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第147話「決意」
しおりを挟む ベルカナの名物宿、白鳥亭の元女将であるアマンダ・ルフタサーリさんは、何とあのフレデリカ・エイルトヴァーラの異母姉であった。
しかも彼女自身がリョースアールヴとデックアールヴのハーフだと告白したのだ。
リョースアールヴとデックアールヴ。
色々と話を聞くと、同じ妖精のアールヴ族でありながら、容貌も考え方も全く違い、お互い相容れない間柄の両者だという。
この街で共存しているものの、結婚どころか、一緒に暮らすことさえないのだとか。
そして両者の間に万が一生まれた子は忌み嫌われ、追放されるのだそうだ。
何故、ハーフというだけでそのように扱われるのか、理不尽極まりないと俺は思うが、昔からのしきたりという事らしい。
このような複雑な生立ちと父親がエイルトヴァーラの一族で有力者だという理由があるものだから、アマンダさんが息を呑むような超美人なのに街の男達は後難を怖れて誰も声を掛けなかったようだ。
普通に一般的なやりとりをする分には良いが、お付き合いは遠慮しますという事か……
『あの……多分、トール様には分かっていらっしゃいますよね……スパイラル様の啓示がもうひとつあるのを……』
『ああ、知っているさ』
俺の言葉を聞いたアマンダさんは両手で顔を覆ってしまう。
『こんな……私……でもトール様はお嫁さんに……貰ってくださるのですか?』
途切れ途切れに掠《かす》れた声で言うアマンダさんの肩に俺はそっと手を掛けた。
『アマンダさん、貴女は可愛いし、優しくて気配りのきく魅力的な女の子さ。そんな貴女だから俺は大好きなんだ……でも神の啓示だからと言って無理に嫁に来る必要なんかない。貴女は生まれがどうであろうと、ちゃんと幸せになる権利があるのだから』
『え?』
『少なくとも俺は貴女の生まれなんか全然気にしない。よければ、まずは俺の傍に居てくれないか? それで俺の事を知って貰った上で人生を託しても良い男だと思ったら俺の胸に飛び込んで来てくれよ』
『トール様!』
『俺も貴女の事を知りたい! もっと知りたいんだ。多分知れば知るほど、貴女の事を好きになると思う。これは確信だ、絶対にそうなる』
『私もトール様の事がもっと知りたい!』
『本当かい!? じゃあ本音を言おう! 恰好つけたけど実は違う! 俺は出来れば今すぐ嫁に来て欲しいんだ』
アマンダさんは俺を見て大きく頷き、にっこりと嬉しそうに笑った。
それは、まるで美しい花が咲いたような笑顔だ。
そして念話ではなく、彼女の口が開かれて決意が語られたのである。
「私……もう迷いません! 私を連れて行って下さい! トール様にもう奥様が何人もいらっしゃるのは知っています。何卒私も妻の端にお加え下さいませ」
節操が無い!と言いたければ言ってくれ!
