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第28話「茶の湯の心③」

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「アーサー様!」
「お兄様!」

 イシュタルとエリザベスの声が部屋に交錯した。
 「落ち着かない!」「責める」というか、
 「せがむ」ような声でもある。
 
 予想通り、嫁と小姑の間には、
 やはりというか、険悪なオーラが飛び交っていた。
 
 しかしそれも一瞬の事。
 本来、使用人が行う『給仕役』を俺が行うのを見て、
 あぜんとしてしまう。
 
 そして、次期王様の俺に自ら給仕をさせるのが、
 とても心苦しいという気持ちもふたりからは伝わって来るのだ。

「いいから! 座っていろ」

 俺は手を振り、ふたりが立ち上がろうとするのを制止すると、
 テキパキと皿やフォークなどを並べて行く。
 そして同じように立ち働くオーギュスタへ、

「おい! オーギュスタ、料理の準備は出来ているか?」

「は、はいっ!」

 がらがらと鳴る車輪付き台車に乗せて、
 オーギュスタが持って来たメニューは……
 
 豆のポタージュスープ、色とりどりの野菜サラダ、
 スクランブルエッグ、香辛料入りのベーコンソテー。
 そして焼き立てのパン……

 皆さんは、思うだろう。
 王族の摂る食事にしては、質素で地味過ぎると。

 でも、このアルカディアは大陸の北方にある辺境の国。
 王族とはいえ『祝いの席』以外は極めて質素な食事なのである。

 まあ食事のメニューはさて置き……
 俺は昨夜のうちに、王宮の厨房へ行き、料理長へ依頼をしていた。
 
 嫁と妹、ふたりとどう決着するか見極めは出来なかった。
 だが、食事の支度を手配していたのである。

 結果、俺の計算通り、ふたりは何とか同席までは出来た。
 後は、イシュタルとエリザベスの歩み寄りを促し、
 『国交回復』の為に、俺が尽力するだけだ。

 その、具体的な方法とは……
 信長が愛した、茶の湯に基づいた『もてなしの心』である。

 先ほども言ったが……
 そもそも俺とオーギュスタがやっている給仕作業は、
 通常、使用人がやる仕事。
 
 だからイシュタルとエリザベスは慌てているのだ。
 次期の王たる俺が自ら皿を並べ、
 料理を盛り付けしているのだから。

 しかし茶の湯で言う『もてなし』とは……
 己を下げて、来訪した客に対して限りない丁寧さで対応する事。

 西洋風のこの異世界。
 茶の湯が通用するかどうかは、分からない。
 
 しかし、『切れ者』と見込んだイシュタルとエリザベスには、
 俺の想いが通じると信じ、この朝食会をセッティングした。

 やがて……
 食事が始まった。

 まあ、予想通りだ。
 
 イシュタルとエリザベスは黙々と食べている。
 お互いひと言も……口をきかない。
 そんな簡単に、事は運ばないという証明だ。
 
 まあ、これは想定内。
 すぐ上手く行ったら、完全にご都合主義。
 
 何故なら人間の感情は複雑だし、算数のようにすっきりと割り切れない。
 現実はそう甘くない。

 しかし、俺はペースを崩さない。
 オーギュスタに指示を出し、ふたりでイシュタルとエリザベスへの給仕をする。
 お代わりを求められたら、新たに皿へ盛ったり、
 お茶がなくなれば即、淹れてやったり……

 そして頃合いを見計らって、俺とオーギュスタも食事を摂る。
 
 俺を見るオーギュスタの表情は穏やかである。
 昨日のコミュニケーションがばっちりと功を奏し、
 彼女は俺へ、心を許してくれている。

 自然と、俺とオーギュスタは他愛もない話で盛り上がった。

 ん?
 感じるぞ。
 俺とオーギュスタの話に、イシュタルとエリザベスは反応、
 しっかりと聞き耳を立てている。
 
 そして、サトリの能力で分かる。
 
 恋愛感情がないオーギュスタとの仲を疑い、
 ふたりには、嫉妬の感情も起こっていると。
   
 こうなればしめたもの。
 俺は本題に入る。
 
 そう、茶の湯の精神を応用した話をするのだ。
 とりあえず、相手はオーギュスタひとり。
 何故、俺がこのようにもてなすのかを、
 傍でイシュタルとエリザベスにも聞いて欲しい。

