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攻略対象 難攻不落のレオナルド

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「ねえ、レオナルド、ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれるかしら?」

 始業式の日の午後。
 学生寮に隣接する広いティーラウンジに、マーガレットの懇願する声が響く。

 部屋の中にいるのは三人。マーガレットと侍女のマリア、そして、ゲームの攻略対象のひとり、レオナルド・ハドソン。
 隣国と接する広大な領地を治めるハドソン侯爵家の御曹司おんぞうしだ。
 少し濃いめの茶色い髪に、チョコレート色の瞳を持つ知的系のイケメン。

 医務室を出て女子寮に戻ったマーガレットは、すぐさま侍女のマリアを男子寮に向かわせ、午後のお茶の時間に彼を呼び出してもらった。

「話をするのは久しぶりだな……。どうしたんだ? こんなところに呼び出して」

 このティーラウンジ、王家とその親戚である公爵家しか使えない特別な部屋で、今の在校生ならランバート王子かマーガレットのどちらかしか使えない。
 ふたりが恋仲なら絶好のデートスポットになるのだが、ランバート王子は、マーガレットが使っているとわかれば部屋に近づこうとすらしない。

 マーガレットとしては残念な状況だが、誰にも邪魔されずに秘密の話ができる絶好の場所。
 年頃の男女が密室でふたりきりにならないよう、侍女のマリアがお茶を淹れたあとも壁際に控えているが、彼女は口が堅いので心配しなくていい。

「あのね、いきなりこんなお願いをして申し訳ないんだけど、あたしとランバート王子が仲良くなるお手伝いをしてもらえないかしら?」

 マーガレットが話を切り出すと、レオナルドは目を見開いてしばらく唖然としていたが、やがて、困惑した顔になった。

「……えーっと、マーガレット嬢……、すまないが、どういうことかな?」

 そりゃそうだろう。
 ランバート王子とマーガレットの不仲は学園中に知れ渡っている。

「その……、実はあたし、自分の前世を思い出して……。この世界が前世のゲームの舞台だと知ったの。あたし、そのゲームのランバート王子が大好きで……、彼と仲良くなりたいの!」

 思い切って、ぶっちゃけた。
 ――仲良くなりたい人には、ありのままの自分を知ってもらわなくっちゃね。
 前世の最後の夏休み、ゲームサイトで仲良くなった女の子に会いに行ったときに、言われた言葉だ。
 レオナルドは、首をかしげながらも続きを促した。

「……思い出したって……、前世? もう少し詳しく聞かせてくれないか?」

 どうやら興味を持ってもらえたらしい。
 気を良くしたマーガレットは、彼に洗いざらい説明することにした。

 自分には前世の記憶があり、日本という国の女子高生だったこと。
 この世界が、実は、自分が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界であること。
 すでにヒロインによる恋のゲームが始まっていて、マーガレットは悪役令嬢としてランバート王子に婚約破棄されてしまうこと。

 レオナルドは最初こそ驚きの表情を見せたものの、マーガレットの話にふんふんと耳を傾けてくれた。
 突拍子もない話のはずなのに、こうして落ち着いて聞いてくれるのはありがたい。

(やっぱり彼に相談して正解だったかも……。さすがは、難攻不落のレオナルドね)

 彼の様子に安心して、マーガレットの説明にも熱が入る。


 ――このレオナルド、『胸キュン☆セントレア学園』の攻略対象の中では、知的インテリ系の枠。
 眼鏡こそかけていないが、引き締まった知的な顔に、人の心の奥底まで見通しそうな、鋭い眼差しを持っている。

 そんな彼。プレイヤーたちから『難攻不落のレオナルド』と呼ばれていた。
 理由は簡単。
 彼がなかなかヒロインに振り向かないから。
 乙女ゲームの攻略対象にもかかわらず、恋に踊ることのない、常に冷静沈着なキャラだ。

