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第9話「魂の契約①」

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「ふむ……お前達の意思と気持ちは良く分かった。とりあえず一次試験は突破というところだな」

「え?」
「お父様」

 聞き慣れた声が、唐突にした。
 抱き合うアルセーヌとツェツィリアの傍らに、いつの間にかルイが立っている。

 先ほどは、一瞬だけ慈父のような優しい表情をしたルイであったが……
 今は一変し、全く感情を表してはいない。
 冷たい氷のような眼差しで、ふたりを見つめていた。

 ツェツィリアは、アルセーヌからそっと離れ、ルイへと向き直った。

「一次試験は突破? ……では、お父様。認めて下さるのですね? 私がアルセーヌと愛し合うパートナーになる事を……」

 アルセーヌとツェツィリアがパートナーに……
 問われたルイは、肯定も否定もしない。
 軽く鼻を鳴らし、

「ふむ……だが、言うは易く行うは難し……だ」

 と意味深な言葉を述べた。
 その諺は、傍らで聞いたアルセーヌも知っている。

 ……口で言うのは簡単、しかし実行するのは難しいという意味だ。

 ルイの言う意味は、アルセーヌにも分かる。
 人間と異種族の愛を成就させるのは、不可能ではないが困難極まりない。
 更にツェツィリアは、様々な種族に忌み嫌われる夢魔なのだから……

 当然ツェツィリアも、ルイの言った事は承知している。

「はい……お父様の仰る通りですわ」

 だが……
 同意したツェツィリアへ、ルイは更に厳しく言い放つ。

「ツェツィリア、まだまだ認識が甘い……お前達の愛は、口先で言うほど簡単ではない」

「は、はい!」

 「ぴしり!」と言われ、いつもは冷静に、落ち着いて話すツェツィリアが珍しく動揺する。
 厳しい言葉を聞き、傍らでアルセーヌも唇を噛み締めていた。

 ルイは更に言う。

「片や夢魔、こなた人間という、素性の全く違うお前達ふたりが……真に、愛し愛される関係になるには厳しい試練が生じる……」

「は、はい!」

「ふたりが愛を成就させる為には、いくつもの困難と逆境を乗り越えねばならぬのだ」

「はい、お父様! 頑張ります! ツェツィリアはどんな困難も、必ず乗り越えてみせます」

 きっぱりと決意を述べるツェツィリアへ、ルイはひとつの質問を投げかける。

「だがツェツィリア……お前は私との契約を忘れてはいまいな? 魂の契約を」

「はい……それは分かっております」

 ルイとツェツィリアの会話を、見守っていたアルセーヌであったが……
 とても気になる言葉が聞こえ、つい口を挟んだ。

「け、契約!? ルイ! 契約って何だ!」

 アルセーヌは思い出したのだ。
 ……ツェツィリアも言っていた。
 それも……確か、魂の契約と……

 ルイは、問いかけたアルセーヌを鋭い眼差しで見据える。
 冷え冷えした怒りの波動が放たれ、急に辺りの大気が凍り付く……

「おい……小僧。確かに私を、その名で呼べとは言った」

「ひ!」

「だが……けして呼び捨てにはするな……口の利き方には気を付けろ。二度は許さぬ」

 口調こそ平たんではあった。
 しかしアルセーヌの物言いが、ルイの機嫌を損ねたのは明らかだった。

「う!」

 ルイの恫喝を聞き、アルセーヌは全身が硬直した。
 まるで伝説の巨人の手で、強く握り潰されるような圧力を覚える。

 先ほどの会話でも感じた。
 ルイは、アルセーヌなどあっさり殺すと。
 虫けらのように……

 可愛がっているらしいツェツィリアの『想い人』であったとしても、全く関係ないだろう……

 ただならぬ雰囲気に、ツェツィリアがふたりへ割って入る。

「お、お父様っ、も、申しわけありませんっ! 私が彼に代わってお詫び致しますっ」

 「失言した」アルセーヌの代わりに、必死で詫びるツェツィリアをスルーし……
 ルイは腕組みをし、小さく頷いた。

「まあ良い……小僧、お前の気持ちに免じて特別に答えてやろう。魂の契約とは文字通り、魂を対価に結ぶ契約だ」 

「た、魂を対価に? で、ですか?」

 アルセーヌは、ルイが言った、魂を対価とする契約を聞いた事がある。
 魔導書で読んだ事もある。
 確か……怖ろしい悪魔が持ちかける……
 契約成就のあかつきには、死をもたらすという、禁じられた契約だ。

「うむ……人の時間で計る事10年前……私はツェツィリアへ問うた。生きるか? それとも死ぬかと」 

「生きるか、死ぬか……」

「その際、ツェツィリアは答えた。はっきり、生きたいとな……だが当時のこの子には素晴らしい素養はあっても、あまりに幼くひ弱だった」

 ルイがそう言うと、ツェツィリアは我慢出来なかったのか、つい口を挟む。

「はい! お父様は命を助けてくださり……更に……心身ともに弱かった幼い私を鍛え、様々なものを与えて下さいました」

 しかしルイは、ツェツィリアの言葉に反応せず、アルセーヌへ話を続ける。 

「……時を経て、ツェツィリアが夢魔モーラへと完全覚醒し、身も心も完全な魔族となった時……魂を私に渡す。つまり魔界の住人となり、私の忠実な配下となる、そう約束したのだ」

 ツェツィリアが、ルイと交わした『魂の契約』
 完全な魔族となった彼女が、魂を明け渡し、魔界に棲むルイの配下となる。

 『魂の契約』……
 それはやはり、『悪魔の契約』同様に、怖ろしい死の契約だったのだ……
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