帰蝶よ花よ、夢幻の如くなり!

東導 号

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第6話「アーサー・バンドラゴン②」

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 アーサーは不敵な笑みを浮かべ、私を一瞥し、軽く手を挙げる。
 良く言えばフレンドリーに。

「よう!」

 と言う。
 対して、私も負けじと笑う。

「うふふ、初対面なのに馴れ馴れしく、軽薄な殿方ですね。一体、貴方はどこのどなたでしょう?」

 ここで常人の王子なら、
 「俺はお前の夫だぞ! ふざけるな!」とか怒るに違いない。
 
 しかしアーサーは良い意味で『まとも』ではなかった。
 
「イシュタル。可愛いお前を口説きに来た通りすがりの男だ」

 と言う。
 私は「そう来たか」と、笑みを浮かべる
 
 一応、面白そうな人……
 でも変わってる、というのが私のファーストインプレッション。
 
 そして私の直感。
 アーサーは弟のコンラッドとは違う。
 
 生理的に嫌なタイプではなかった。
 ほんの少しだけホッとした。

「可愛い私を口説く? 通りすがりの方?」

「おお、そうさ。よければ逢引《あいび》きしないか?」

「え?」

 おっと!
 これは想定外!
 
 アーサーのあまりにもストレートな物言いに、
 私は驚き、大きく目を見開いた。
 
 しかし!
 私だって負けてはいない。
 このようなアドリブと理詰めのディベートならば、
 長年、父から鍛えに鍛えられたもの。
  
「いえ、お断り致します! 早々にお引き取りを……」

 と返せば、アーサーは、

「ほう、何故断る?」

 と来た。
 
 でも、聞かれるのは想定内。
 次に告げるセリフも決まっている。

「私はもう夫が居る身。人妻なれば見ず知らずな他人と不貞行為を働くなどとんでもございません。逢引きなど絶対に出来ませぬ」

 と、私はきっぱり言い放った。

 そしてオーギュスタも状況が変わったと見て、アーサーへ切り出した。

「アーサー様らしき……貴方……イシュタル様にお会い出来て……これで出された条件のひとつがクリアされましたね」

「ああ、そうだな」

「で、では! こうなったからには、私との勝負自体がもう無意味なのでは?」

 オーギュスタの言葉で、彼女とアーサーのやりとりが見えて来た。
 アーサーが『何らかの方法』で勝負を持ちかけ、勝利したあかつきに、
 私イシュタルへの『取次ぎと会見』を望んだという事だ。

 だが、オーギュスタの質問に対し、アーサーは首を横に振った。
  
「いやいや、オーギュスタ、おまえとの勝負は無意味ではない」

「え? 無意味ではない?」

「おう! 但し! このままでは少し面白みに欠けるかもな」

 面白みにかける?
 一体、どのような意味だろう?
 私には見当がつかないが、アーサーは悪戯っぽく笑っている。

 オーギュスタも私と同じ、予測不可能と顔に書いてある。

「お、面白み?」

「ああ、だから条件を少し変えよう」

「条件を変える?」

 オーギュスタも、わけが分からないという風情で、首を傾げるのを確認し、
 アーサーは「ちらっ」と私を見る。
 再び面白そうに笑う。
 
 怪しい!
 怪し過ぎる!
 絶対何か、企んでるぞ、コイツ。

 と思ったら、アーサーはまたとんでもない事を言って来た。
 
「うん、どうやら俺はたった今、イシュタルという可愛い女子に手酷くふられてしまったようだ」

「…………」

 私は無言、ジト目でアーサーを見ていた。
 
 はあ?
 私に手酷くふられた?
 
 何を言ってるの?
 と思う。
 呆れてしまう。

 アーサーはまたも「にやっ」と笑う。
 まるで悪戯少年のように。
 そして、話を続ける。

「俺は可愛い女子にふられ、ボッチだ」

「…………」

「ボッチは寂しい、とても寂しい。寂しいから、新たな嫁を迎えねばならぬ。丁度良い、オーギュスタ、側室ではなくお前が正妻、つまり嫁となれ!」

「は?」

 あまりの無茶ぶりに私は絶句してしまった。

 「どかん!」とさく裂した、アーサーの爆弾だった。
 私に対し、媚びず、退かず、省みず。
 「バン!」と切り返してしまった。

 そして、いきなり『嫁』になれと言われ、オーギュスタも驚愕した。

「は? はい~っ!」
 
 大きく目を見開くふたりの女子の前で、アーサーは悦に入って頷いている。

「うんうん、我ながら良いアイディアだ」

「…………」
「…………」

「俺が勝てばオーギュスタ、お前を正式な嫁とする」

 アーサーは再びそう言うと、

「おい! オーギュスタ!」

「は、はい!」

 アーサーは、返事をしたオーギュスタを見やった上、
 私を「びしっ」と指さした。

「俺もこの人妻と同意見だ。不貞行為はいかんと思う。だから既に夫が居るというこの子を、さっさとアヴァロンへ送り返そう、どうだOKか?」

「そ、それは……」

 アーサーの言葉を聞き、今度はオーギュスタが絶句。
 
 そりゃ、そうだ。
 さすがに、答えには窮《きゅう》するであろう。
 私の侍女である彼女が、
 「はい! そうですね、主《あるじ》をアヴァロンへ追っ払い、私を嫁にして下さい」なんて、言えるわけがない。

 だが、アーサーの追及は終わらなかった。

「どうした? 勝負を躊躇《ためら》う事はない。けして損な取引きではないぞ。アームレスリングで、もしお前が勝てば、先ほどの条件も含めよう」

 アーサーの言葉を聞き、悩んでいたオーギュスタの顔に喜色が浮かぶ。

「先ほどの条件? アームレスリングで私が勝てば? ほ、本当でございますか? アルカディアは、アヴァロンに全面的に従うと!」

 え?
 そんな条件もつけていたの?
 それって……凄く、おいしい話。

 アーサーは超が付く草食系、気弱で大人しく運動音痴、
 当然膂力《りょりょく》も並みの男性より大幅に弱い。
 父が密偵に命じ、そんな調査結果が出ている。

 オーギュスタは戸惑いながら、速攻で計算したのだろう。
 目の前のアーサーが何故か、急に口は達者になって、
 押しが強い性格になったようだと。
 しかし……身体や力は変わらないと考えている。
 
 でも、後から思えば……
 あまりにも『おいしすぎる条件』をぶら下げられ……
 私もオーギュスタも『肝心な事』を忘れていた。
 アーサーが頑丈な私の部屋の扉を、派手に蹴り壊した事を。
 
 今でも思い出せば苦笑する。
 人間って、何か『美味しい餌』が目に入り過ぎた時、
 「無理やり都合の悪い事を忘れようとする」のは本当なんだって。

 私達が、アームレスリング勝負に、乗り気になったのを見て、
 アーサーは真面目な表情で、約束履行の確約を告げて来た。

「おう、改めて言うぞ。オーギュスタ、お前がアームレスリングで俺に勝ったら、アルカディアは全面的にアヴァロンへ従おう」

 相手の決定的な言質を取った!
 よし!

 と私は思い、 

「オーギュスタ!」

「はい! イシュタル様!」

「宜しい! 勝負を受けなさい!」

 と命令した。
 こっそり調べ、アーサーが身体強化の魔法等を使っていない事も確認した。
 素の『力対力』なら、オーギュスタが、つまり私達が負ける要素はないと確信してしまったから。

「は、はいっ!」

「その御方にアームレスリングで挑み、勝ちなさいっ! お前なら完全に勝てます!」

「は、は、はいっ!」

 私の飛ばす檄を聞き、オーギュスタは噛みながらも、
 大きく返事をし、力強く頷いたのであった。
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