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第40話「冒険者ギルド④」

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 エリンは、冒険者クランフレイムのメンバーと、すぐ打ち解ける事が出来た。
 話してみて分かったが、彼等は皆、分別ある真面目な性格である。
 そして、至って健康な男子達なのだ。
 
 ダークエルフ特有の、人の気配に敏感な能力を持つエリンは、自分へ向ける彼等の自然な欲求を感じて少し怖さを覚える。

 だがエリンは、徐々にチャーリー達の衝動が本能的なものとして、致し方ないと理解する事が出来た。
 何故ならば軽口を叩いてはいるが、彼等にはダンに対する敬意と気遣いが感じられたからである。

 可愛い女の子だから自分のモノにしたいという自然な『欲求』を、尊敬する仲間の妻だからという、『理性』で制御コントロールする。
 改めて人間の男性というものを、『勉強』したエリンであった。

 ダンは、チャーリー達へ言う。

「今度、お詫びとして皆へ腹いっぱい飯を奢ろう。それでこの件はチャラにしてくれないか?」

「分かった! じゃあ英雄亭あたりで、目いっぱい奢って貰おう」

 ダンの和解申し入れを、チャーリーは快諾した。
 どうやら彼は、竹を割ったようなさっぱりした性格らしい。

「やったぁ!」
「チャーリー、偉い」

 シーフのアーロンと、僧侶のコンラッドが「タダ飯が食えてラッキーだ」とはやし立てる。
 しかしメンバーのひとりが、首を横に振った。
 魔法使いのニックである。

「いや、今のダンの提案は到底飲めないな」

 クランリーダーであるチャーリーの承諾に、唯一異を唱えるニックは、面白そうにニヤニヤ笑っている。

「チャーリー、お前もっともっとエリンちゃんに殴って貰え」

 エリンに、もっと殴られろ?
 チャーリーは、一瞬ポカンとする。

「な!? ニック!? お、お前、な、何て事言うんだ」

「いや、お前さぁ、元々俺達の盾役で、とんでもなく頑丈だよな。だから全然ダメージ受けていないし、もっと殴られても楽勝じゃん。たっくさん殴られれば、俺達全員が、毎日ダンから飯をご馳走して貰えるぞ」

 「しれっ」と言うニック。
 チャーリーが「ぴんぴん」しているのは生来の頑健さもあるのだが、ダンが密かに掛けた治癒魔法の効果が大きい。
 だが、フレイムのメンバーに分かりはしない。

 アーロンとコンラッドは、すかさずニックへ追随した。

「おお、ナイスアイディアだ」
「賛成!」

「くあっ! てめえらぁ、さっきは俺を称賛したのに、あっさり手のひら返しやがって! 馬鹿野郎! 何がナイスアイディアだ、何が賛成だぁ!」

 まるで、漫才のようなやりとりに、とうとうエリンが吹き出す。

「ぷっ、ふふふふ」

 エリンが笑っているのを見たチャーリーは、自嘲気味に同意を求める。

「ははは、エリンちゃん。俺達……すっげぇ馬鹿だろう?」

 しかしここで、断固として反対したのが、残りのメンバー3人である。

「何、言ってる? すっげぇ馬鹿は、お前だけだ、チャーリー」
「そうだ、そうだよ。変な事言うな、エリンちゃんに誤解される」
「3対1……完全に決まりだな、馬鹿チャーリー」

 顔を見合わせ頷き合う、アーロン、コンラッド、ニック。
 チャーリーは、完全に『梯子』を外されてしまった。

「てめえら~」

 唸るチャーリーを見て悪いと思ったのか、エリンが再び謝罪する。

「チャーリーさん、本当に御免なさい」

「あはは、もう良いのさ。今後とも宜しくな」

「はいっ! こちらこそ」

 色々あったし、か細いものではあるが……エリンとクランフレイムの間には、『絆』が生まれたようである。

 そんな中、何気なくギルドの壁に掛かっていた魔導時計を見たアーロンが「オッ」という顔をする。
 時計はまもなく、午前11時を指そうとしていた。
 どうやら、何か約束があるらしい。

