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イベント6 本当はキスのイベント(3)

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「――メグ、どうしてここに……?」

 レオナルドが、ゆっくりと近づいてくる。
 少し訝しげな表情で、それでもマーガレットのことが心配で仕方がない、という空気を全身からにじませて。

 最後に言葉を交わしたのは、ダンスのレッスン室の前。
 マーガレットが「なによ! あたしを笑いに来たくせに!」と、なじったのに、こうして駆けつけてくれた。
 きっと、マリアが馬車を手配したときに、彼にも伝言を残したのだろう。

(あたしってバカね……。レオンが裏切るはずなんてないのに……。ううん、むしろ裏切っていたのは、あたしだわ)

 昔の記憶を思い出したマーガレットには、そのことがはっきりとわかった。

 ――婚約を解消できるまで、いつまでも待ってる。

 その言葉どおり、彼はマーガレットを信じて待っていてくれた。
 他の貴族令嬢がどんなにアプローチしても、決して振り向かず。
 自分の愛称すら誰にも呼ばせず。
 マーガレットが戻って来るのを、ずっと待っていてくれたのだ。――『難攻不落のレオナルド』として。

 それなのに、マーガレットは、「ランバート王子が好きなの」と言い出した。
 しかも、『王子攻略作戦』なんてものに、彼を引っ張りこんで。
 なんてひどいことをしたのだろう。
 信じるレオナルドを裏切ってきたのは、マーガレットのほうだ。

 それでも、レオナルドはずっとそばにいてくれた。
 あの日の約束どおり、好きなままで――

 そう思った時には、マーガレットは立ち上がっていた。
 もう、自分の気持ちをはっきりと自覚していた。

(あたしはレオンが好き!)

 だからこそ、彼に裏切られたことにショックを受けたのだ。
 昔の記憶を思い出す前に、気づくべきだった。

 自然と足が動き出していた。
 駆け出してレオナルドの胸に飛び込む。
 お転婆だった頃の、あの日のように。

「レオン、来てくれたのね!」

 大好きな、大好きな、レオン。
 その身体をぎゅうっと抱きしめる。

「メ、メグ……?」

 立ち止まってマーガレットを受け止めたレオナルドが、戸惑ったように名前を呼ぶ。
 彼の胸の中に顔をうずめ、温もりを確かめていたマーガレットは顔を上げた。

「レオン。あたし、思い出したの! なにもかも全部」
「え、えーっと、それは……」
「あなたとここで過ごしたことも、あたしが王子との婚約を嫌がっていたことも、あなたがあたしにしてくれた約束も」
「……えっ? そ、それじゃあ……」
「あなたがあたしを待っていてくれたことも、あたしがレオンを大好きだったことも全部よ!」
「メグ…………」

 レオナルドの目に涙が浮かび、夕陽を浴びて輝く。
 ずっと待ち望んでいた日がやってきた、そんな涙だった。

「……おかえり、メグ。俺も大好きだ」

 万感の想いを込めた言葉とともに、レオナルドがマーガレットを優しく抱きしめる。
 彼の中にふわりと包まれるような、そんな抱擁。
 真っ直ぐに向けられた澄んだ瞳を見て、マーガレットは、彼が全てを許してくれていることを悟った。

(ありがとう、レオン。ずっとそばにいてくれて)

 その気持ちを込めて、彼の瞳を見つめる。
 言葉なんていらない。
 瞳の動きで互いにうなずき合うと、顔を寄せて目を閉じた。

 ふたりの唇がそっと重なる。

 ――他の誰ともキスしない。
 そう誓い合った、あの日のファーストキス。
 それよりも甘くて蕩けるような、そんな口づけだった。

 長いキスのあと、チュッと小さな音を立てて唇が離れる。
 互いにちょっと気恥ずかしくて、目を伏せた。

 黄金色だった夕陽がすっかり赤色に変わり、恥ずかしさで赤くなったふたりの顔をさらに真っ赤に染め上げていた。


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