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エンディング 卒業パーティー(4)

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 ダンスを終えて――

 五曲目を踊り終えたマーガレットとレオナルドは、飲み物を手にしてダンスフロアを出ると、休憩用の個室フロアへと向かった。
 これからの数曲は、ダンス上級者たちの模範演舞の時間。マーガレットたちの休憩タイムだ。

 歩きながら、扉の開け放たれた個室をひとつひとつ覗いていく。
 ちょうどソファーセットの置かれた広い部屋が空いていたので急いで中に入ると、うしろから卒業生たちが続々とやってきた。
 どうやら、マーガレットたちに話しかける機会を待っていたらしい。

「おめでとうございます、マーガレット様!」
「レオナルド、お前が女の子を寄せ付けなかったのは、こういうことだったんだな」
「マーガレット様がお相手なら、諦めがつきます」
「密かに狙っていたんだけどなぁ。レオナルド、うまくやったな」
「おふたりのお姿、とてもステキでした。おめでとうございます」

 レオナルドはともかく、マーガレットは学園で誰とも馴れ合わなかったのに、同期の貴族たちが気さくに声をかけてくれる。

「マーガレット様、わたくし、こうしてお話しできて、とても幸せです」

 セレーナ・ベルファスト伯爵令嬢に至っては、涙を流して喜んでくれた。
 ――クリスマスディナーや校舎裏のイベントで一緒だった美人さんだ。

「王太子殿下に無視され続けていたマーガレット様がおいたわしくて……。それでも、いつも静かに気高くていらっしゃいましたから、お声をかけられなかったのです」
「そうなの? そんなふうに見てくれてたの?」
「ずっと憧れていました……。三年生の最後に何度かご一緒できたことは、学園生活の大切な思い出です」
「ありがとう、セレーナ。あたしにとっても、すてきな時間だったわ」
「……マーガレット様……」
「これからもお茶会や夜会でお会いしましょうね」
「ええ、ぜひ! いつでもお声がけください!」

 嫌われ者の悪役令嬢だと思っていたのに、意外と好意的に見られていたことが嬉しくて、つい話が弾む。
 学園を卒業したら、ぜひ、お友達として積極的にお付き合いしたいものだ。


 そして――
 卒業生たちとの挨拶がひとしきり終わると、最後にクララをエスコートしたランバート王子がやってきた。

「マーガレット嬢、先ほどは世話になったな。まさか、貴女あなたがオレたちを助けてくれるとは思わなかった。礼を言う」

 まるで憑き物でも落ちたかのように、普通の喋り方。
 あの、ヒロインを守るために放たれていた氷点下の視線は、もはやどこにも感じられない。肩の力の抜けた柔らかい表情をしている。
 ――長年の念願だった婚約解消を叶えるために、彼は彼で必死だったのかもしれない。

「いえいえ、王国の未来のために、おふたりを祝福したかっただけですわ」
「そう言ってくれるか……。本当にオレは貴女あなたを誤解していたようだ。今は女神に見える……」
「うふふっ、ランバート王子ったら、大袈裟ですわ」

 マーガレットも、何の屈託もなく明るい声で答える。
 彼の口から、あのひどい誤解を反省する言葉が飛び出したが、正直なところ、彼にどう思われようと、もはやどうでもよくなってしまった。
 円満に婚約を解消してもらえたことに感謝したいくらいだ。
 ――まあ、口が裂けても、感謝なんて言ってあげないけど。

 ランバート王子との会話を早々に切り上げると、いよいよ隣のクララに視線を向けた。

 彼女がいったい誰なのか、マーガレットはすでに確信していた。
 ――まさか、こんなエンディングが待っていたなんて。

「ねえ。クララって、くらちゃんよね?」

 前世の、とある女の子のハンドルネームを呼ぶ。
 クララが、キラキラした瞳を向けた。

「やっぱりメグちゃんなの?」

 お互いに見つめ合って、両手をとり合う。
 そして、どちらからともなく、ぎゅっとハグをした。

 そう――彼女こそ、前世のゲームのファンサイトで仲良くなった女の子。
 さっき、胸の前でハートマークを作った彼女と、ウインクを二回ずつ送り合った。
 チャットの会話のはじめにウインクの絵文字を二回いれる――ふたりだけの秘密の合図だ。