「おい、オーギュスタ。飯はひとりで食べても美味くない。こうやって誰かと一緒に食べた方が絶対に美味しいし、とても楽しいだろう?」

「た、確かにアーサー様の仰る通りです」

「不思議なものだ。昨日まではお互いに知らない間柄なのに、こうやって親しく飯を食べている」

「はい! 不思議です」

「オーギュスタ、知っているか? 東方に、一期一会という言葉がある」

「東方に? 一期一会? いいえ、存じません」

「ははは、知りたいか?」

「ええ、アーサー様、ぜひご教授を」

「OK、俺が好きな言葉のひとつだ。意味はな、縁があって折角出会ったからには、この出会いを大切にしなさいということだ」

「この出会いを……大切に……」

「はいっ!」

 ここで、突然エリザベスが手を挙げた。
 まるで、挑むような眼差しを俺へ投げかけて来る。

「質問致します、お兄様!」

「おう!」

「一期とは……どのような意味でしょうか?」

 ああ、俺の言った事に対する質問か。
 多分、イシュタルへの対抗心だろう。
 だが、学ぶのに前向きなのは良い事だ。

 当然、俺は答えてやる。

「一期とは、生まれてから死ぬまで……つまり一生という意味だ」

「はいっ!」

 今度は、イシュタルが手を挙げた。
 こちらも、気合が入った声だ。
 エリザベスへ対抗して、質問をして来るのだろう。

 で、案の定。

「旦那様! で、では! 一会とは?」

「ははは、文字通りさ。一度しか会わない、つまり二度と巡ってと来ないという事だ」

「な、成る程!」

 エリザベスとイシュタルからは、対抗心からか、
 燃えるような波動が伝わって来る。
 
 うわ!
 改めて思った。
 女の情念って、凄いって……
 
 いや! 驚いている場合じゃない。
 俺はこのふたりを、上手く使って、
 国を運営して行かねばならないのだから。

「うん! 一期一会とはな、こうして出会っているこの瞬間は、もう再び巡って来ないたった一度きりのものかもしれない」

「一度きり……」とエリザベス。
「そうかもしれません」とイシュタル。

「うむ! だからこそだ。この一瞬を大切に思い、今出来る最高のやりとりをしようという意味だと思う……俺はそう解釈している」

「それは素敵な言葉です」とエリザベス。
「奥深い言葉です」と、イシュタル。

 ふたりとも違う言葉で、『一期一会』に関する気持ちを表現してくれた。

「ああ、俺もそう思う。この場に居る者は全て一期一会の出会いだと俺は考えている」

 さりげなく「ちらっ」と見れば……
 イシュタルもエリザベスもこちらに目を向けて真剣に聞いていた。
 オーギュスタだけは「我関せず」という感じで、一見黙々と食事をしていた。
 但し、しっかりと聞き耳を立てている。
 俺は僅かに微笑み、話を続ける。

「誰もがそれぞれ、思いは異なる部分もあるだろう。だが王家と家臣全員で力を合わせ、この国を豊かにし、全国民が幸せになるべく頑張りたい。目的はひとつなんだ」

 俺が話を締めても、相変わらずイシュタルとエリザベスは目も合わさない。
 お互いにひと言も話さないのだ。
 
 しかし……
 当初感じた険悪な雰囲気はだいぶ和らいでいた……

 うん!
 焦らずに行こう。
 
 まずは、これくらいで良い。
 俺は更に今日行う業務の話をした。
 
 それは例の件、王都の視察に行く事である。
 視察は、具体的にどうするかとも話す。
 そう、俺と騎士のエリックふたりきりで、
 目立たない恰好をして行く事を告げた。
 
 案の定、不満が出た。
 イシュタルも、エリザベスも、
 「絶対俺について行く!」と言い張った。
 
 しかしふたりはすぐに気が付いた。
 自分達ふたりが一緒に行けば、目立ち過ぎる事を。
 
 そして、『喧嘩相手』が引く筈はないという事も再認識したはず
 
 結果、王都の街中で喧嘩にでもなれば……
 その視察はぶち壊しになる事も。
 
 他にもいろいろとデメリットを考えてくれたらしい。
 最終的には「同行せず」という事で、ふたりは渋々納得した。
 「気を付けて」という言葉を、最後には贈ってくれたのである。

 そんなこんなで……
 俺は、一風変わった朝食会を無事終わらせたのであった。
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