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再起動 プロローグ
しおりを挟むあの門を出たら、大好きな王子様に会える。
夏休みにハマった乙女ゲーム、『胸キュン☆セントレア学園』を家まで待ち切れなかったメグミは、高校の正門を出てバス停に歩きながら、制服のスカートのポケットからスマホを取り出した。
「うふふっ、さぁ、あたしの王子様、早く出てきてくださいねー」
ゲームアプリのアイコンを親指で素早くタップし、ウキウキしながらスタート画面が立ち上がるのを待つ。
こうしておけば、バスに乗ってすぐにゲームを始められる。
(あれ? バスの音かしら?)
遠くから低いエンジン音が聞こえた気がして、スマホから顔を上げて左のほうを見た。――すると。
――あっ、バスが来てる!
メグミの乗るバスが、ひとつ前の信号に引っかかって止まるところだった。
今日は道が空いていたのだろう、珍しく時間通りだ。
(ラッキー! でも急がなくっちゃ!)
あれを逃したら、次のバスまで三十分。
今日は始業式だったから、下校時間は昼の真っ盛り。
――夏の炎天下で次のバスを待つなんて、つらすぎる!
ちょうど信号が青になったので、慌てて横断歩道に飛び出した。
その時だった。
背後から男子生徒の叫び声が聞こえたのは――
「――危ない!」
耳をつんざくようなクラクションとブレーキ音。
右を振り向いたメグミの顔が引きつる。
目の前に大型トラックが迫っていた。
黄色から赤に変わるギリギリで交差点に突っ込んできたのだ。こういう運転手がいるから、信号の変わり目は気をつけないといけなかったのに。
全身が硬直して動かない。――そのとき。
「!」
背中をドンッと強く押され、反対車線にふっ飛んだ。
助かった――と思ったとき、押された勢いが強かったのだろう、足がもつれて手に持っていたスマホが宙に舞った。
「――あっ、スマホ!」
つい意識を取られたのが運の尽き。
バランスを崩して転倒し、倒れ込んだ勢いで頭ごと縁石に突っ込んだ。
「ううっ………」
ごつん、と頭を強く打ち、目の前の世界が閉じていく。
遠のく意識の中、最後に聞こえてきたのは、地面に落ちたスマホから流れるゲームアプリの王子様の声。
「さあ、君もヒロインになって、オレたちと夢のような恋をしよう!」
――はい、王子様と恋がしたいです。
そう答えたのを最後に意識が途切れた。
◇◆◇◆◇
そんな前世の最期をマーガレットが思い出したのは、セントレア学園の夏休みが明けた始業式の日だった。
マーガレットは、ノースランド王国の三大公爵家のひとつ、ブラックレイ公爵家の令嬢で十七歳。
艶やかな黒髪に、目鼻立ちのはっきりした顔立ち。
貴族の子女が通うセントレア学園の最終学年の三年生。
子供の頃に決められた同い年の婚約者がいて、それがこの国の王太子、ランバート王子だ。
光り輝くような金髪に澄んだ碧眼を持つ美男子で、頭が良くて剣術も得意。将来の名君となる逸材と期待されている。
始業式は、ランバート王子による在校生代表の挨拶が終わると解散となり、身分の高い生徒から大講堂を後にする。
もちろん、最も身分が高いのが、王家であるランバート王子。
壇上を下りた彼を先頭に、王家の親戚である公爵家、そして、国境付近の広大な領地を治める侯爵家、次に伯爵家と続き、人数の多い子爵家や男爵家はもはや一緒だ。
公爵令嬢であるマーガレットが二番目に大講堂を出て、寄宿する学生寮――在校生は身分に関係なく全員が寄宿する決まりの――に向かって歩いていると、数歩前を行くランバート王子の正面に、ひとりの女子生徒が進み出た。
真新しい制服を着て、大きな荷物を抱えている。
どうやら、始業式に間に合わなかった生徒のようだ。
おそらく慌ててやって来たのだろう。日の光を浴びてピンク色がかって見える銀色の髪を頭の後ろでくくっただけで、化粧はおろか口紅すらしていない。――しかし。
そんなことは問題ではない。
(なんなの、この無礼な女。王族の行く手をふさぐなんて、不敬だわ!)
どんなに急いでいようと、王族への敬意を乱す行動は許されない。
そう思ってマーガレットが注意しようとした時、ランバート王子に話しかける女子生徒の声が聞こえてきた。
「すみません、女子寮はどこですか」
――刹那、マーガレット頭の中に、聞いたことのない硬質な声が鳴り響いた。
「王子ルートが選択されました――」
その声が頭の片隅から聞こえたかと思うと、大量の前世の記憶が、怒涛の如く脳内に流れ込んできたのだ。
この世界は、前世でハマった乙女ゲーム、『胸キュン☆セントレア学園』の世界。
目の前の女子生徒は、『聖女の力』を顕現して、平民の学校から編入してきたゲームのヒロイン。
最初に誰に話しかけるかで、五人の攻略対象のどのルートを選択するかを決める。
先ほどの硬質な声は、ヒロインが王子ルートを選択したことを知らせる合図。
前世に何度も聞いた、ゲーム開始のアナウンス。
王子ルートが選択されたということは、たった今、婚約者であるマーガレットが悪役令嬢になったということ――
そのことを理解したマーガレットは、ショックのあまり目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちたのだった。
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