31 / 32
第31話「底知れぬ強さを感じた」
しおりを挟む
ロゼールとベアトリスは、広い庭を突っ切り、闘技場へ入って行く。
闘技場とは、古代、剣闘士競技や野獣狩りといった催事が行われた公共施設だが、
この世界の闘技場は、各種の運動競技が行われる場の総称である。
特殊なものを除き、レサン王国の闘技場は、
スタンド型の観客席と前面に芝生を植えたフィールドから構成されている。
ロゼールとベアトリスが歩く、ドラーゼ公爵家の闘技場は、
スタンドに2万人収容可能な王都グラン・ベールの王国公式闘技場に比べれば、
さすがに規模は小さい。
だが、私設の闘技場としては、ロゼールが知る限りここまで大型の闘技場はない。
5,000人が収容可能だというスタンドこそ違うが、
フィールドは公式闘技場と同じ規模の仕様で、面積も全く同じである。
現在の時間は、午前5時30分過ぎ……
既に護衛の男女の王都騎士たちが、大勢、訓練に励んでいた。
ベアトリスとロゼールが、姿を現すと、あちこちで小さな歓声があがった。
ひとりは、ラパン修道院へ花嫁修業に赴き、久々に戻って来たこの家の麗しき令嬢。
もうひとりは、数多の凶悪な魔物は勿論、名だたる騎士達をも退けた、武勇の誉れ高き女傑なのだから。
ふたりはこの屋敷で注目の的なのだ。
当然、羨望の眼差しを向けられ、
軽く手を振るカリスマ令嬢、ベアトリスが主役ではあるのだが。
さてさて!
早朝という時間がら、若い騎士が多い。
ロゼールの見知っている顔が何人も居た。
最初に歓声をあげただけ、その後はちらと、ロゼールを見るが誰も何も言わない。
昨日、ベアトリスは改めて、ロゼールの『立ち位置』を騎士達へ通達したらしい。
その通達が徹底的に周知されているに違いない。
そしてベアトリスの武技の師匠でもある家令バジルは、フィールドの一番奥に居た。
さすがに執事服ではなく、革鎧姿である。
自然体で立っているが、ロゼールが見る限り、スキが全くない。
やはり相当な武道の達人らしい。
すぐロゼールとベアトリスを認識。
遠くに居ても、深々と頭を下げた。
歩きながらベアトリスは、小さく一礼。
同じくロゼールは同じくらい一礼。
更に歩いて、3人は1対2で正対する。
改めて挨拶となる。
武技の師匠だが、使用人のバジルから挨拶らしい。
「おはようございます! ベアトリス様!」
「おはよう! バジル!」
「おはようございます! ロゼ様!」
「おはようございます! バジル様!」
挨拶をした後、ロゼールを見たバジルの表情に微妙な変化があった。
多分、ベアトリスは、気付いているだろう。
そして、ロゼールはバジルの表情の変化の理由がはっきりと分かる。
表情の変化の理由とは、昨夜の出来事である。
そう、昨夜ロゼが休んだ寝室に、
前当主グレゴワール・ドラーゼの亡霊が出て、問答した一件に違いない。
果たして、亡霊と遭遇して、ロゼールがどのような状況となっているのか?
怖れおののく、縮み上がるという事はないにしても……
少し青ざめているくらいは想定していたかもしれない。
しかし、平然とし、元気なロゼールの態度、雰囲気は全く想定外だったのだろう。
グレゴワール・ドラーゼの亡霊が、ロゼールへ全く害を及ぼさず、
普通にやりとり出来た事も大きい。
否!