 前世の彼女――
 実は、生まれ持った病気のせいで、ずっと病院で寝たきりだった。
 手足が動かせず、音声入力と口にくわえた棒で打つキーボードがチャットの手段。

 前世の最後の夏休み。「わたしをちゃんと知ってほしいの」と誘われて会いに行った病室で、彼女の姿に驚き、そして、つらい境遇でも前向きに生きる姿勢に心を打たれた。

 ――どんな生まれや見た目だって、女の子は恋をしなくちゃね。
 チャットでよく励ましあった、彼女の言葉だ。

 ベッドに寝たきりで、動き回ることも学校に行くこともできなかった彼女にとって、乙女ゲームは自由に恋愛を楽しめる夢の世界。
 なかでも、この『胸キュン☆セントレア学園』が一番のお気に入りだと言っていた。

(くらちゃん、ヒロインに生まれ変わって、ランバート王子との恋をかなえたのね――)

 あの闘病生活がいつまで続いたのか、マーガレットは知らない。
 それでもここにいるということは、彼女は前世の苦しみから解放されて、夢の世界に新たな生を受けたということ。
 そのことを祝ってあげたい――そう思った時、クララの涙声が聞こえてきた。

「まさか、マーガレット様がメグちゃんだったなんて……本当にごめんなさい……」

 祝おうとしたのに、いきなり謝られてしまった。
 少し身体を離して彼女を見ると、両目に涙が盛り上がっている。

「どうして謝るの?」
「……だって、メグちゃんの婚約者だった王子様を取っちゃったもの。彼、推しキャラだったでしょ? それなのに、わたし、マーガレット様を悪役令嬢にするために、王子様を怒らせるように仕向けたり、令嬢たちにいじめられる場を作ったり……」
「クララ、それはもういいのよ」

 素直に謝ろうとするクララの唇に人差し指を押し当て、口を閉じさせる。
 彼女がやったことなんて、恋する乙女なら誰だってするようなこと。現に、マーガレットだって同じことを考えていた。
 ランバート王子と仲良くなるために、クララを利用しようとしたのだ――つまりは、おあいこ。

(ずっとクララを憎めないって感じてたけど、今となっては納得よね)

 彼女に向かって、にっこりと笑いかける。

「気にしなくても大丈夫よ。あたしはレオン――レオナルドが大好きだから」
「……ホント?」
「うん。あたしね、前世の記憶はあるけど、れっきとしたマーガレットなの。だから大丈夫」
「……そうなの? わたしは前世の記憶しかなくって……」
「そっかぁ……。それなら、くらちゃん、よかったね。この世界のヒロインに生まれ変われて」
「メグちゃん……」

 祝福の気持ちを伝えると、くらちゃんことクララは嬉しそうに目を潤ませた。
 その顔を見ながら、心から思った。
 彼女の新しい人生を応援してあげたい、と。

 人の心とは不思議なもので、相手のことがわかってしまえば、それまで感じていたわだかまりや疑問なんて、あっという間に氷解してしまう。

 彼女がストーリーに固執したのは、自分で何かを決めて行動したことがなかったから。
 いろんな場面で『空気読めない子ちゃん』で、行き当たりばったりの行動が目についたのも、経験の乏しさゆえだろう。

 女友達ができなかったのだって、ずっと寝たきりだった彼女がいきなり貴族令嬢の輪に放り込まれたのだ。わかってしまえば、うなずける話。

 カップケーキのイベントで、友達がいない、と言って流した涙は本物に見えた。
 なんとか彼女の力になってあげたい――そう思って涙に潤んだ瞳を見つめる。

(そうだわ! まずはお友達づくりのお手伝いをしてあげたらどうかしら)

 心の中でひらめいたマーガレットは、クララの両手を握りしめた。

「ねえ、クララ。あたし、これからお友達をたくさん作るつもりなの。だから、もしよかったら一緒に頑張らない? お茶会とかに招待するよ」
「いいのですか……?」

 マーガレットの誘いに、クララが目を見開く。

「遠慮は無用よ。あたしたち、お友達でしょ?」
「……はい! お願いします!」

 嬉しそうな返事が返ってきて、マーガレットとクララはにっこりとうなずき合った。


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