29 / 31
エンディング 卒業パーティー(4)
しおりを挟むダンスを終えて――
五曲目を踊り終えたマーガレットとレオナルドは、飲み物を手にしてダンスフロアを出ると、休憩用の個室フロアへと向かった。
これからの数曲は、ダンス上級者たちの模範演舞の時間。マーガレットたちの休憩タイムだ。
歩きながら、扉の開け放たれた個室をひとつひとつ覗いていく。
ちょうどソファーセットの置かれた広い部屋が空いていたので急いで中に入ると、うしろから卒業生たちが続々とやってきた。
どうやら、マーガレットたちに話しかける機会を待っていたらしい。
「おめでとうございます、マーガレット様!」
「レオナルド、お前が女の子を寄せ付けなかったのは、こういうことだったんだな」
「マーガレット様がお相手なら、諦めがつきます」
「密かに狙っていたんだけどなぁ。レオナルド、うまくやったな」
「おふたりのお姿、とてもステキでした。おめでとうございます」
レオナルドはともかく、マーガレットは学園で誰とも馴れ合わなかったのに、同期の貴族たちが気さくに声をかけてくれる。
「マーガレット様、わたくし、こうしてお話しできて、とても幸せです」
セレーナ・ベルファスト伯爵令嬢に至っては、涙を流して喜んでくれた。
――クリスマスディナーや校舎裏のイベントで一緒だった美人さんだ。
「王太子殿下に無視され続けていたマーガレット様がおいたわしくて……。それでも、いつも静かに気高くていらっしゃいましたから、お声をかけられなかったのです」
「そうなの? そんなふうに見てくれてたの?」
「ずっと憧れていました……。三年生の最後に何度かご一緒できたことは、学園生活の大切な思い出です」
「ありがとう、セレーナ。あたしにとっても、すてきな時間だったわ」
「……マーガレット様……」
「これからもお茶会や夜会でお会いしましょうね」
「ええ、ぜひ! いつでもお声がけください!」
嫌われ者の悪役令嬢だと思っていたのに、意外と好意的に見られていたことが嬉しくて、つい話が弾む。
学園を卒業したら、ぜひ、お友達として積極的にお付き合いしたいものだ。
そして――
卒業生たちとの挨拶がひとしきり終わると、最後にクララをエスコートしたランバート王子がやってきた。
「マーガレット嬢、先ほどは世話になったな。まさか、貴女がオレたちを助けてくれるとは思わなかった。礼を言う」
まるで憑き物でも落ちたかのように、普通の喋り方。
あの、ヒロインを守るために放たれていた氷点下の視線は、もはやどこにも感じられない。肩の力の抜けた柔らかい表情をしている。
――長年の念願だった婚約解消を叶えるために、彼は彼で必死だったのかもしれない。
「いえいえ、王国の未来のために、おふたりを祝福したかっただけですわ」
「そう言ってくれるか……。本当にオレは貴女を誤解していたようだ。今は女神に見える……」
「うふふっ、ランバート王子ったら、大袈裟ですわ」
マーガレットも、何の屈託もなく明るい声で答える。
彼の口から、あのひどい誤解を反省する言葉が飛び出したが、正直なところ、彼にどう思われようと、もはやどうでもよくなってしまった。
円満に婚約を解消してもらえたことに感謝したいくらいだ。
――まあ、口が裂けても、感謝なんて言ってあげないけど。
ランバート王子との会話を早々に切り上げると、いよいよ隣のクララに視線を向けた。
彼女がいったい誰なのか、マーガレットはすでに確信していた。
――まさか、こんなエンディングが待っていたなんて。
「ねえ。クララって、くらちゃんよね?」
前世の、とある女の子のハンドルネームを呼ぶ。
クララが、キラキラした瞳を向けた。
「やっぱりメグちゃんなの?」
お互いに見つめ合って、両手をとり合う。
そして、どちらからともなく、ぎゅっとハグをした。
そう――彼女こそ、前世のゲームのファンサイトで仲良くなった女の子。
さっき、胸の前でハートマークを作った彼女と、ウインクを二回ずつ送り合った。
チャットの会話のはじめにウインクの絵文字を二回いれる――ふたりだけの秘密の合図だ。
前世の彼女――
実は、生まれ持った病気のせいで、ずっと病院で寝たきりだった。
手足が動かせず、音声入力と口にくわえた棒で打つキーボードがチャットの手段。
前世の最後の夏休み。「わたしをちゃんと知ってほしいの」と誘われて会いに行った病室で、彼女の姿に驚き、そして、つらい境遇でも前向きに生きる姿勢に心を打たれた。
――どんな生まれや見た目だって、女の子は恋をしなくちゃね。
チャットでよく励ましあった、彼女の言葉だ。
ベッドに寝たきりで、動き回ることも学校に行くこともできなかった彼女にとって、乙女ゲームは自由に恋愛を楽しめる夢の世界。
なかでも、この『胸キュン☆セントレア学園』が一番のお気に入りだと言っていた。
(くらちゃん、ヒロインに生まれ変わって、ランバート王子との恋をかなえたのね――)
あの闘病生活がいつまで続いたのか、マーガレットは知らない。
それでもここにいるということは、彼女は前世の苦しみから解放されて、夢の世界に新たな生を受けたということ。
そのことを祝ってあげたい――そう思った時、クララの涙声が聞こえてきた。
「まさか、マーガレット様がメグちゃんだったなんて……本当にごめんなさい……」
祝おうとしたのに、いきなり謝られてしまった。
少し身体を離して彼女を見ると、両目に涙が盛り上がっている。
