22 / 32
第22話「見ざる聞かざる言わざる」
しおりを挟む
ベアトリスの父フレデリク・ドラーゼ公爵からエールを送られ、
話は終わった。
「ロゼ」
「はい」
「すべてにおいて、ベアーテの指示に従ってくれ。メイドの仕事内容に関しては、家令のバジルから指示を受けよ」
「は、はい」
「メイドの仕事において不明な点があれば、ベアーテに指示を仰いだ上で、バジルに聞くが良い」
「了解致しました!」
「うむ、今そのバジルに迎えに来させよう。おいおい、我が屋敷にも慣れるだろう」
フレデリクから言われて、ロゼールは早く屋敷の構造を把握しないといけない、
そう決意した。
勤務先の屋敷の『間取り』が不明なメイドなど聞いた事がないからだ。
フレデリクは身体をそして手を伸ばし、テーブルに置いてある魔導ベルを押した。
りんごんりんごんと、趣きのある音が鳴り響いた。
5分ほど経ち、書斎の扉が、
とんとんとんと、ノックされる。
そして、
「ご主人様、お呼びでしょうか?」
と、低いが張りのある声が扉むこうから聞こえて来た。
家令のバジルである。
ロゼールを迎えに来たのだ。
対して、
「ああ、呼んだ。入室して構わぬ。ロゼとの話が終わった。ベアーテの下へ連れて行ってやれ」
と、フレデリクが命じた。
「はい!」
と短い返事の後、少し間を置き、バジルが立ち居振る舞い優雅に入室した。
そして、
「ロゼ様、参りましょう」
と軽く一礼した。
その様子を、ロゼールはじっと観察していた。
自分はお付きの騎士ではあるが、メイドでもある。
家令でありながら、ベアトリスの武術指南役?でもあるバジルは、
良き手本になるのではと、ロゼールは考えたのだ。
「では、ご主人様。ロゼ様をお連れ致します」
「ああ、頼む」
フレデリクのOKが出てから、ロゼールは立ち上がった。
職業によって違いはあるだろうが、この間が大事だとロゼールは考えていた。
「失礼致します」
まずバジルが一礼。
続いて、ロゼールも一礼する。
「失礼致します」
「うむ、ロゼ。改めて言おう。頑張れ、当家の為に、そして己の為に。今後とも宜しくな」
「は! 閣下! ありがとうございます!」
ロゼールは今度は深くお辞儀をし、フレデリクの書斎を後にしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フレデリクの書斎を出たロゼールと家令のバジル。
バジルが先導、ロゼールが後をついて行く形。
ドラーゼ公爵邸の長い廊下を軽やかに歩いて行く。
バジルの歩き方は武道の達人たる肉食獣のような歩き方である。
ベアトリスの師であることもあり、相当の達人に違いない。
前を歩くバジルの背を見て、ロゼールは改めて決めた。
ベアトリス同様、バジルに弟子入りしようと。
ただベアトリスと違うのは、使用人としても教授を乞う形になるという事だ。
しかし、さすがにこの場でお願いしたりはしない。
バジルから、話しかけてくる気配もない。
書斎を出てから、ずっと無言である。
そういえば、以前誰かから聞いた事がある。
貴族家の使用人は、「見ざる聞かざる言わざる」に徹する事だと。
補足しよう。
「見ざる聞かざる言わざる」とは、3匹の猿が両手でそれぞれ目、耳、口を隠している意匠で有名なことわざである。
他人の欠点やあやまちなど、悪しきことは、見ようとせず、聞こうとせず、言おうとしないのが良い。
つまり、「悪しきことを遠ざけよ」というのが本来の意味なのだが、
暗に、自己保身の為、『見て見ぬふりをする』場合にも使われる。
または、長いものに巻かれる
――自分より力の強いものや上位の者には、とりあえず従っておくのが無難で得策であるというのも使用人の鉄則だとの事だ。
ロゼールも上下社会の貴族社会で育った女子、その辺の機微は認識していた。
騎士隊も同様の体質だったのでなおさらである。
まあどちらにしても……
自分はベアトリスのお付きである。
彼女の意思で動く事になろうし、
弟子入りの件も『うかがい』を立てた方が賢明であろう。
結構な距離を歩き、ようやくベアトリスの部屋に到着した。
部屋といってもひとつやふたつではないと、本人からは聞いていた。
何と!
20間続きの部屋であった。
居間、寝室、書斎、メイキングルーム、クローゼットは勿論、
専用のシャワー付きバス、魔力暖房付きのトイレが複数、
更にパーティールーム、トレーニングルームも備えているという。
侍女用の部屋もいくつかあると聞いていた。
「ロゼは、他のメイドとは違ってお付きだから、私の部屋に一緒に住むから」
と命じられていた。
こうなるとラパン修道院における生活と、あまり変わらない。
さてさて!
