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第三章 変化の兆し
騎士の忠誠をいただきました(1)
しおりを挟むグリンウッド領の冒険者ギルドは、辺境伯家の屋敷の南側、城壁と続きの外壁に囲われた街の中心部に位置している。
カランコロン――
カウベルの音を響かせて、アンナがその扉を開けた。
その後ろから、フード付きのローブで髪と服を隠したリリアと、騎士姿のカレンが続く。
「いらっしゃいませ! あっ、リリアさん、お待ちしておりました」
「こんにちは。今日は商談室を借りるわね」
顔馴染みになった女性職員と気安く挨拶を交わし、予約しておいた二階の商談室へと向かう。
ここを訪れるのも、既に五回目。テッドに提案されてから、三日おきに足を運んできた。
最初が薬草を採取するクエストの依頼。次の二回は薬草の受け取り。そして四回目に騎士団からの回復薬のクエストを引き受け、今日はその納品だ。
ハーブ家では、継母が薬草の購入や薬の販売をしていたから、リリアが自分で商売をするのは、これが初めて。
――世間知らずのあたしにできるかしら?
不安でドキドキのスタートだったが、そんな心配はまったく無用だった。
冒険者ギルドには、商売をするための仕組みがしっかりと整っていたからだ。
薬や薬草の適正な値段を教えてくれ、しかも、リリアが騎士団に回復薬を売ると聞くと、薬草を買う資金まで立て替えてくれた。
なんと親切で至れり尽くせりの組織なのかと、心の底から感心した。
聞くと、いわゆるモグリと言われる庶民の薬草師もいるらしく、大っぴらにクエストが貼り出されることはないが、冒険者ギルドでその仲介をしているとのことだった。
リリアはそこに、「薬草師リリア・ハーブ」として登録している。
もちろん、男爵家の令嬢として。
薬づくりは人の命に関わる仕事。偽名や身分を偽って仕事をすることはできないし、そもそも貴族でないと騎士団に相手をしてもらえない。
ただし、普段はメイド服を着て出入りすることにしている。
グリンウッド家のメイドなら、誰にも手出しされないから安全です――というアンナの言葉に従い、ギルド長に事情を話し、表向きはメイドの顔をすることにした。
職員たちも肩肘張らずに接してくれるから、リリアとしてはありがたい。
「カレン、薬は重くない?」
「大丈夫です。私のことより、どうぞ交渉に集中してください」
さらにありがたいのは、街歩きにこうしてカレンが付き添ってくれること。
サンプルの回復薬を作って渡したら、隊長から「しっかり護衛して差し上げろ」と指示されたらしく、お出かけには必ずついて来てくれるようになった。
おかげで屋敷の衛士たちは何も聞かずに門を通してくれるし、騎士が一緒なら街で危険な目に遭うこともない。――美人のアンナとカレンを連れていると、やたらと人に振り返られるのだけは困りものだが。
「今日の相手は、調達部隊の隊長と、前回お会いしたハリスです。彼はまじめな性格なのですが、融通がきかなくて……。でも、ハーブ男爵家の回復薬の調達に成功すれば、大きな功績になります。どうか、よろしくお願いします」
階段をのぼりきったところで、カレンが念を押した。
「任せといて、カレン。薬草師リリア・ハーブの初営業だもの。威厳たっぷりに演じてみせるわ」
「ありがとうございます。勇気を出してご相談に来た甲斐がありました」
そう言って、カレンがほんのりと頬を赤く染めた。
どうやらカレンは、あのハリスというメガネの男性騎士に想いを寄せているらしい。
彼に手柄を立てさせたくて、リリアのところに来たようだ。
「リリア様、どうぞローブをこちらへ」
二階の応接室の前でアンナに声をかけられ、羽織っていたローブを脱ぐ。
下から現れたのは、仕立てのいいドレスと装飾品。街を歩くのですっきりとしたデザインだが、一見して貴族とわかる豪奢な装いだ。
ドレスは、亡くなられた大奥様のクローゼットから、メイド長の許可を得てアンナが持ってきたもの。
ずらりと吊るされたドレスの中に、なぜか大奥様のものとは違う、新しいデザインのものが何枚かあり、しかも仕付け糸がついたままの新品だったという。
不思議とリリアの体型にぴったりで――もったいないから使ってください、と言われ、ありがたく頂戴することにした。
「どうかしら? これなら騎士の体面を傷つけないわよね?」
スカートを軽く広げて冗談めかして言うと、アンナが目を輝かせた。
「まさに貴婦人、という感じです! きっと、どんな騎士もひれ伏します」
「うふふっ、アンナは大げさだわ」
「そんなことはありません! リリア様はどんどん奥様らしくなってきました。早く屋敷に移っていただきたいです。――ねえ、カレン様もそう思いますよね?」
「リリア様は、尊敬できる女性です。辺境伯のご夫人になられましたら、私は専属の護衛騎士に名乗り出ます」
「わかります! 私も早く若奥様の専属侍女になりたいですもん」
この二人、今ではすっかり仲良しさんだ。
一緒にいると、リリアを話のネタにして、こうしてお喋りを始めてしまう。
「二人ともありがとう、でも、今は仕事に集中しましょ」
リリアが気を取り直すように言うと、二人は互いにうなずき合い、背筋をピンと伸ばした。
アンナが丁寧に頭を下げ、カレンが応接室の扉をゆっくりと開いた。
「薬草師リリア・ハーブ様、ご到着しました。さあ、どうぞ中へ」
その言葉とともに、中にいた人たちが一斉に立ち上がるのが見えた。
「カレン、案内、ごくろうさま」
事前に決めた手はず通り、毅然として告げる。
――騎士団に認められれば、オスカー様にも認められるかもしれない。
気を引き締めて、部屋の中へと足を踏み出した。
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