上 下
22 / 44
第三章 変化の兆し

騎士の忠誠をいただきました(1)

しおりを挟む


 グリンウッド領の冒険者ギルドは、辺境伯家の屋敷の南側、城壁と続きの外壁に囲われた街の中心部に位置している。

 カランコロン――

 カウベルの音を響かせて、アンナがその扉を開けた。
 その後ろから、フード付きのローブで髪と服を隠したリリアと、騎士姿のカレンが続く。

「いらっしゃいませ! あっ、リリアさん、お待ちしておりました」
「こんにちは。今日は商談室を借りるわね」

 顔馴染みになった女性職員と気安く挨拶を交わし、予約しておいた二階の商談室へと向かう。
 ここを訪れるのも、既に五回目。テッドに提案されてから、三日おきに足を運んできた。
 最初が薬草を採取するクエスト任務の依頼。次の二回は薬草の受け取り。そして四回目に騎士団からの回復薬のクエストを引き受け、今日はその納品だ。

 ハーブ家では、継母が薬草の購入や薬の販売をしていたから、リリアが自分で商売をするのは、これが初めて。

 ――世間知らずのあたしにできるかしら?

 不安でドキドキのスタートだったが、そんな心配はまったく無用だった。

 冒険者ギルドには、商売をするための仕組みがしっかりと整っていたからだ。
 薬や薬草の適正な値段を教えてくれ、しかも、リリアが騎士団に回復薬を売ると聞くと、薬草を買う資金まで立て替えてくれた。
 なんと親切で至れり尽くせりの組織なのかと、心の底から感心した。

 聞くと、いわゆるモグリと言われる庶民の薬草師もいるらしく、大っぴらにクエストが貼り出されることはないが、冒険者ギルドでその仲介をしているとのことだった。

 リリアはそこに、「薬草師リリア・ハーブ」として登録している。
 もちろん、男爵家の令嬢として。
 薬づくりは人の命に関わる仕事。偽名や身分を偽って仕事をすることはできないし、そもそも貴族でないと騎士団に相手をしてもらえない。

 ただし、普段はメイド服を着て出入りすることにしている。
 グリンウッド家のメイドなら、誰にも手出しされないから安全です――というアンナの言葉に従い、ギルド長に事情を話し、表向きはメイドの顔をすることにした。
 職員たちも肩肘張らずに接してくれるから、リリアとしてはありがたい。

「カレン、薬は重くない?」
「大丈夫です。私のことより、どうぞ交渉に集中してください」

 さらにありがたいのは、街歩きにこうしてカレンが付き添ってくれること。
 サンプルの回復薬を作って渡したら、隊長から「しっかり護衛して差し上げろ」と指示されたらしく、お出かけには必ずついて来てくれるようになった。
 おかげで屋敷の衛士たちは何も聞かずに門を通してくれるし、騎士が一緒なら街で危険な目に遭うこともない。――美人のアンナとカレンを連れていると、やたらと人に振り返られるのだけは困りものだが。

「今日の相手は、調達部隊の隊長と、前回お会いしたハリスです。彼はまじめな性格なのですが、融通がきかなくて……。でも、ハーブ男爵家の回復薬の調達に成功すれば、大きな功績になります。どうか、よろしくお願いします」

 階段をのぼりきったところで、カレンが念を押した。

「任せといて、カレン。薬草師リリア・ハーブの初営業だもの。威厳たっぷりに演じてみせるわ」
「ありがとうございます。勇気を出してご相談に来た甲斐がありました」

 そう言って、カレンがほんのりと頬を赤く染めた。
 どうやらカレンは、あのハリスというメガネの男性騎士に想いを寄せているらしい。
 彼に手柄を立てさせたくて、リリアのところに来たようだ。

「リリア様、どうぞローブをこちらへ」

 二階の応接室の前でアンナに声をかけられ、羽織っていたローブを脱ぐ。
 下から現れたのは、仕立てのいいドレスと装飾品。街を歩くのですっきりとしたデザインだが、一見して貴族とわかる豪奢な装いだ。

 ドレスは、亡くなられた大奥様のクローゼットから、メイド長の許可を得てアンナが持ってきたもの。
 ずらりと吊るされたドレスの中に、なぜか大奥様のものとは違う、新しいデザインのものが何枚かあり、しかも仕付け糸がついたままの新品だったという。
 不思議とリリアの体型にぴったりで――もったいないから使ってください、と言われ、ありがたく頂戴することにした。

「どうかしら? これなら騎士の体面を傷つけないわよね?」

 スカートを軽く広げて冗談めかして言うと、アンナが目を輝かせた。

「まさに貴婦人、という感じです! きっと、どんな騎士もひれ伏します」
「うふふっ、アンナは大げさだわ」
「そんなことはありません! リリア様はどんどん奥様らしくなってきました。早く屋敷に移っていただきたいです。――ねえ、カレン様もそう思いますよね?」
「リリア様は、尊敬できる女性です。辺境伯のご夫人になられましたら、私は専属の護衛騎士に名乗り出ます」
「わかります! 私も早く若奥様の専属侍女になりたいですもん」

 この二人、今ではすっかり仲良しさんだ。
 一緒にいると、リリアを話のネタにして、こうしてお喋りを始めてしまう。

「二人ともありがとう、でも、今は仕事に集中しましょ」

 リリアが気を取り直すように言うと、二人は互いにうなずき合い、背筋をピンと伸ばした。
 アンナが丁寧に頭を下げ、カレンが応接室の扉をゆっくりと開いた。

「薬草師リリア・ハーブ様、ご到着しました。さあ、どうぞ中へ」

 その言葉とともに、中にいた人たちが一斉に立ち上がるのが見えた。

「カレン、案内、ごくろうさま」

 事前に決めた手はず通り、毅然として告げる。

 ――騎士団に認められれば、オスカー様にも認められるかもしれない。

 気を引き締めて、部屋の中へと足を踏み出した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

処理中です...