大きいどころか、……面白かった。
上級貴族の当主とは思えぬほど、口が悪い。
そして、多分目の中に入れても痛くないくらいに可愛がっていた、
愛孫ベアトリスを、親しみを込め、
暴れじゃじゃ馬の無軌道暴走孫娘と呼ぶ、情の深さ。
どこかの邪霊がグレゴワールを装っている可能性はゼロではない。
しかし、感覚的にだが、ロゼールは昨夜の亡霊が、
グレゴワール・ドラーゼ本人だと確信していた。
昨夜の件は、バジルが尋ねて来るか、微妙だが……
ベアトリスは、絶対尋ねて来るに違いない。
あのあだ名を言おうか、言うまいか……
ロゼールは大いに迷っている。
つらつらと考えるロゼールをよそに……
訓練が始まろうとしていた。
まずは準備運動のストレッチ。
これは考え方が分かれていて、常在戦場の武道訓練に、不要だという者も居る。
しかしバジルは、準備運動、整理運動をしっかりとやるモットーであった。
ロゼールは、基本バジルと同じ考え方だ。
準備体操は筋肉をじっくり伸ばす事で、主に柔軟性を目的とした運動である。
筋肉を丹念にほぐす事は、不慮のケガを予防し、次に行う運動の効果を高める。
整理運動は、次の日まで疲れを残さないように身体を整える運動であり、
こちらも不慮のケガを予防する為には、とても大切だといえよう。
話を戻そう。
ストレッチが終わり、フィールドを走った後、
早速、格闘術の訓練が始まった。
まず、ベアトリスが、バジルと組み手を行う。
お互いに向き合い、礼をした後、
組手は始まった。
ロゼールは、じっくりとふたりの技の応酬を観察した。
バジルの拳法は独特であった。
敵の死角を突き、拳や蹴りの軌道を変え、
相手に攻撃を見切れないようにするものだ。
また試合では反則となる急所を攻める事もいとわない。
実戦的な技を繰り出した。
オークとの戦いをともにし、ベアトリスの強さは実感していた。
だが、師バジルと互角以上に戦い、伝授された拳法を完璧に使いこなす主を見て、
ロゼールは改めて底知れぬ強さを感じたのである。
闘技場とは、古代、剣闘士競技や野獣狩りといった催事が行われた公共施設だが、
この世界の闘技場は、各種の運動競技が行われる場の総称である。
特殊なものを除き、レサン王国の闘技場は、
スタンド型の観客席と前面に芝生を植えたフィールドから構成されている。
ロゼールとベアトリスが歩く、ドラーゼ公爵家の闘技場は、
スタンドに2万人収容可能な王都グラン・ベールの王国公式闘技場に比べれば、
さすがに規模は小さい。
だが、私設の闘技場としては、ロゼールが知る限りここまで大型の闘技場はない。
5,000人が収容可能だというスタンドこそ違うが、
フィールドは公式闘技場と同じ規模の仕様で、面積も全く同じである。
現在の時間は、午前5時30分過ぎ……
既に護衛の男女の王都騎士たちが、大勢、訓練に励んでいた。
ベアトリスとロゼールが、姿を現すと、あちこちで小さな歓声があがった。
ひとりは、ラパン修道院へ花嫁修業に赴き、久々に戻って来たこの家の麗しき令嬢。
もうひとりは、数多の凶悪な魔物は勿論、名だたる騎士達をも退けた、武勇の誉れ高き女傑なのだから。
ふたりはこの屋敷で注目の的なのだ。
当然、羨望の眼差しを向けられ、
軽く手を振るカリスマ令嬢、ベアトリスが主役ではあるのだが。
さてさて!
早朝という時間がら、若い騎士が多い。
ロゼールの見知っている顔が何人も居た。
最初に歓声をあげただけ、その後はちらと、ロゼールを見るが誰も何も言わない。
昨日、ベアトリスは改めて、ロゼールの『立ち位置』を騎士達へ通達したらしい。
その通達が徹底的に周知されているに違いない。
そしてベアトリスの武技の師匠でもある家令バジルは、フィールドの一番奥に居た。
さすがに執事服ではなく、革鎧姿である。
自然体で立っているが、ロゼールが見る限り、スキが全くない。
やはり相当な武道の達人らしい。
すぐロゼールとベアトリスを認識。
遠くに居ても、深々と頭を下げた。
歩きながらベアトリスは、小さく一礼。
同じくロゼールは同じくらい一礼。
更に歩いて、3人は1対2で正対する。
改めて挨拶となる。
武技の師匠だが、使用人のバジルから挨拶らしい。
「おはようございます! ベアトリス様!」
「おはよう! バジル!」
「おはようございます! ロゼ様!」
「おはようございます! バジル様!」
挨拶をした後、ロゼールを見たバジルの表情に微妙な変化があった。
多分、ベアトリスは、気付いているだろう。
そして、ロゼールはバジルの表情の変化の理由がはっきりと分かる。
表情の変化の理由とは、昨夜の出来事である。
そう、昨夜ロゼが休んだ寝室に、
前当主グレゴワール・ドラーゼの亡霊が出て、問答した一件に違いない。
果たして、亡霊と遭遇して、ロゼールがどのような状況となっているのか?