 会話も考え方も論理的で、少しでも理屈に合わない選択をしようものなら、あっさりと背中を向けてしまう。
 彼に対しては、「だって好きなんだもん」などという主観的な理由は、一切通用しない。
 プレイしながら、「なんでこんな奴が乙女ゲームの攻略対象なのよ!」とツッコミたくなるような、超難関ルート。

 しかも、彼のエンドは、「俺のことは、これからレオンと呼んでくれてもいい」と、自分の愛称を呼ぶ許可を与えて恋仲になる、というお堅いもの。
 キスシーンも抱擁シーンもない淡白な恋愛で、ハッピーエンドを迎えてもフラストレーションが溜まるばかり。

 だから前世では一回しかプレイしていない。
 ゲームのファンサイトには、一部の大人にコアなファンがいて、「クールなところがステキ!」とか、「冷たく一刀両断にされるのがたまらない!」といった、マニアックな意見もあった。
 しかし、甘々な恋愛を求める女子高生には総じて受けが悪く、とりあえず一度だけプレイして終わる、というのが普通だった。

 ちなみに、そんなレオナルドのルートには、悪役令嬢がいない。
 彼には婚約者がおらず、敵役かたきやくとして現れるのは、ブラコンの幼い妹が「お兄さまを取らないで!」と訴えかけてくるというもの。

 通称、『ブラコンのキャロルちゃん』。
 くるくるっとした可愛い瞳で上目遣いに頼まれると、淡白なルートだけに、「うん、もうやめるよ」と言いたくなってしまう。
 ヒロインではなく、プレイヤーのやる気を削いで邪魔をする、そんな敵役だった。

 当然ながら、ヒロインがハッピーエンドを迎えても、可愛い妹が断罪されることはない。
 なんとも張り合いのない、平和なルート。それが、レオナルド――


(そんな彼だから、相談しても大丈夫だと思ったのよね)

 婚約者がいないから、誰にも気兼ねせず呼び出せるし、秘密が漏れる心配もない。
 恋に淡白だから、彼に勘違いされる心配がないし、マーガレットも意識しないで済む。
 ヒロインに簡単に惚れてしまって裏切られる可能性も低い。
 そして、何といっても、頭がいいから冷静で的確な意見をもらえる。

 マーガレットのそんな読みは当たり、話を聞いたレオナルドは、大きくうなずいた。

「いいだろう。そういうことなら、とりあえず協力しよう。……君たちふたりが仲良くなるのは、このノースランド王国にとって悪いことじゃない」

 彼の返事を聞いたマーガレットは、胸の前で両手を合わせて喜びを表現する。

「本当? 協力してくれるの?」

 ゲームの設定どおりなら、彼もマーガレットとは会話すらしなかったはず。
 それが、あっさり首を縦に振ってくれた。
 やっぱりあたしの性格が変わったから?
 これならランバート王子も楽勝かも。

 マーガレットが心の中でうんうんとうなずいていると、レオナルドが口を開いた。

「ひとつだけ教えてくれ」
「なあに? なんでも答えるよ」
「マーガレット嬢が『ヒロイン』と呼ぶ平民出身の女子生徒だが、たった半年で王太子と恋仲になれるものだろうか? 王太子の相手となれば、血筋も重要だし、好きか嫌いかで相手を選んだりしない……。そこがどうも釈然としないが?」

 さすがは論理的な知的インテリ系。
 話し忘れたところを、しっかりと突いてくる。

「それはね、卒業パーティーの直前に彼女の血筋が判明するのよ」
「血筋?」
「実は彼女は三大公爵家のひとつ、ホワイトスノウ公爵家の血が流れてるの」
「……まさか」
「彼女のお母さんがホワイトスノウ家の屋敷で働いていたメイドでね、先代当主のお手が付いちゃって、屋敷を追い出されてから生まれた子供なの。だから血筋も問題ないわけ」
「……なるほど、そういう理由わけか……」

