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第22話「見ざる聞かざる言わざる」
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ベアトリスの父フレデリク・ドラーゼ公爵からエールを送られ、
話は終わった。
「ロゼ」
「はい」
「すべてにおいて、ベアーテの指示に従ってくれ。メイドの仕事内容に関しては、家令のバジルから指示を受けよ」
「は、はい」
「メイドの仕事において不明な点があれば、ベアーテに指示を仰いだ上で、バジルに聞くが良い」
「了解致しました!」
「うむ、今そのバジルに迎えに来させよう。おいおい、我が屋敷にも慣れるだろう」
フレデリクから言われて、ロゼールは早く屋敷の構造を把握しないといけない、
そう決意した。
勤務先の屋敷の『間取り』が不明なメイドなど聞いた事がないからだ。
フレデリクは身体をそして手を伸ばし、テーブルに置いてある魔導ベルを押した。
りんごんりんごんと、趣きのある音が鳴り響いた。
5分ほど経ち、書斎の扉が、
とんとんとんと、ノックされる。
そして、
「ご主人様、お呼びでしょうか?」
と、低いが張りのある声が扉むこうから聞こえて来た。
家令のバジルである。
ロゼールを迎えに来たのだ。
対して、
「ああ、呼んだ。入室して構わぬ。ロゼとの話が終わった。ベアーテの下へ連れて行ってやれ」
と、フレデリクが命じた。
「はい!」
と短い返事の後、少し間を置き、バジルが立ち居振る舞い優雅に入室した。
そして、
「ロゼ様、参りましょう」
と軽く一礼した。
その様子を、ロゼールはじっと観察していた。
自分はお付きの騎士ではあるが、メイドでもある。
家令でありながら、ベアトリスの武術指南役?でもあるバジルは、
良き手本になるのではと、ロゼールは考えたのだ。
「では、ご主人様。ロゼ様をお連れ致します」
「ああ、頼む」
フレデリクのOKが出てから、ロゼールは立ち上がった。
職業によって違いはあるだろうが、この間が大事だとロゼールは考えていた。
「失礼致します」
まずバジルが一礼。
続いて、ロゼールも一礼する。
「失礼致します」
「うむ、ロゼ。改めて言おう。頑張れ、当家の為に、そして己の為に。今後とも宜しくな」
「は! 閣下! ありがとうございます!」
ロゼールは今度は深くお辞儀をし、フレデリクの書斎を後にしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フレデリクの書斎を出たロゼールと家令のバジル。
バジルが先導、ロゼールが後をついて行く形。
ドラーゼ公爵邸の長い廊下を軽やかに歩いて行く。
バジルの歩き方は武道の達人たる肉食獣のような歩き方である。
ベアトリスの師であることもあり、相当の達人に違いない。
前を歩くバジルの背を見て、ロゼールは改めて決めた。
ベアトリス同様、バジルに弟子入りしようと。
ただベアトリスと違うのは、使用人としても教授を乞う形になるという事だ。
しかし、さすがにこの場でお願いしたりはしない。
バジルから、話しかけてくる気配もない。
書斎を出てから、ずっと無言である。
そういえば、以前誰かから聞いた事がある。
貴族家の使用人は、「見ざる聞かざる言わざる」に徹する事だと。
補足しよう。
「見ざる聞かざる言わざる」とは、3匹の猿が両手でそれぞれ目、耳、口を隠している意匠で有名なことわざである。
他人の欠点やあやまちなど、悪しきことは、見ようとせず、聞こうとせず、言おうとしないのが良い。
つまり、「悪しきことを遠ざけよ」というのが本来の意味なのだが、
暗に、自己保身の為、『見て見ぬふりをする』場合にも使われる。
または、長いものに巻かれる
――自分より力の強いものや上位の者には、とりあえず従っておくのが無難で得策であるというのも使用人の鉄則だとの事だ。
ロゼールも上下社会の貴族社会で育った女子、その辺の機微は認識していた。
騎士隊も同様の体質だったのでなおさらである。
まあどちらにしても……
自分はベアトリスのお付きである。
彼女の意思で動く事になろうし、
弟子入りの件も『うかがい』を立てた方が賢明であろう。
結構な距離を歩き、ようやくベアトリスの部屋に到着した。
部屋といってもひとつやふたつではないと、本人からは聞いていた。
何と!
20間続きの部屋であった。
居間、寝室、書斎、メイキングルーム、クローゼットは勿論、
専用のシャワー付きバス、魔力暖房付きのトイレが複数、
更にパーティールーム、トレーニングルームも備えているという。
侍女用の部屋もいくつかあると聞いていた。
「ロゼは、他のメイドとは違ってお付きだから、私の部屋に一緒に住むから」
と命じられていた。
こうなるとラパン修道院における生活と、あまり変わらない。
さてさて!