怖れおののく、縮み上がるという事はないにしても……
少し青ざめているくらいは想定していたかもしれない。
しかし、平然とし、元気なロゼールの態度、雰囲気は全く想定外だったのだろう。
グレゴワール・ドラーゼの亡霊が、ロゼールへ全く害を及ぼさず、
普通にやりとり出来た事も大きい。
否!
大きいどころか、……面白かった。
上級貴族の当主とは思えぬほど、口が悪い。
そして、多分目の中に入れても痛くないくらいに可愛がっていた、
愛孫ベアトリスを、親しみを込め、
暴れじゃじゃ馬の無軌道暴走孫娘と呼ぶ、情の深さ。
どこかの邪霊がグレゴワールを装っている可能性はゼロではない。
しかし、感覚的にだが、ロゼールは昨夜の亡霊が、
グレゴワール・ドラーゼ本人だと確信していた。
昨夜の件は、バジルが尋ねて来るか、微妙だが……
ベアトリスは、絶対尋ねて来るに違いない。
あのあだ名を言おうか、言うまいか……
ロゼールは大いに迷っている。
つらつらと考えるロゼールをよそに……
訓練が始まろうとしていた。
まずは準備運動のストレッチ。
これは考え方が分かれていて、常在戦場の武道訓練に、不要だという者も居る。
しかしバジルは、準備運動、整理運動をしっかりとやるモットーであった。
ロゼールは、基本バジルと同じ考え方だ。
準備体操は筋肉をじっくり伸ばす事で、主に柔軟性を目的とした運動である。
筋肉を丹念にほぐす事は、不慮のケガを予防し、次に行う運動の効果を高める。
整理運動は、次の日まで疲れを残さないように身体を整える運動であり、
こちらも不慮のケガを予防する為には、とても大切だといえよう。
話を戻そう。
ストレッチが終わり、フィールドを走った後、
早速、格闘術の訓練が始まった。
まず、ベアトリスが、バジルと組み手を行う。
お互いに向き合い、礼をした後、
組手は始まった。
ロゼールは、じっくりとふたりの技の応酬を観察した。
バジルの拳法は独特であった。
敵の死角を突き、拳や蹴りの軌道を変え、
相手に攻撃を見切れないようにするものだ。
また試合では反則となる急所を攻める事もいとわない。
実戦的な技を繰り出した。
オークとの戦いをともにし、ベアトリスの強さは実感していた。
だが、師バジルと互角以上に戦い、伝授された拳法を完璧に使いこなす主を見て、
ロゼールは改めて底知れぬ強さを感じたのである。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

お飾り妻生活を満喫していたのに王子様に溺愛されちゃった!?
AK
恋愛
「君は書類上の妻でいてくれればいい」
「分かりました。旦那様」
伯爵令嬢ルイナ・ハーキュリーは、何も期待されていなかった。
容姿は悪くないけれど、何をやらせても他の姉妹に劣り、突出した才能もない。
両親はいつも私の結婚相手を探すのに困っていた。
だから受け入れた。
アーリー・ハルベルト侯爵との政略結婚――そしてお飾り妻として暮らすことも。
しかし――
「大好きな魔法を好きなだけ勉強できるなんて最高の生活ね!」
ルイナはその現状に大変満足していた。
ルイナには昔から魔法の才能があったが、魔法なんて『平民が扱う野蛮な術』として触れることを許されていなかった。
しかしお飾り妻になり、別荘で隔離生活を送っている今。
周りの目を一切気にする必要がなく、メイドたちが周りの世話を何でもしてくれる。
そんな最高のお飾り生活を満喫していた。
しかしある日、大怪我を負って倒れていた男を魔法で助けてから不穏な空気が漂い始める。
どうやらその男は王子だったらしく、私のことを妻に娶りたいなどと言い出して――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる