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第40話「山賊退治⑥」
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ケルベロスの提案により、作戦は決まった。
ディーノにもはや迷いはない。
このまま悪戯《いたずら》に時間を消費し、夜になってしまうのはまずい。
遅くとも夕方までに王都へ帰還したい。
なので、後は決行あるのみだ。
と、そこへ頃合いと判断したのか、ケルベロスが出撃を宣言する。
『戦友よ、先に行くぞ! 重ねて言うがバスチアンから目を離すなよ、頃合いを見て念話で連絡し合い、その後に合流しよう』
『了解』
ケルベロスは、相変わらず丁寧で的確な指示を送ってくれる。
対して、ディーノの返事は極端に短かった。
だが間違いなく短い言葉へ凝縮された感謝と敬愛の念がこもっている。
ディーノが応えると同時に、ケルベロスは身を隠していた繁みから勢いよく飛び出した。
凄まじい速度で駆け、古びた砦の正門へと迫る。
ひと呼吸置き、ディーノも後を追った。
目立たぬよう、砦により近い別の繁みへ素早く身を隠す。
一方、走りながら――
ケルベロスの姿は、みるみるうちに変貌して行く。
普通の犬くらいから、子牛ほどの大きさとなり、且つ異形の魔獣となる。
異形の魔獣、すなわち3つの首を持ち、竜の尾と蛇のたてがみを備え、
胴体は逞しい獅子である怖ろしい姿に。
そう、ディーノが初めて彼を召喚した際、忠誠を拒否し脅して来た容姿へと変わった。
すなわち本来のケルベロスを小型化した第3形態の姿だ。
みるみるうちに正門へ到着したケルベロスは砦を鋭く一瞥する。
監視塔の見張り担当の山賊がただならぬ姿のケルベロスに気が付いたようだ。
見張りは慌てふためき、「警報発令!」とばかりに大きな音でラッパを吹いた。
また別の見張りは思い切り半鐘を打ち鳴らした。
張り詰めた緊張感と恐怖が交錯する警戒感が砦に満ちて行く。
戦い慣れしている山賊どもは、異形のケルベロスに怯えながらも、
即座に戦闘態勢へ入ったようだ。
しかし、ケルベロスは躊躇しない。
巨大な口をがあっと開け、真っ赤な口腔を見せると、
凄まじい落雷《らくらい》のような凄まじい咆哮と共に、ごうと紅蓮の炎を天へ噴き上げた。
「がはぁああああああああああああああっ!!!」
咆哮により、びりびりと大気が振動し、地面までもが激しく揺れる。
紅蓮の炎が砦を赤く染め上げる。
ケルベロスの言う通り、効果はてきめんだった。
ディーノが少し繁みの中から眺めていたら、砦内の山賊どもは完全に戦う気を失くしていた。
否、それどころか大混乱に陥っている。
異形の怪物――ケルベロスが放った「天へ届け!」とばかりの咆哮で、
数多の仲間が行動不能に陥り、まるで死体のようにちらばっている様を見れば、 パニックとなるのも無理はない。
動ける者は立ち上がって芋虫のように這い、何とか歩き走れる者は一斉に門へ向かった。
指揮官らしき者が数人、叫んで制止しているが、聞き入れる者は全く居なかった。
やがて……
軋《きし》んだ音を立て、門が左右に大きく乱暴に開かれた。
瞬間!