扉の前に立ったバジルが、
とんとんとんと、ノックをした。
そして、
「お待たせ致しました、ベアトリスお嬢様。ロゼ様をお連れ致しました」
対して、
「待ってたわ! すぐに入って頂戴!」
と、急かすようなベアトリスの声が聞こえたのである。
話は終わった。
「ロゼ」
「はい」
「すべてにおいて、ベアーテの指示に従ってくれ。メイドの仕事内容に関しては、家令のバジルから指示を受けよ」
「は、はい」
「メイドの仕事において不明な点があれば、ベアーテに指示を仰いだ上で、バジルに聞くが良い」
「了解致しました!」
「うむ、今そのバジルに迎えに来させよう。おいおい、我が屋敷にも慣れるだろう」
フレデリクから言われて、ロゼールは早く屋敷の構造を把握しないといけない、
そう決意した。
勤務先の屋敷の『間取り』が不明なメイドなど聞いた事がないからだ。
フレデリクは身体をそして手を伸ばし、テーブルに置いてある魔導ベルを押した。
りんごんりんごんと、趣きのある音が鳴り響いた。
5分ほど経ち、書斎の扉が、
とんとんとんと、ノックされる。
そして、
「ご主人様、お呼びでしょうか?」
と、低いが張りのある声が扉むこうから聞こえて来た。
家令のバジルである。
ロゼールを迎えに来たのだ。
対して、
「ああ、呼んだ。入室して構わぬ。ロゼとの話が終わった。ベアーテの下へ連れて行ってやれ」
と、フレデリクが命じた。
「はい!」
と短い返事の後、少し間を置き、バジルが立ち居振る舞い優雅に入室した。
そして、
「ロゼ様、参りましょう」
と軽く一礼した。
その様子を、ロゼールはじっと観察していた。
自分はお付きの騎士ではあるが、メイドでもある。
家令でありながら、ベアトリスの武術指南役?でもあるバジルは、
良き手本になるのではと、ロゼールは考えたのだ。
「では、ご主人様。ロゼ様をお連れ致します」
「ああ、頼む」
フレデリクのOKが出てから、ロゼールは立ち上がった。
職業によって違いはあるだろうが、この間が大事だとロゼールは考えていた。
「失礼致します」
まずバジルが一礼。
続いて、ロゼールも一礼する。
「失礼致します」
「うむ、ロゼ。改めて言おう。頑張れ、当家の為に、そして己の為に。今後とも宜しくな」
「は! 閣下! ありがとうございます!」
ロゼールは今度は深くお辞儀をし、フレデリクの書斎を後にしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フレデリクの書斎を出たロゼールと家令のバジル。
バジルが先導、ロゼールが後をついて行く形。
ドラーゼ公爵邸の長い廊下を軽やかに歩いて行く。
バジルの歩き方は武道の達人たる肉食獣のような歩き方である。
ベアトリスの師であることもあり、相当の達人に違いない。
前を歩くバジルの背を見て、ロゼールは改めて決めた。
ベアトリス同様、バジルに弟子入りしようと。
ただベアトリスと違うのは、使用人としても教授を乞う形になるという事だ。
しかし、さすがにこの場でお願いしたりはしない。
バジルから、話しかけてくる気配もない。
書斎を出てから、ずっと無言である。
そういえば、以前誰かから聞いた事がある。
貴族家の使用人は、「見ざる聞かざる言わざる」に徹する事だと。
補足しよう。
「見ざる聞かざる言わざる」とは、3匹の猿が両手でそれぞれ目、耳、口を隠している意匠で有名なことわざである。
他人の欠点やあやまちなど、悪しきことは、見ようとせず、聞こうとせず、言おうとしないのが良い。
つまり、「悪しきことを遠ざけよ」というのが本来の意味なのだが、
暗に、自己保身の為、『見て見ぬふりをする』場合にも使われる。
または、長いものに巻かれる
――自分より力の強いものや上位の者には、とりあえず従っておくのが無難で得策であるというのも使用人の鉄則だとの事だ。
ロゼールも上下社会の貴族社会で育った女子、その辺の機微は認識していた。
騎士隊も同様の体質だったのでなおさらである。
まあどちらにしても……
自分はベアトリスのお付きである。
彼女の意思で動く事になろうし、
弟子入りの件も『うかがい』を立てた方が賢明であろう。
結構な距離を歩き、ようやくベアトリスの部屋に到着した。
部屋といってもひとつやふたつではないと、本人からは聞いていた。
何と!
20間続きの部屋であった。
居間、寝室、書斎、メイキングルーム、クローゼットは勿論、
専用のシャワー付きバス、魔力暖房付きのトイレが複数、
更にパーティールーム、トレーニングルームも備えているという。
侍女用の部屋もいくつかあると聞いていた。
「ロゼは、他のメイドとは違ってお付きだから、私の部屋に一緒に住むから」
と命じられていた。
こうなるとラパン修道院における生活と、あまり変わらない。
さてさて!
扉の前に立ったバジルが、
とんとんとんと、ノックをした。
そして、
「お待たせ致しました、ベアトリスお嬢様。ロゼ様をお連れ致しました」
対して、
「待ってたわ! すぐに入って頂戴!」
と、急かすようなベアトリスの声が聞こえたのである。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる