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第36話「容赦しない!」

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「ははははははは! はったり結構! 猿結構!」

 俺は大きな声で笑い飛ばし、エリックへきっぱりと言い放った。
 しかしエリックは相変わらず暗い表情をしている。
 こいつ……本当にネガティブだ。

「へ? はったり結構、猿結構って……王子、いけませんよ、はったりなんて、所詮嘘やごまかしじゃあないですか? 奴は詐欺師です」

 ああ、こいつ……折り合いの悪い競争馬みたいに、
 ブリンカーでもつけられてるんじゃないか?
 
 でも、ここは何とか説得し、納得もさせないといけない。

「エリック、詐欺は確かに良くない! だがな、噓も方便と言うことわざもあるじゃないか? 俺はな、結果重視だ」

「結果、重視ですか?」

「そうだ! 課せられた役目を果たし、求められる結果を出す為には、許される嘘なら、多少ついても構わないと思っている」

「許される嘘なら……構わない」

「そうだ! 俺の国にはな、口先だけで何も行動しないエセ評論家が多すぎる」

「エセ評論家? 意味が分かりません!」

「おお、具体的に言えば、単に口先だけの奴! 変わり身の早いダブルスタンダード、保身しか考えないくそなたわけな奴。こういう輩は、我がアルカディアには一切不要!」

「ええっと、仰っている意味が分かりかねます、アーサー様。エセ? 評論家は不要……なのですか?」

「うむ! もっと簡単に言うのなら、不言でも有言でもはったりでも嘘をついても良い。やるべき事をしっかり行い、最後には形として、ちゃんと結果を出す奴が好きなのだよ、俺は」

「ううう……ちゃんと結果を出せって、完全に成果且つ実力重視という事ですね?」

「おう! あとは、これも言っておく。俺が重用する家臣は、身分出身など一切問わない」

「え? 重用する身分出身は一切問わないって! それ、どういうおつもりですか?」

「どうもこうもない! 午後は爺との打合せがある! 俺は、はっきり言うつもりだ」

「な、何を? マッケンジー公爵へお話されるつもりなのですか?」

「たわけ! 決まっておる! 俺が使う奴は身分や生い立ちなど関係ない。実力重視、結果を出す奴を抜擢《ばっすい》し、重用するとな」

「…………」

 そう!
 これから俺がやろうとしているのは……
 俺の構想と信長の考えをミックスした、アルカディア王国の大改革だ。
  
 但し……
 さすがにチート魔人とはいえ、俺ひとりで一国の政務を行うには限界がある。
 
 個の力より集の力。
 しっかり結果を出す為には、シンパとなる忠実で優秀な家臣が大勢必要なのである。

 マッケンジー公爵は勿論、アーサーが幼少の頃から忠実に仕えているこのエリックもぜひ上手く使いたい。
 
 エリックは本物の前田利家よりだいぶ大人しい。
 だが、実直なこの騎士が俺は嫌いではない。
 絶対に適任といえる役割があるはずなのだ。

「エリック!」

「は、はい!」

「俺はな、お前にも期待している。いつまでも王子付きの騎士のままではいかん!」

「そ、そんな! 私は一生、王子のお傍におります!」

 恐縮するエリックだが……
 サトリの能力で、俺には分かる。

 彼の本音は半分半分。
 俺の傍で一生仕えて行きたいという想いと、
 反面、もっと意義のある仕事をしたいという想いが混在していた。

 こういう奴って、部下としては凄く可愛い。

「いや、エリック。そんな事を言うな!」

「は、はい……でも」

「俺はな、お前に任すいろいろな仕事を、既に考えておる」

「ほ、本当ですか? 私に任せて頂ける仕事を?」

「おお、その際はしっかり頼むぞ。お前は俺が頼りとする立派な騎士だ。あんな猿などに負けるでないっ!」

「は、はい!」

 エリックにはまだ、俺の真意は見えていない。
 このバランスが難しい。

 家臣に主君の真意……
 本音はしっかりと理解して欲しい。
 しかし全ての内面が見抜かれていては、却って駄目だとも思うのだ。

 ここでいきなり!
 俺の心の中に、アーサーから受け継いだ記憶と知識が甦る。
 大柄で生意気そうな顔をした、若い騎士の顔が浮かんで来る。

「ふむ、エリック……そう言えば、お前には弟が居たな」

「は、はいっ! 居ります! ゴヴァンです」

「うむ、ゴヴァン・マイルズだったな。これまで俺は数回会った。お前に負けないくらいの騎士という話だったな?」

「はい! 少なくとも武芸の素質は私より遥かに上かと! 両親が亡くなってから……近しい親戚も居らず、私はゴヴァンと兄弟ふたりきりで生きて来ました」

「そうか、しかし! ゴヴァンはなってない!」

「はい……」

「お前が言うほどの凄腕を持ちながら、奴は誰にも仕えておらん。最近は何も仕事をせず、王都をぶらぶらして遊んでばかりいるというではないか」

「うう……王子の仰る通りです」

「兄のお前が、兄弟ふたり分の食い扶持を得る為、必死に稼いでいるというのに……何もしないで遊び呆けるとは……奴め、お前を完全に舐めているな?」

「…………」

「王宮を出る時にエリック、お前はこんな格好を見られたら、弟に笑われると申したからな」

「…………」

「だがこの格好をさせたのは主君の俺。つまりお前は公務の為、やむなくこの服を着た」

「……でも今の恰好を見たら、ゴヴァンに笑われます。大笑いされます」

 エリックが情けない顔をして愚痴を言うのを見た俺は、つい鼻をほじった。
 丸めた鼻くそを「ピン!」と空高く弾き飛ばす。

 そしてエリックを「キッ」と見据えた。

「ふむ! もしも……ゴヴァンがお前の恰好を見て笑ったら……絶対に許さぬ」

「え? 笑ったら……絶対に許さぬとは?」

「弟の食い扶持を稼ぐ為、真面目に汗して働く兄を笑うなど言語道断! 俺は絶対に容赦しない」

「え? 容赦しないって?」

「言葉通りだ……ほら、それに噂をすれば影だぞ」

「ええ? あああっ!」

 俺は進行方向を指さした。
 告げた諺《ことわざ》通りである。

 兄エリックを遥かにしのぐ巨体をゆすらせ、
 弟のゴヴァン・マイルズがこちらへ向かって歩いて来たのである。
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