「どっ」と山賊どもがあふれ出て、四方八方それぞれ思い思いの場所へ散って行った。
作戦は見事に成功し、状況はケルベロスが事前に告げた通りとなったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
山賊どもが逃げ去って、10分以上が経った。
砦内はしんと静まり返っていた。
……ここで初めて、ディーノは身を潜めていた繁みから姿を現す。
結局、開かれた門から、バスチアンは出て来なかった。
今頃は、頼りにした部下が雲散霧消し、悔しくて歯がみしているか、
ケルベロスの咆哮により、気絶してひっくり返っているかのどちらであろう。
と、その時。
ディーノの心に聞き覚えのある声が響いた。
ケルベロスである。
『ふっ、計算通りだ』
確かに……とディーノは思う。
頼りになるとも。
ここは素直に同意し、労をねぎらう為、褒めた方が良いだろう。
『ああ、ケルベロス、お前の言う通りだな』
『うむ! 自信以上の確信があった』
威風堂々とした物言いと同時に、
傍らの繁みからケルベロスが姿を現した。
もう第3形態ではない。
既に第2形態――すなわち灰色狼の風貌に戻っている。
もしも衛兵に事情聴取された際……
ディーノが、共に戦ったのは、
ちょっとだけ『やんちゃな犬』と言えば多分、通るに違いない。
と、ここでケルベロスが確認を求めて来た。
無論、バスチアンの所在である。
『ディーノ、俺は確認出来なかった。だがバスチアンは逃亡せず砦内に留まってるんじゃないか?』
『ああ、俺は門の付近でずっと張っていたが、逃げ出してはいないようだ』
『ふっ、すると可能性は3つだな?』
『3つ?』
ケルベロスから、バスチアンの所在に3つのケースがあると言われ、
ディーノはバツが悪そうに頭をかいた。
彼が思い浮かんだのはふたつだったからだ。
このような場合、意地を張らず素直に教えを請うのがディーノの長所である。
『すまない、ふたつは思い当たるんだが、残りのひとつは考えても思い浮かばなかった。教えて貰えないか?』
ここで全く何も答えを出さず、ケルベロスへ丸投げするのは愚の骨頂。
相手の機嫌を確実に悪くする愚策である。
また、ケルベロスのような教師タイプは完全な答えで返さず、
7割から8割の答えで戻すのが上手く折り合うコツでもある。
そう、残りの3割を教授して貰うという形で、相手に喋らせるのだ。
『砦内で青筋立てて怒って待っているか、それともケルベロスの咆哮でひっくり返って「おねむ」なのか』
『ふん、とりあえずは両方とも正解だ。で、残りのひとつは?』
ケルベロスから改めて問われたが……
ディーノは答えを出す事は出来なかった。
『う~ん……』
答えが出ず、ディーノが困って唸ると、
ケルベロスは苦笑する。
『ふっ、分からんのか? ……まあ、良い。残りのひとつ、「逃げた」という可能性が抜けているぞ』
『え? 逃げた? だ、だって!』
馬鹿な!
ありえない!
という表情のディーノを顔を見て、ケルベロスはため息をついた。
『発想を転換しろ。別に門から出て森へ逃げずとも、脱出方法は他にいくつかあるだろう』
『別の方法?』
『まあ、良い。今は時間が無い。その件は帰り道か、王都へ帰還してから改めて話そう。まずはバスチアンの所在等を確認の上、捕縛が可能なら、ぜひトライすべきだ』
『分かった、お前の言う通りだ』
ようやくデビュー戦までこぎつけたが……
まだまだ勉強だし、俺自身は何も変わっちゃいない。
ディーノの長所のひとつはやはりというか謙虚さだ。
門が開け放たれ、静まり返る砦へ……
ディーノは大きく頷くと、依頼を完遂すべく、第一歩を踏み出したのである。
ディーノにもはや迷いはない。
このまま悪戯《いたずら》に時間を消費し、夜になってしまうのはまずい。
遅くとも夕方までに王都へ帰還したい。
なので、後は決行あるのみだ。
と、そこへ頃合いと判断したのか、ケルベロスが出撃を宣言する。
『戦友よ、先に行くぞ! 重ねて言うがバスチアンから目を離すなよ、頃合いを見て念話で連絡し合い、その後に合流しよう』
『了解』
ケルベロスは、相変わらず丁寧で的確な指示を送ってくれる。
対して、ディーノの返事は極端に短かった。
だが間違いなく短い言葉へ凝縮された感謝と敬愛の念がこもっている。
ディーノが応えると同時に、ケルベロスは身を隠していた繁みから勢いよく飛び出した。
凄まじい速度で駆け、古びた砦の正門へと迫る。
ひと呼吸置き、ディーノも後を追った。
目立たぬよう、砦により近い別の繁みへ素早く身を隠す。
一方、走りながら――
ケルベロスの姿は、みるみるうちに変貌して行く。
普通の犬くらいから、子牛ほどの大きさとなり、且つ異形の魔獣となる。
異形の魔獣、すなわち3つの首を持ち、竜の尾と蛇のたてがみを備え、
胴体は逞しい獅子である怖ろしい姿に。
そう、ディーノが初めて彼を召喚した際、忠誠を拒否し脅して来た容姿へと変わった。
すなわち本来のケルベロスを小型化した第3形態の姿だ。
みるみるうちに正門へ到着したケルベロスは砦を鋭く一瞥する。
監視塔の見張り担当の山賊がただならぬ姿のケルベロスに気が付いたようだ。
見張りは慌てふためき、「警報発令!」とばかりに大きな音でラッパを吹いた。
また別の見張りは思い切り半鐘を打ち鳴らした。
張り詰めた緊張感と恐怖が交錯する警戒感が砦に満ちて行く。
戦い慣れしている山賊どもは、異形のケルベロスに怯えながらも、
即座に戦闘態勢へ入ったようだ。
しかし、ケルベロスは躊躇しない。
巨大な口をがあっと開け、真っ赤な口腔を見せると、
凄まじい落雷《らくらい》のような凄まじい咆哮と共に、ごうと紅蓮の炎を天へ噴き上げた。
「がはぁああああああああああああああっ!!!」
咆哮により、びりびりと大気が振動し、地面までもが激しく揺れる。
紅蓮の炎が砦を赤く染め上げる。
ケルベロスの言う通り、効果はてきめんだった。
ディーノが少し繁みの中から眺めていたら、砦内の山賊どもは完全に戦う気を失くしていた。
否、それどころか大混乱に陥っている。
異形の怪物――ケルベロスが放った「天へ届け!」とばかりの咆哮で、
数多の仲間が行動不能に陥り、まるで死体のようにちらばっている様を見れば、 パニックとなるのも無理はない。
動ける者は立ち上がって芋虫のように這い、何とか歩き走れる者は一斉に門へ向かった。
指揮官らしき者が数人、叫んで制止しているが、聞き入れる者は全く居なかった。
やがて……
軋《きし》んだ音を立て、門が左右に大きく乱暴に開かれた。
瞬間!
