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第20話「帰蝶主従攻防戦①」

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 ……結局、オーギュスタはあっさり部屋へ入れてくれた。
 王家が与えた、イシュタルの部屋は、エリザベスと同じ造りである。

 ちなみに、アルカディア王国の王宮に俺個人の部屋は勿論、
 夫婦の部屋は別々にあり、ケースバイケースで使う事になっている。
 
 一体、世の夫婦がどう暮らすのか、元高校生の俺には分からない。
 王族など、尚更である。
 歴史書で、そして小説で読んだ空想の世界でしかない。
 だが、この異世界の王族暮らしは不思議な感じがする。

 閑話休題。

 入った部屋のテーブルで、俺とオーギュスタは勝負をする。
 そう、『アームレスリング』だ。

 でも勝負となれば、付き物なのは『戦利品』だ。
 つまり何かを賭けて、勝ち負けを争うのだ。

「おい、オーギュスタ、俺との勝負なら何を賭ける?」

「…………」

「いい加減にしろ。さっきから言っているが、主《あるじ》に対し、返事をしないのは、今後許さんぞ」

 相変わらずダンマリばかりのオーギュスタを、俺は責めた。
 すると、

「……私の主は、イシュタル様だけです」

 ああ、予想した通りの答えだ。
 でも、俺の作戦はまだまだ序盤である。

「成る程! そうか! じゃあふたつ賭けよう」

「ふたつ?」

 賭ける物がふたつと聞いて、オーギュスタは吃驚していた。
 よしよし、もっと揺さぶってやれ。

「ああ、そうだ。ひとつはオーギュスタ、お前が、俺の忠実な部下になる事」

「な!?」

「言ったはずだ。この国で俺に従わぬのは許さぬ」

「…………」

「もうひとつは、今後ちゃんとイシュタルに取り次ぐ事、以上だ」

 それほどプレッシャーを感じない俺の条件を聞き、
 オーギュスタにはつい欲が出たらしい。

「で、では! ……私が勝った場合は?」

 俺が負けた場合、何を条件にするのかって事?
 聞いて来ると思った。
 
 対して、俺の答えは、彼女の想定外なものである。

「ははははは! オーギュスタ、お前を俺の側室にしてやろう。毎晩たっぷり、ねっとり可愛がってやる」

「な、な、な、何ぃぃぃっ!!! たっぷり、ねっとりだと! い、いやらしいっ! 不潔なっ!」

 さすがにオーギュスタは驚いていた。
  
 前世なら、セクハラ間違いなし。
 俺のとんでもない答えを聞き、目を白黒させている。
 もう完全に、こっちのペースだ。

「ははははは! 安心しろ、ほんの冗談だ」

「な!? じょ、冗談!?」

「おう! もしもお前が勝ったら、アルカディア王国ごと、俺はアヴァロン魔法王国に従おう」

「くう!? 国ごと従うだと? だ、だが、貴方は所詮王子! まだ王ではないぞっ!」

「大丈夫! 非公式だが、俺はさっきオヤジから王になる了解を貰った。約束は出来る」

 俺はそう言うと、不敵に「にやり」と笑ったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 そんなやりとりの後も……
 俺とオーギュスタは、『勝負の件』でいろいろと言い合っていた。
 
 ある条件を言えば、対して違う条件が……
 という事で、喧々諤々けんけんがくがく
 気が付かないうちに、ふたりとも声が大きくなっていたらしい。
 
 と、その時。
 「かちゃり」と扉が開く音がした。

「オーギュスタ、騒がしい。何を騒いでいるのです?」

 と、奥の続き部屋から出て来た小柄な少女は……
 やはり!
 マッケンジー公爵から聞いていた風貌から、間違いない。
 俺の嫁――イシュタル・サン・ジェルマンであろう。

 受け継いだアーサーの記憶&知識から補足すると……
 我が嫁イシュタルは……
 アルカディア王国の隣国アヴァロン魔法王国国王、
 アルベール・サン・ジェルマンが、跡継ぎの長男をさしおき、
 とびきり可愛がっている愛娘である。
 
  今年で16歳の若輩ながら、父に劣らぬ魔法の才を誇り、
 『アヴァロン漆黒の魔女』と呼ばれる高名な魔法使いなのだ。

 実は、アーサーの記憶の中にも、イシュタルの顔はない。
 少し前にアヴァロンへ出向き、見合い話をまとめたマッケンジー公爵から、
 このような女の子だと『話だけ』聞いているからである。
 そう、アーサー王子は今日が、政略結婚した嫁と全くの初対面なのだ。
  
 俺が改めて見やれば……
 
 さらさらした、流れるような肩までの黒髪。
 鼻筋が「ぴしり!」と通った、知性を感じさせる整った顔立ち。
 髪と共に、漆黒の魔女と呼ばれる由縁《ゆえん》たる、
 切れ長の目に輝く漆黒の瞳。
 
 この黒い瞳が……
 イシュタルを見た人は吸い込まれるような錯覚を感じさせるほど、
 非常に魅惑的なのである。

 これはまた!
 と、俺は感動してしまった。
 『妹』のエリザベスとは全く違うタイプの超美少女なのだ。
 そしてブタローとやゆされ、結婚など一生無理と諦めていた俺の悲願が、
 見事に成就した瞬間でもある。 

 しかし、喜ぶのはまだまだ早い。
 まずは自称侍女、実はイシュタルの護衛役オーギュスタ。
 彼女とのアームレスリング勝負に勝つ事。
 それからだ。

 俺はイシュタルに向かって、軽く手を挙げる。
 良く言えばフレンドリーに。
 悪く言えば、馴れ馴れしく……

「よう!」

「うふふ、初対面なのに軽薄な殿方ですね。一体、貴方はどこのどなたでしょう?」

 ここで常人の王子なら、
 「俺は夫だぞ! ふざけるな!」とか怒るであろう。
 
 しかし俺の中身は、ほぼ信長。
 良い意味で、絶対『まとも』ではない。

 だから俺はまず、

「ああ、イシュタル。可愛いお前を口説きに来た通りすがりの男だ」

 と言う。
 予想外の答えと受け止め、イシュタルは首を傾げる。

「可愛い私を口説く? 通りすがりの方?」

「おお、そうさ。よければ逢引《あいび》きしないか?」

「え?」

 俺のストレートな物言いに、
 イシュタルは驚き、大きく目を見開いたのである。
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