扉の前に立ったバジルが、
とんとんとんと、ノックをした。
そして、
「お待たせ致しました、ベアトリスお嬢様。ロゼ様をお連れ致しました」
対して、
「待ってたわ! すぐに入って頂戴!」
と、急かすようなベアトリスの声が聞こえたのである。
話は終わった。
「ロゼ」
「はい」
「すべてにおいて、ベアーテの指示に従ってくれ。メイドの仕事内容に関しては、家令のバジルから指示を受けよ」
「は、はい」
「メイドの仕事において不明な点があれば、ベアーテに指示を仰いだ上で、バジルに聞くが良い」
「了解致しました!」
「うむ、今そのバジルに迎えに来させよう。おいおい、我が屋敷にも慣れるだろう」
フレデリクから言われて、ロゼールは早く屋敷の構造を把握しないといけない、
そう決意した。
勤務先の屋敷の『間取り』が不明なメイドなど聞いた事がないからだ。
フレデリクは身体をそして手を伸ばし、テーブルに置いてある魔導ベルを押した。
りんごんりんごんと、趣きのある音が鳴り響いた。
5分ほど経ち、書斎の扉が、
とんとんとんと、ノックされる。
そして、
「ご主人様、お呼びでしょうか?」
と、低いが張りのある声が扉むこうから聞こえて来た。
家令のバジルである。
ロゼールを迎えに来たのだ。
対して、
「ああ、呼んだ。入室して構わぬ。ロゼとの話が終わった。ベアーテの下へ連れて行ってやれ」
と、フレデリクが命じた。
「はい!」
と短い返事の後、少し間を置き、バジルが立ち居振る舞い優雅に入室した。
そして、
「ロゼ様、参りましょう」
と軽く一礼した。
その様子を、ロゼールはじっと観察していた。
自分はお付きの騎士ではあるが、メイドでもある。
家令でありながら、ベアトリスの武術指南役?でもあるバジルは、
良き手本になるのではと、ロゼールは考えたのだ。
「では、ご主人様。ロゼ様をお連れ致します」
「ああ、頼む」
フレデリクのOKが出てから、ロゼールは立ち上がった。
職業によって違いはあるだろうが、この間が大事だとロゼールは考えていた。
「失礼致します」
まずバジルが一礼。
続いて、ロゼールも一礼する。
「失礼致します」
「うむ、ロゼ。改めて言おう。頑張れ、当家の為に、そして己の為に。今後とも宜しくな」
「は! 閣下! ありがとうございます!」
ロゼールは今度は深くお辞儀をし、フレデリクの書斎を後にしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フレデリクの書斎を出たロゼールと家令のバジル。
バジルが先導、ロゼールが後をついて行く形。
ドラーゼ公爵邸の長い廊下を軽やかに歩いて行く。
バジルの歩き方は武道の達人たる肉食獣のような歩き方である。
ベアトリスの師であることもあり、相当の達人に違いない。
前を歩くバジルの背を見て、ロゼールは改めて決めた。
ベアトリス同様、バジルに弟子入りしようと。
ただベアトリスと違うのは、使用人としても教授を乞う形になるという事だ。
しかし、さすがにこの場でお願いしたりはしない。
バジルから、話しかけてくる気配もない。
書斎を出てから、ずっと無言である。
そういえば、以前誰かから聞いた事がある。
貴族家の使用人は、「見ざる聞かざる言わざる」に徹する事だと。
補足しよう。
「見ざる聞かざる言わざる」とは、3匹の猿が両手でそれぞれ目、耳、口を隠している意匠で有名なことわざである。
他人の欠点やあやまちなど、悪しきことは、見ようとせず、聞こうとせず、言おうとしないのが良い。
つまり、「悪しきことを遠ざけよ」というのが本来の意味なのだが、
暗に、自己保身の為、『見て見ぬふりをする』場合にも使われる。
または、長いものに巻かれる
――自分より力の強いものや上位の者には、とりあえず従っておくのが無難で得策であるというのも使用人の鉄則だとの事だ。
ロゼールも上下社会の貴族社会で育った女子、その辺の機微は認識していた。
騎士隊も同様の体質だったのでなおさらである。
まあどちらにしても……
自分はベアトリスのお付きである。
彼女の意思で動く事になろうし、
弟子入りの件も『うかがい』を立てた方が賢明であろう。
結構な距離を歩き、ようやくベアトリスの部屋に到着した。
部屋といってもひとつやふたつではないと、本人からは聞いていた。
何と!
20間続きの部屋であった。
居間、寝室、書斎、メイキングルーム、クローゼットは勿論、
専用のシャワー付きバス、魔力暖房付きのトイレが複数、
更にパーティールーム、トレーニングルームも備えているという。
侍女用の部屋もいくつかあると聞いていた。
「ロゼは、他のメイドとは違ってお付きだから、私の部屋に一緒に住むから」
と命じられていた。
こうなるとラパン修道院における生活と、あまり変わらない。
さてさて!
扉の前に立ったバジルが、
とんとんとんと、ノックをした。
そして、
「お待たせ致しました、ベアトリスお嬢様。ロゼ様をお連れ致しました」
対して、
「待ってたわ! すぐに入って頂戴!」
と、急かすようなベアトリスの声が聞こえたのである。
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