「どっ」と山賊どもがあふれ出て、四方八方それぞれ思い思いの場所へ散って行った。
作戦は見事に成功し、状況はケルベロスが事前に告げた通りとなったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
山賊どもが逃げ去って、10分以上が経った。
砦内はしんと静まり返っていた。
……ここで初めて、ディーノは身を潜めていた繁みから姿を現す。
結局、開かれた門から、バスチアンは出て来なかった。
今頃は、頼りにした部下が雲散霧消し、悔しくて歯がみしているか、
ケルベロスの咆哮により、気絶してひっくり返っているかのどちらであろう。
と、その時。
ディーノの心に聞き覚えのある声が響いた。
ケルベロスである。
『ふっ、計算通りだ』
確かに……とディーノは思う。
頼りになるとも。
ここは素直に同意し、労をねぎらう為、褒めた方が良いだろう。
『ああ、ケルベロス、お前の言う通りだな』
『うむ! 自信以上の確信があった』
威風堂々とした物言いと同時に、
傍らの繁みからケルベロスが姿を現した。
もう第3形態ではない。
既に第2形態――すなわち灰色狼の風貌に戻っている。
もしも衛兵に事情聴取された際……
ディーノが、共に戦ったのは、
ちょっとだけ『やんちゃな犬』と言えば多分、通るに違いない。
と、ここでケルベロスが確認を求めて来た。
無論、バスチアンの所在である。
『ディーノ、俺は確認出来なかった。だがバスチアンは逃亡せず砦内に留まってるんじゃないか?』
『ああ、俺は門の付近でずっと張っていたが、逃げ出してはいないようだ』
『ふっ、すると可能性は3つだな?』
『3つ?』
ケルベロスから、バスチアンの所在に3つのケースがあると言われ、
ディーノはバツが悪そうに頭をかいた。
彼が思い浮かんだのはふたつだったからだ。
このような場合、意地を張らず素直に教えを請うのがディーノの長所である。
『すまない、ふたつは思い当たるんだが、残りのひとつは考えても思い浮かばなかった。教えて貰えないか?』
ここで全く何も答えを出さず、ケルベロスへ丸投げするのは愚の骨頂。
相手の機嫌を確実に悪くする愚策である。
また、ケルベロスのような教師タイプは完全な答えで返さず、
7割から8割の答えで戻すのが上手く折り合うコツでもある。
そう、残りの3割を教授して貰うという形で、相手に喋らせるのだ。
『砦内で青筋立てて怒って待っているか、それともケルベロスの咆哮でひっくり返って「おねむ」なのか』
『ふん、とりあえずは両方とも正解だ。で、残りのひとつは?』
ケルベロスから改めて問われたが……
ディーノは答えを出す事は出来なかった。
『う~ん……』
答えが出ず、ディーノが困って唸ると、
ケルベロスは苦笑する。
『ふっ、分からんのか? ……まあ、良い。残りのひとつ、「逃げた」という可能性が抜けているぞ』
『え? 逃げた? だ、だって!』
馬鹿な!
ありえない!
という表情のディーノを顔を見て、ケルベロスはため息をついた。
『発想を転換しろ。別に門から出て森へ逃げずとも、脱出方法は他にいくつかあるだろう』
『別の方法?』
『まあ、良い。今は時間が無い。その件は帰り道か、王都へ帰還してから改めて話そう。まずはバスチアンの所在等を確認の上、捕縛が可能なら、ぜひトライすべきだ』
『分かった、お前の言う通りだ』
ようやくデビュー戦までこぎつけたが……
まだまだ勉強だし、俺自身は何も変わっちゃいない。
ディーノの長所のひとつはやはりというか謙虚さだ。
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