「どうして謝るの?」
「……だって、メグちゃんの婚約者だった王子様を取っちゃったもの。彼、推しキャラだったでしょ? それなのに、わたし、マーガレット様を悪役令嬢にするために、王子様を怒らせるように仕向けたり、令嬢たちにいじめられる場を作ったり……」
「クララ、それはもういいのよ」
素直に謝ろうとするクララの唇に人差し指を押し当て、口を閉じさせる。
彼女がやったことなんて、恋する乙女なら誰だってするようなこと。現に、マーガレットだって同じことを考えていた。
ランバート王子と仲良くなるために、クララを利用しようとしたのだ――つまりは、おあいこ。
(ずっとクララを憎めないって感じてたけど、今となっては納得よね)
彼女に向かって、にっこりと笑いかける。
「気にしなくても大丈夫よ。あたしはレオン――レオナルドが大好きだから」
「……ホント?」
「うん。あたしね、前世の記憶はあるけど、れっきとしたマーガレットなの。だから大丈夫」
「……そうなの? わたしは前世の記憶しかなくって……」
「そっかぁ……。それなら、くらちゃん、よかったね。この世界のヒロインに生まれ変われて」
「メグちゃん……」
祝福の気持ちを伝えると、くらちゃんことクララは嬉しそうに目を潤ませた。
その顔を見ながら、心から思った。
彼女の新しい人生を応援してあげたい、と。
人の心とは不思議なもので、相手のことがわかってしまえば、それまで感じていたわだかまりや疑問なんて、あっという間に氷解してしまう。
彼女がストーリーに固執したのは、自分で何かを決めて行動したことがなかったから。
いろんな場面で『空気読めない子ちゃん』で、行き当たりばったりの行動が目についたのも、経験の乏しさ故だろう。
女友達ができなかったのだって、ずっと寝たきりだった彼女がいきなり貴族令嬢の輪に放り込まれたのだ。わかってしまえば、うなずける話。
カップケーキのイベントで、友達がいない、と言って流した涙は本物に見えた。
なんとか彼女の力になってあげたい――そう思って涙に潤んだ瞳を見つめる。
(そうだわ! まずはお友達づくりのお手伝いをしてあげたらどうかしら)
心の中でひらめいたマーガレットは、クララの両手を握りしめた。
「ねえ、クララ。あたし、これからお友達をたくさん作るつもりなの。だから、もしよかったら一緒に頑張らない? お茶会とかに招待するよ」
「いいのですか……?」
マーガレットの誘いに、クララが目を見開く。
「遠慮は無用よ。あたしたち、お友達でしょ?」
「……はい! お願いします!」
嬉しそうな返事が返ってきて、マーガレットとクララはにっこりとうなずき合った。
0
お気に入りに追加
801
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
完結・私と王太子の婚約を知った元婚約者が王太子との婚約発表前日にやって来て『俺の気を引きたいのは分かるがやりすぎだ!』と復縁を迫ってきた
まほりろ
恋愛
元婚約者は男爵令嬢のフリーダ・ザックスと浮気をしていた。
その上、
「お前がフリーダをいじめているのは分かっている!
お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ!
お前のような非道な女との婚約は破棄する!」
私に冤罪をかけ、私との婚約を破棄すると言ってきた。
両家での話し合いの結果、「婚約破棄」ではなく双方合意のもとでの「婚約解消」という形になった。
それから半年後、私は幼馴染の王太子と再会し恋に落ちた。
私と王太子の婚約を世間に公表する前日、元婚約者が我が家に押しかけて来て、
「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」
「俺は充分嫉妬したぞ。もういいだろう? 愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい!」
と言って復縁を迫ってきた。
この身の程をわきまえない勘違いナルシストを、どうやって黙らせようかしら?
※ざまぁ有り
※ハッピーエンド
※他サイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
小説家になろうで、日間総合3位になった作品です。
小説家になろう版のタイトルとは、少し違います。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。
木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。
前世は日本という国に住む高校生だったのです。
現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。
いっそ、悪役として散ってみましょうか?
悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。
以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。
サクッと読んでいただける内容です。
マリア→マリアーナに変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる