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第三章 変化の兆し
ハーブ男爵家の取り調べ
しおりを挟む「わしらは何も知らん! 薬の濃度など、わかるわけがない! 薬づくりには関わってないのだからな」
王宮にある司法省の一室に、ハーブ男爵ことグスタフの大きな声が響きわたった。
「それはおかしいでしょう。ハーブ家といえば薬草師の名門。その当主が薬の事業に関わっていないなど、どう考えてもあり得ません」
取調官の追及の声が聞こえてくる。
向こうからは見えない特殊なガラス越しに控室で様子を覗っていたイアンは、「もっと攻めろ」と心の中で部下を叱咤激励した。
今日は、ハーブ家を呼び出しての、二度目の事情聴取。かれこれ一時間ほどが経っている。
彼らが売った薬を客先から商品を回収し、それらが希薄化されている証拠を突きつけて自白を迫っているが、知らぬ存ぜぬの一点張りだ。
娘のディアナは今日も出頭せず、夫人は黙ったまま。
グスタフにのらりくらりと躱されている。
「事業に関わってないとは言っておらん。貴族家への挨拶や代金の受け取りは当主の役割だからな。しかし、薬を作るところは全く知らんのだ」
「確かに、顧客の皆さんはあなたから買ったと証言しています。――ところで、自分が売ったものの品質を知らぬとは、それはそれで当主の資質を問われるのでは?」
「ぐぬぬぬぬ……」
取調官が追及の矛先を変えた。
なかなかうまい攻め方だ。
そう思ってイアンが小さくうなずいた時、バチンッと扇で机を打つ音が響いた。
「薬が薄められていたなんて、なんと恐ろしいことでしょう! わたくしたちは、全く知りませんでした。薬を作っていたのは、薬草師であるリリア。瓶に詰めていたのもリリア。全てあの子がやったこと。わたくしたちは騙されていたのです。むしろ被害者です!」
夫人のエヴィルだ。最後は断言するように、ピシリと告げた。
「そんな言い逃れが通用するとでも――」
「国王陛下から賜った薬草師の資格証、あれをご覧くださいませ! 薬草師リリア・ハーブと書かれております。薬の製造と販売は、薬草師の名のもとに行われるもの。責任追及なら、あの子にしてくださいませ」
「いや、しかし――」
反論しようとした取調官に、エヴィルが声を張り上げた。
「このような不当な取り調べ、貴族に対する越権行為です! あなた、こんなことをして、どうなるかわかっておいでかしら?」
「いえ、私は職務として行っているのであって……」
「個人の尊厳を冒す行為、それは犯罪です。証拠もないのにこんなところに呼び出して、何様のつもりかしら。わたくしたちは、国王陛下から爵位を与えられた名誉ある貴族。これ以上、留め置くなら、あなたを訴え出ますよ!」
さすがは貴族の奥方というべきか、それとも面の皮が厚いというべきか。
威圧的に言い捨てると、制止の声も聞かずに出口へ歩き出した。
衛士が止めようとするが、「指一本でも触れてごらんなさい、婦女暴行罪で訴えますよ!」と叫んでいる。
たちの悪いこと、この上ない。
扉を出て行く彼女のあとを、「おい、わしを置いていくな」と言いながらグスタフが追いかけていった。
◇
「どうにも攻め切れませんでしたなあ」
ふう、と息を吐いて椅子に背中を預けたイアンに、隣に座っていたモーリスが話しかけた。
「なにしろ状況証拠しかないからな。あの夫婦がやったという、確かな証拠があればいいのだが」
イアンはため息をつく。
希薄化された薬を持って捜査官が屋敷に踏み込んだ時には、元の帳簿は燃やされてしまったのだろう、どこを探しても見つからなかった。
例の物置小屋と地下室は徹底的に破壊され、まだ残っていたであろう薬の在庫も、跡形もなく消え失せていた。
「あっしが帳簿を盗み出せたらよかったんですがねえ」
モーリスが残念そうな顔になる。
彼が書き写した帳簿では、証拠として認められない。
「いや、そんなことしたら、逆にモーリスが窃盗罪で捕まってしまう。ぼくは部下を犯罪者にする気はないぞ」
