上 下
10 / 31

イベント2 手作りサンドイッチ(3)

しおりを挟む


「……メグ、……その、大丈夫か?」

 長い沈黙のあと、レオナルドが心配そうに声をかけた。
 地面にぺたりと座り込んでバスケットを膝に抱えていたマーガレットは、その顔をぼんやりと見上げる。
 
 何も考えられなかった。
 悲しみも悔しさも怒りも何も湧いてこない。
 涙すら出ない。
 ――ただ、無力感だけがあった。

「……とりあえず立とうか。ベンチに座ったほうがいい」

 マーガレットの膝の上のバスケットをひょいと持ち上げると、レオナルドが手を差し出してきた。
 その手を取って、促されるままに立ち上がる。
 入り口から少し離れた奥のベンチに導かれたので、そのまますとんと腰を下ろす。――ぼんやりと眺めるのは、隣に座った彼の膝に置かれたバスケット。

(また、食べてもらえなかったわ……)

 その事実が、視覚を通じて頭の中に入ってくる。
 きれいに並んでいたサンドイッチはその大半が地面に散らばり、バスケットの中にはほんの六切れしか残っていない。
 ――あんなに頑張って作ったのに。
 
(……何がダメだったのかしら?)

 感情が欠如したまま、そんな疑問が頭に浮かぶ。
 敗因がさっぱりわからなかった。

 サンドイッチは自分でもおいしいと思えたし、見た目もすばらしかった。
 座る場所はヒロインと離れていたし、邪魔されることもなかった。
 強いて言うなら、庭園に入るタイミングが早すぎたこと。
 それを見られて、「彼女を追い出した」と誤解された。

「やっぱりタイミングが悪かったのかしら……」

 小さな声でつぶやく。

「いや、それは違う……。そもそも、ランバート王子の心がメグに向いてないだろ」
「……えっ?」

 無意識のつぶやきに返事があったことに驚いて、マーガレットはバスケットからレオナルドに視線を向けた。

「俺がランバート王子を庭園に誘ったとき、既に約束がある感じだった。『同じ方向だから一緒に行こう』と言われたんだ」
「……」
「メグが言う『イベント』だが、偶然で起きているわけじゃない。たぶん、ヒロインと事前に約束している。前回の中庭もそんな感じだった」

 どうやらランバート王子には、ヒロインとの約束があったらしい。
 それを聞いて、マーガレットは前世のゲームを思い返す。

 王子ルートの攻略方法。
 六つのイベントで選択肢を間違えなければ、ハッピーエンドに辿り着ける楽勝ルート。
 そのイベント以外は何気ない会話だけだから、間違えることもないし意識したこともない。

「事前の約束なんて、してたっけ……?」

 首を捻ってつぶやいたとき、レオナルドがマーガレットの目をじっと見つめてきた。

「な、なに……?」
「メグ、違うんだ。ここは『ゲーム』じゃない。俺たちは生きているんだ。決められたストーリーどおりに動いたりはしない」

 あの冷静沈着なレオナルドが、真剣な顔だ。
 マーガレットは彼の言葉を繰り返した。

「……ここはゲームじゃない……」

 彼の真摯な瞳がその深みを増す。

「そうだ。そのことをメグはちゃんと理解するべきだ」

 真剣な目を向けられて、戸惑ってしまう。
 頭の中は、無力感でまだぼんやりしている。
 大切なことを言われているのはわかるが、うまく考えられない。

 マーガレットが小首をかしげていると、レオナルドがふわりと優しく微笑んだ。
 いつも冷静な彼のこんな顔を見るのは、前世のゲームでもこの世界でも初めてかもしれない。

「今はちょっと考えられない感じだな……。まあ、あとでゆっくり考えてくれ」
「……うん、わかった」

 彼の微笑みにつられて、素直にうなずく。
 自分の部屋に戻ったら、ゆっくり考えたい。

 すると、レオナルドが空気を変えるように両手をパチンと鳴らした。

「よし、話はここまでだ……。ところでメグ、ひとつ頼みがあるんだが、いいか?」
「ん……、なあに?」

 マーガレットが聞き返すと、レオナルドがニヤリと笑った。

「腹が減った。このサンドイッチ、俺がもらってもいいか?」

 訊ねながら、バスケットからサンドイッチをひとつ取り出して、顔の横に掲げた。
 やたらと嬉しそうな顔だ。

「もちろんよ。どうぞ食べて」

 作った料理は、誰かに食べてもらえたら嬉しい。
 心の中でそう思った。――そのとき。
 マーガレットのお腹が盛大に鳴った。

 ――ぐうぅぅぅぅぅ
 レオナルドが笑い出したことは、言うまでもない。

「ぷっ、ははははっ! ……ほら、メグも一緒に食べよう」

 明るく笑いながら、サンドイッチを手渡してくる。

「あ、ありがと……」

 恥ずかしさを紛らわせたくて、パクリと口に入れる。
 丹精込めて作ったサンドイッチは、冷めてもおいしかった。

「メグのサンドイッチ、やっぱりうまいよな」

 隣のレオナルドもおいしそうに食べている。
 残った六切れのサンドイッチは、あっという間にふたりのお腹に収まった。

 ――ランバート王子には食べてもらえなかったけど、ちゃんと誰かにおいしいと言ってもらえた。
 そう思うと、心が少し救われたような気がした。

 気がつけば、入り口のベンチの前には烏と鳩と雀が群がり、散らばったサンドイッチをきれいに平らげてくれていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

完結 愛人と名乗る女がいる

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、夫の恋人を名乗る女がやってきて……

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

処理中です...