計画の発注先である藤原は、二〇代は警察で真面目に勤務したあと、事情があって三〇代目前にして退職した。
その後、巡査部長時代に因縁のあった暴力団と関係する組織に「入社」し、暴対法のプロという貴重な能力で生きのびていた。要は、警察にも反社にも顔のきく男なのだ。粘着質な調査や、法律のグレーゾーンをついた際どい応酬を得意としている。
だからこそ組める計画だった。瞳子を被害者として完成させるなら、決定的なタイミングで警察に踏みこませる必要がある。
飛豪は、彼女を保護するためのこの計画が、新しい苦痛の源泉にならないか、ずっと気にかかっていた。一度は拘束されることを前提としている計画は、心的外傷を生みかねない。
本来ならば、そこまでする義理も権利もない。
やりすぎではないか。最近、ふとした瞬間に考える。そして、打ち消す。自分は彼女に金を貸している。債権回収のために必要なことなのだ、と欺瞞のような言い訳をとなえて、心を誤魔化す。
――もっとシンプルに気楽にやってきたいんだけどな。どこで間違った。麻布で誘いに乗ったのが、そもそも魔がさしたとしか言いようのない事態だったんだな、思い返せば。
飛豪が額に手をやって思考の堂々巡りをしていると、藤原がとうとう核心をついた。
「坊ちゃんお前さ……その子に伝える気はあるのか。警護対象が知っているのと知っていないのは、こっちの動きやすさも雲泥の違いだ。それに、」
「分かってる。彼女の気持ちも、だろ。次に会ったときに話すつもりだ」
藤原の言葉を最後まで待たずに重ねてしまったところに、飛豪の余裕のなさが表れていた。二人の関係が微妙なところなのは藤原も承知しているので、あっさりと切り上げてくれた。
「早めに頼む」
「了解」
通話が終わってしばらくすると、藤原からメールがあった。人が手配できたので明日――もう日付をまたいでいるので今日――から身辺警護ができる、とのことだった。
口も態度も悪いが、スピードとネットワークの広さは、業界随一の評判をとっている彼ならではの仕事だった。飛豪も即座にGOサインを出す。
――とすると、今週末に会って話す? 電話で伝えられることではない。
世間的にはゴールデンウィークである。飛豪も明日の昼に東京に戻って、羽田まで顧客を送れば休暇がはじまる。連休のどこかで彼女をつかまえればいい。
気がかりがひと段落したところで、今度こそ寝つけそうだった。しかし、ジゼルの衣装を身につけた瞳子の、白く青い残像がちらちらと眼前に浮かぶ。
彼の眠りにあらわれた彼女は、どこか責めるような眼差しをこちらに向けていた。
保護対象である瞳子が、拉致されることを前提としてプランを組んでいる点だ。
飛豪はそもそも、彼女と自分の関係が切れたあとも想定してプランを考えている。すなわち、警察という公権力を利用して、彼女が被害者、八田サイドが加害者として立件できるところまで持ちこみたいと考えていた。
どこの反社だって、女の一人や二人で国家権力に介入される口実をつくるくらいなら、さっさと手を引く。
警察はいつだって連中をムショにぶち込みたくて、手ぐすね引いてチャンスを待ち構えているからだ。その段階まで行けば、八田が完全に撤退することは目に見えていた。
ただし、問題は二つ。保護対象である瞳子が、計画を知らされていないこと。そして、彼女が危険にさらされることで初めて効果が出てくるプランであること。
彼女の人生にそこまで土足で踏みこんでいいのか、と飛豪は思い悩む。
行きがかり上放ってはおけなくてここまで来てしまったが、あの子が別の男に――それも、複数の男に――蹂躙されることを想像するのは、吐きそうに嫌だった。
計画の発注先である藤原は、二〇代は警察で真面目に勤務したあと、事情があって三〇代目前にして退職した。
その後、巡査部長時代に因縁のあった暴力団と関係する組織に「入社」し、暴対法のプロという貴重な能力で生きのびていた。要は、警察にも反社にも顔のきく男なのだ。粘着質な調査や、法律のグレーゾーンをついた際どい応酬を得意としている。
だからこそ組める計画だった。瞳子を被害者として完成させるなら、決定的なタイミングで警察に踏みこませる必要がある。
飛豪は、彼女を保護するためのこの計画が、新しい苦痛の源泉にならないか、ずっと気にかかっていた。一度は拘束されることを前提としている計画は、心的外傷を生みかねない。
本来ならば、そこまでする義理も権利もない。
やりすぎではないか。最近、ふとした瞬間に考える。そして、打ち消す。自分は彼女に金を貸している。債権回収のために必要なことなのだ、と欺瞞のような言い訳をとなえて、心を誤魔化す。
――もっとシンプルに気楽にやってきたいんだけどな。どこで間違った。麻布で誘いに乗ったのが、そもそも魔がさしたとしか言いようのない事態だったんだな、思い返せば。
飛豪が額に手をやって思考の堂々巡りをしていると、藤原がとうとう核心をついた。
「坊ちゃんお前さ……その子に伝える気はあるのか。警護対象が知っているのと知っていないのは、こっちの動きやすさも雲泥の違いだ。それに、」
「分かってる。彼女の気持ちも、だろ。次に会ったときに話すつもりだ」
藤原の言葉を最後まで待たずに重ねてしまったところに、飛豪の余裕のなさが表れていた。二人の関係が微妙なところなのは藤原も承知しているので、あっさりと切り上げてくれた。
「早めに頼む」
「了解」
通話が終わってしばらくすると、藤原からメールがあった。人が手配できたので明日――もう日付をまたいでいるので今日――から身辺警護ができる、とのことだった。
口も態度も悪いが、スピードとネットワークの広さは、業界随一の評判をとっている彼ならではの仕事だった。飛豪も即座にGOサインを出す。
――とすると、今週末に会って話す? 電話で伝えられることではない。
世間的にはゴールデンウィークである。飛豪も明日の昼に東京に戻って、羽田まで顧客を送れば休暇がはじまる。連休のどこかで彼女をつかまえればいい。
気がかりがひと段落したところで、今度こそ寝つけそうだった。しかし、ジゼルの衣装を身につけた瞳子の、白く青い残像がちらちらと眼前に浮かぶ。
彼の眠りにあらわれた彼女は、どこか責めるような眼差しをこちらに向けていた。
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