 マーガレットの説明を聞いた彼は、腕組みをしながらうなずいた。
 どうやら納得してくれたようだ。

 さあこれで具体的な話ができる、とマーガレットが思った時、レオナルドが顔を上げて再び口を開いた。

「すまん、最後にもうひとつ、質問してもいいか?」
「……なあに?」
「どうしてこの話を俺に?」

 そう問いかけたレオナルドが、訝しげな目を向ける。
 マーガレットは、ひと呼吸置くためにテーブルに置かれたお茶を口に運び、少し唇を湿らせた。

 レオナルドの『最後の質問』は、とても重要だ。
 もし、この問いに、「だってあなたがいいんだもん」などといった理屈に合わない答えを返そうものなら、すぐに背を向けられてしまう。
 しかも彼はうそをつかれるのが嫌いだから、素直に本心を伝えなければならない。

 頭の中でそのことを確認してから、マーガレットは口を開いた。

「だって……、レオナルドなら冷静に話を聞いてくれるし、口も堅いでしょ? 王家と公爵家の恋愛の相談なんて、やっぱり相手を選ばないとダメじゃない?」

 あなたのことを信頼していますよ――言外にそうほのめかして理由を説明する。
 ゲームの攻略では、これが最もレオナルドの心に響いたはず。
 案の定、彼は満足そうな顔になった。

「ほう……。わかった、マーガレット嬢に協力しよう」
「うん、ありがとう」

 最後の質問をクリアできてホッとひと息つくと、レオナルドが再び口を開いた。

「ところで、最後に俺からも、ひとつお願いがあるんだが、いいか?」
「……あら、なにかしら?」

 彼にお願いされることなんて、あったっけ?
 そう思って首をかしげるマーガレットに、レオナルドが何気ない口調で告げた。

「これから協力していくのだから、俺たちは仲間だ。それなら、俺のことはレオンと呼んでくれ……。だから、俺もマーガレット嬢をメグと呼んでいいか?」

 なんと、愛称を呼べと言ってきた!
 難攻不落のレオナルド、あっさり落ちた?
 この世界、案外ちょろいのかもしれない。

「わかったわ、レオン……って、あれ? でも、どうしてあたしをメグって……?」

 ゲームで苦労したレオナルドをあっさり攻略できたことに、内心でガッツポーズしつつも、頭の中を別の疑問がかすめる。
 愛称の『メグ』は、前世のニックネームだ。

(あたし、さっきの話で前世の名前って教えたっけ?)

 するとレオナルドは、何を問われているのかわからない、という顔になった。

「……ん、おかしいか? マーガレット嬢の子供の頃の愛称はメグだっただろ? それとも、マギーとか、他国風にぺギーやペグのほうがいいか?」
「……えっ、えーっと、そうだったね……。うん、もちろんメグでいいよ。じゃあ、よろしくね、レオン」
「おう。では次に何をするつもりか教えてくれ、メグ」

 どうやらマーガレットの愛称がメグだったようだ。
 嫌われ者の悪役令嬢に育ってしまい、名前を呼んでくれる友達なんていないから、小さな頃の愛称なんて忘れていた。
 愛称という些細なことでも、自分の悪役ぶりを思い知らされ、少しだけ心がチクリとする。

(だけど、これからそんな自分を変えていくの! 頑張れ、あたし!)

 胸の前で小さく両手を握りしめて、自分自身に気合を入れる。
 せっかく首尾よく協力者を得ることができたのだ。
 小さなことにくよくよ悩んでいても仕方がない。
 とにかくヒロインのイベントをクリアして、王子様の恋を手に入れよう。

「えっとね……、大切なイベントは六つあって、今から半年の間、毎月ひとつずつ起こるの。その間のミニイベントは、基本的に無視してもいいから………」

 気を取り直したマーガレットが、最初のイベントに向けて説明を始める。
 意欲に満ちた打合せは夕方まで続き、この日の夕食は遅い時間に慌てて学生寮の食堂に駆け込むこととなった。


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