上 下
16 / 38

第15話「信秀オヤジから、家督を継げ!②」

しおりを挟む
 ……父クライヴが寝ているのは王宮一番奥の寝室だ。
 俺が部屋に近付くと警備担当の王宮騎士が一礼し、扉から離れた。

 扉を軽くノックした俺は父へ来訪を告げる。

「父上、アーサー、只今参りました」

「入れ」

 俺の声に答えるかのように重々しい声が響いた。
 ひと呼吸置いて、扉を開けると……
 俺は部屋の中央に置かれたベッドに寝かされた『父』へ近づいた。

「良い、アーサーとふたりきりにさせてくれ」

 息子である俺の姿を認めた父王クライヴが、
 病状を診ていたらしい医者と世話をしていた侍女に告げると、
 ふたりは部屋の外へ下がって行く。

「これで人目を気にせず話せる。……アーサーよ、まずは祝いの言葉を送ろう!」

 祝い?
 ああ、そうか!
 クライヴが祝いと言うのは、俺が嫁イシュタルを迎え結婚した事だろう。

「ありがとうございます!」

 俺が一礼するとクライヴは嬉しそうに微笑む。
 かつてクライヴは逞しく荒々しい戦士だったらしい。
 
 だが、今の彼は不健康そうに痩せ細り、頬骨が尖ってしまっている。
 長きに亘り患った病から来る、不自由さともどかしさが、
 彼から覇気と闘気を奪っていた。

「アーサー、お前の嫁となる『漆黒の魔女』イシュタルは、アヴァロンに鳴り響いた才女。お前にとって良い伴侶となるだろう……」

「はい! 尻に敷かれないように頑張ります」

「は、ははは……と、ところで、急にどうした? 何か俺に用がありそうだが?」

「父上、いやオヤジには言っておこう」

「オヤジ?」

「ああ、オヤジだ。父上などと呼べば、ケツがこそばゆくなる」

 俺がそう言うと、クライヴは無言で苦笑する。

「…………」

「オヤジ! まずは俺を殺す算段をしていたオライリーぶっ飛ばして汚い膿《うみ》を出したぞ」

 ガラリと口調が変わった俺。
 クライヴは怪訝そうに、眉間へしわを寄せる。

「むう……オライリーを? ぶっ飛ばしただと?」

「ああ、ぶっ飛ばした。あいつが弟コンラッドを担いだ反逆罪の企て……オヤジは、薄々感づいていたはずだ」

「…………」

「オライリーは仲間を募り、悪計をたくらみ、俺を追い落とした上、殺して亡き者にしようとしていた。今日も王宮への帰還途中、あいつの手の者に襲われた」

「…………」

「首領を捕まえ、こっちもぶっ飛ばしてやったがな……後で、しっかりと黒幕を白状させる」

「…………」

「俺は先ほど爺へ命じ、オライリーの屋敷を捜索させている。多くの証拠が見つかるはずだ。当然全て確保し、徹底的に追及する!」

「…………」

 クライヴは、俺の話に対し、無言だった。
 でも沈黙は……
 肯定《こうてい》の証《あかし》なのだろう。
 
 今のやりとりで確信した。
 『この人』は超が付く厳しい父親だと。
 前世ではありえない凄い父親なのだ。
 
 何故なら、自分の息子を殺そうとする部下を放置していた。
 信長の父、織田信秀以上の厳父《げんぷ》だろう。
  
 それ故、俺が逆にオライリーを粛正すると言っても責めないのだ。
 「男なら卑怯で姑息な罠など、逆に噛み破るのだ! 良くやった!」
 クライヴの強い眼差しがそう告げていた。

 ならば、俺も淡々と語るのみ。
 
「文句を言って来たシードルフも叱責し、蟄居させた」

「ううむ……シードルフも、か?」

「おう! 奴は反省しているようだから、一度だけチャンスを与えた!」

「…………」

「今後も邪《よこしま》な奴等は排除し、志《こころざし》を持って国の為に働く者だけを残すつもりだ」

「ふむ……」

 クライヴは軽く息を吐くと、俺をじっと見つめた。
 そして、

「……驚いたぞ。先ほどからの物言い、そして行い……一体、どうしたのだ? その変わりようは?」

 変わった、俺が……
 そりゃそうだ。
 外見は同じアーサーだけど、中身は全くの別人だもの。
 でも俺自身、信長と化し、元の太郎から大いに変わったとも思っている。
 
「ふむ、オヤジ。俺は……変わったか?」

「ああ! 俺の知るアーサーとは全く違う」

 俺の覇気のある物言い、そして大胆な行動に、
 クライヴは驚いたらしい。
 目を大きく見開き、訝し気に俺を見つめた。

 そりゃ、そうだろう。
 俺と入れ替わる前のアーサーは完全な超草食系ボーイ、
 単に優しいだけの少年だったから。
 
 俺が入れ替わった今のアーサーは信長スキルの補正もあり、180度転換した。
 荒くれ、否、傾奇者といえる変わりようだ。
 
 愛する妹と、故郷を託してくれたアーサーの名誉も含めて、
 俺は平然と言い放つ。
  
「いや、以前の俺と、志《こころざし》は全く変わっていない」

「ふむ……志か」

「ああ、変わらねばならないのは、俺以外の『戦う者』達だろう」

「お前以外?」

「ああ、奴らには国と民を守るどころか、その自覚さえない! 物欲と己の保身しか考えておらぬわ!」

 そう、アーサーの知識と経験を受け継いだ俺には分かる。
 彼は、故国を思う気持ちだけは強かった。
 誰にも負けなかった。
 
 しかし……
 王としての資質、適性を……
 豪胆さと決断力に欠ける自分の性格も良く分かっていた。
 
 だから、やれる事をやっていた。
 少しでも自分の国の現状を知ろうと……救う手立てを研究しようと……
 僅かな供を連れ、国内の隅々を丹念に歩き回っていたのだ。
 
 アーサーの心から直接、俺の心へ聞いた話だから、絶対に間違いはない。
 なので、堂々と言える。

 俺と入れ替わる時は、爽やかな笑顔で「からっ」としていたけど……
 今なら分かるんだ。
 アーサー王子の哀しい心が……
 
 木から転落するという、少々お間抜けだが不慮の事故により死んで……
 どんなに、無念だった事か……
 いくら神の啓示だからといって、見ず知らずの男に、
 大切な家族と故郷の国を託すのだから。

 それ故、俺はアーサーの遺志をしっかりと継ぐ。
 この転生は、俺が単独で生き残るだけじゃない。
 
 俺と新たな家族は勿論、俺を頼りとしてくれる家臣達、
 そしてこのアルカディア王国の民、全員が絶対に生き残らなきゃいけないんだ。

 湧き上がる激情に心身を任せ……
 俺は改めて、強く強く決意していたのである。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

素顔の俺に推し変しろよ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:163

願いは一つだけです。あなたの、邪魔はしません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,896pt お気に入り:43

貴方色に染まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:682

魅了堕ち幽閉王子は努力の方向が間違っている

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,146pt お気に入り:198

わざとおねしょする少年の話

BL / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:111

【短編】わかたれた道

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:22

処理中です...