「イアン様は優しいですなあ。他の部局じゃあ、そんなこと気にしませんぜ。みんなやってます」
「よそはよそ、うちはうち。ぼくは正攻法で攻める」
イアンの言葉に、モーリスが笑った。
「まあ、そう言ってくださるから、あっしは後ろめたいことをせんでも済みます。ありがたいことです」
「それに、たとえ帳簿があったところで、状況証拠にしかならんだろ。『全てリリアに指示されました』と言われたら、それまでだ」
「そうなんですよ。あの家に、薬草師はお嬢さんだけですからね」
「最後の決め手は、やはりリリア嬢の証言だな。『あたしはやってない』と、彼女に言ってもらうことだ」
「確かに。薬草師の証言は、立派な証拠になりますからなあ。――証人として呼び出しますかい?」
モーリスが訊ね、イアンは「そうだな……」と腕を組んだ。
一般的には知られてないことだが、薬草師が「やっていない」と証言すれば、それは確かな証拠として認められる。
王宮から資格を与えられた薬草師は、魔法省の魔術師によって『呪縛』をかけられており、薬づくりに関して嘘をつくと魔力が使えなくなるからだ。
薬づくりは人の命を左右する。
薬草師がその気になれば、毒や麻薬を違法に作ることだって容易にできてしまう。
それを防ぐための『人質』みたいなもの。
つまり、薬草師が証言をしても薬を作ることができるなら、その証言に嘘はない、ということになる。
(だからこそ、あの時、彼女が本物だと確信できたんだよな)
グリンウッド家の屋敷で会った日。リリア嬢は自分がリリアだという証拠を問われ、「ありません」と、馬鹿正直に答えていた。
あの嘘のつけない素直さこそが、彼女が本人である証だったのだ。
「いや、それは最後の手段だ。リリア嬢に証言させるのは、できることなら避けたい」
なんとかこちらで片をつけてやろう、そう思いながら告げたイアンに、モーリスが首をかしげた。
「証明させないんですかい? 心配せずとも、お嬢さんは犯罪に関わってませんぜ?」
確信に満ちた顔に、イアンは苦笑する。
「それはわかってるさ。しかし、継母と義妹はともかく、父親を自分の証言で断罪するんだ。それはさすがに忍びないだろ?」
たとえ本人はシロでも、彼女にそんな心の負担を背負わせたくない。
モーリスの調べでは、過去に彼女の母親がグリンウッド家に滞在していたことまではわかったが、そこから先はまだ調べがついていない。
「イアン様は、あのお嬢さんにはとことん優しいですなあ。やっぱり愛ってやつですかい?」
モーリスがニヤニヤ顔を向ける。
「ははは。そんなところだ。――まあ、それはともかく、証拠探しは頼んだぞ」
イアンがその肩をぽんぽんと叩いてやると、モーリスは表情を改め、「お任せください」と告げて部屋を出て行った。
◇
モーリスに続いてイアンが控え室を出ると、職員の一人が報告書を手に駆け寄ってきた。
「イアン様、グリンウッド領の冒険者ギルドの回復薬、真偽判定が出ました」
「おっ、頼んでたやつだな。どうだった?」
「正品です。正真正銘、ハーブ家の回復薬でした」
「そうか。ありがとう」
職員をねぎらい、報告書に目を落としたイアンは、そこに「リリア・ハーブ」の名前が記されているのを確かめて、頬がゆるむのを感じた。
最近になって、グリンウッド領で取り引きが始まったハーブ家の回復薬。
それを偽造品摘発局で取り寄せ、薬に含まれる魔力の分析を、王宮の魔法省に依頼していたのだ。
資格を取得した時に登録された本人の魔力と、見事に一致していた。
「――さて、オスカーくん。彼女が本物のリリア嬢だと証明された。きみはどう出るかな? 早く目を覚さないと、ぼくがもらってしまうぞ」
つぶやきながら、報告書を懐にしまう。
先延ばしにしていた手紙の返事に、この報告書を入れてやろう――。
司法省を出て東の空を見上げると、ちょうどグリンウッド領のあるあたりに、これから満月に向かうであろう白い三日月が、茜色の空にうっすらと浮かんでいた。
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