「おい、チャーリー、そろそろ出発の時間だぞ」

 アーロンに、促されたチャーリーは頷きながら、ダンに問い掛ける。

「分かった! 遅れるとまずいな。って、おお、そうだ。ところでダン、エリンちゃんって冒険者になるのか?」

「ああ、今日、登録するつもりだ」

「そうか、じゃあ俺達の仲間だな。だけどあまり無理させるなよ、怪我でもしたら大変だ。しかしエリンちゃんって凄く良い子じゃないか。お前には勿体ないし」

 ダンには、勿体ない。
 それは半分嫉妬であったが、半分は素直な祝福の言葉であった。

 チャーリーのノリに合わせて、ダンも笑って返事をする。

「ほっとけ!」

「あはは、ダン、幸せにな。エリンちゃん、機会があったら一緒に冒険しようぜ」

「了解!」

 チャーリーとエリンが意気投合したのを見て、他のクランメンバーが抗議の声をあげる。

「あ、こら、チャーリー、抜け駆けしやがって! エリンちゃん、俺とも冒険だぜ」
「おいらとも!」
「僕とも!」

「はいっ! 私、皆さんと冒険したいです」

「「「「やったぁ!」」」」

 エリンから一緒に冒険する約束をして貰い、クランフレイムのメンバーは嬉しそうに拳を突き上げた。

 破顔するチャーリー達を見ながら、ダンはエリンへ告げる。

「エリン、チャーリー達はこれから『仕事』に行く。見送りの言葉を掛けてやれ」

「見送りの言葉?」

「気を付けて行ってらっしゃい……だ」

「気を付けて行ってらっしゃい?」

「後で説明するから……気持ちを込めて言うんだ」

「りょ、了解!」

 エリンはす~っと息を吸い込んだ。
 そして一気に吐きながら言う。

「気を付けて行ってらっしゃい!」

「………」
「………」
「………」
「………」

 しかし、チャーリー達から返事は無い。
 エリンは困ってしまい、ダンを見つめる。

「ダ、ダン……」

「大丈夫だ、良く見ろ、エリン」

「え?」

 ダンに促され、恐る恐るチャーリー達を見るエリン。

 そこには、何と!
 笑顔で両手を思い切り打ち振る、クランフレイム全員の姿があった。

「エリンちゃ~ん! ありがと~っ」

「最高の見送りだよ!」
「頑張るよ!」
「絶対帰って来るよ!」

 チャーリー達が発する、最高ともいえる歓喜の波動が伝わって来る。
 そのあまりの凄さに、エリンは圧倒された。

「ダ、ダン! す、凄いよ! チャーリーさん達、凄く喜んでいるよっ」

 時間が、迫っているのであろう。
 手を振るチャーリー達は急ぎ足でギルドから退出し、とうとう姿が見えなくなった。
 エリンはチャーリー達の姿が見えなくなってからも、ずっと手を振り続けている。

 手を振るエリンへ、ダンは言う。

「冒険者というのは雑務もあるけど、基本的には危険な仕事が多い。俺達は生と死の隣り合わせの場所で生きているんだ」

「生と死の隣り合わせの場所……」

「ああ、簡単に命を落とす仕事なんだ、冒険者は……」

「命を落とす仕事……」

「そんな中、心のこもった仲間の言葉が最高の応援になる」

「心のこもった仲間の言葉……ダン、エリンはあの人達の仲間なの?」

「ああ、立派な仲間だ」

 ダンが言葉を返した瞬間。

『あまり無理させるなよ』

 唐突に、先程チャーリーが言った言葉がエリンの中で響く。
 チャーリーが、エリンを労わって掛けてくれた言葉。
 大事な仲間として扱ってくれた。

 チャーリー達と親しくなれたのは正体を隠し、ダンの妻だと名乗ったからかもしれない。
 だが忌み嫌われるというダークエルフの自分が、人間と絆を結ぶ事が出来たのだ。

「ぜ、絶対に帰って来てね~!」

 胸が一杯になったエリンは、今は誰も居ない出口に向かって、フロア中に響き渡る大声で叫んでいた。
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