こんなに純で美い女がここまで言ってくれているのだ。
しかも彼女は、嘘などついていない。
必死に訴えるアマンダさんの華奢な身体を思わず引き寄せ、俺は確りと抱き締めていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふうん、そういう事?」
「ああ、そういう事だ」
俺の正面ではジュリアが腕組みをしている。
宿の部屋に戻った俺とアマンダさんは最初から事の経緯を嫁ズ&ヴォラクに話したのだ。
元々4人宿泊用の部屋に都合6人が居るのだから、お互い結構近い距離である。
アマンダさんの生立ちを知り、俺の嫁になる覚悟を知った嫁ズの中に反対する者は居なかった。
イザベラ以外は邪神様を信仰しているので、その啓示には逆らわないという気持ちもあるようだ。
まずはアマンダさんが嫁ズに頭を下げて挨拶をする。
自分の事情を説明させて欲しいという意思表示だ。
「昨夜、皆様に話した事は事実です。私はスパイラル様から啓示を受けました。皆さんと行動を共にするようにというご指示です」
アマンダさんはそう言うと息を小さく吐いた。
「ただ昨夜話していない事があります。実はこのトール様の妻になるようにというご指示もあったのです……私は無条件に従うつもりでした……トール様からお前みたいな呪われた女は奴隷になれと言われても従うつもりでした」
この世界では、創世神とその一子スパイラルの権威と教えは絶大である。
アマンダさんは仮に俺が無理難題を言う酷い男でも、啓示ならと無条件で全て受け入れる覚悟だったのだ。
「でもトール様は私の生まれの事や父の存在など気にせず、私を好きと仰った。私に自分という男を見てから来いと仰って頂いた……それで私は決めたのです」
深い灰色をした美しい瞳が嫁ズを捉える。
「私も皆様と同じトール様の妻として仲間に入れて頂きたく! 何卒宜しくお願い致します!」
アマンダさんは更に深々と頭を下げた。
対して今度は嫁ズが自己紹介を兼ねて出自をカミングアウトする番であるが、素性によってはアマンダさんがどう受け取るか、その問題がある。
だがアマンダさんは俺の先程の前振りで大凡《おおよそ》察しがついていたようだ。
竜神族の血を引くジュリア、悪魔王の娘イザベラ、そして旧ガルドルド帝国の王女の魂が宿った自動人形のソフィア。
彼女にとって先輩の妻達が自分の出自を明かしながら挨拶すると、さすがに吃驚したようではあるが、にっこりと微笑んだのである。
最後に挨拶したのは悪魔ヴォラクだ。
「アマンダさん、いや兄貴の奥さんだから、アマンダの姐御だな。俺はヴォラクさ、宜しく頼まぁ!」
「こちらこそ!」
皆に対して例の鈴のなるような声で応えていたアマンダさん……いや、もう俺の妻になると決意を固めた彼女に「さん」付けは無い。
これからは他の妻と同様にアマンダと呼ぼう。
ぐうう!
いきなり俺の腹の虫が鳴いた。
部屋の魔導時計を見るともうとっくに午前7時を回っている。
「おうい! 朝飯を食いに行こう!」
「「「「はい!」」」」
「へいっ!」
俺の呼びかけに嫁ズ&@が応えた。
いつもと同様元気一杯の返事である。
俺達は家族なんだといつもよりはっきりと感じた瞬間だ。
部屋のドアを開けると、廊下には他の宿泊客の姿も見える。
どうやら俺達と同じく朝食を摂りに向かうようである。
俺達は彼等の後に続き、先程まで俺とアマンダが話しこんでいた白鳥亭の食堂に向ったのである。
――2時間後
食事を終えて、支度をした俺達は冒険者ギルドへ向かうべくベルカナの街を歩いていた。
これからギルドへ行ってアマンダをクラン登録する必要がある。
登録しておけばクランバトルブローカーとしてミッションをこなした場合、クランだけではなく彼女個人も評価されるからだ。
「不思議ですわ!」
アマンダが感に堪えないという面持ちで言う。
頬が赤く染まり、少し興奮しているのが分かる。
何となく彼女の気持ちは理解出来たが、ここはそっと聞くのが夫としての優しさだ。
「何がだい?」
「はい! 今迄とは見ている景色が違って、加えて食べ物の味も違うように感じました」
ええと、あれだ。
アマンダは生活環境が全く変わって、高揚感に捉われているのである。
彼女は白鳥亭の女将として、暮らし自体は安定していたが、自分を卑下して生きて行く日陰の毎日であった。
それがすっかり環境が変わってしまった。
スパイラル神の啓示がきっかけではあったが、俺という存在が現れ、自分を素晴らしい女性だと認めてくれたのだから、いきなり道が開けた気分なのだろう。
アマンダにとっては今迄の自分とは全く違うように感じたのも無理はあるまい。
俺の妻として、そして商人兼冒険者として旅立つ新しい自分に酔っている。
俺はそんなアマンダがとても愛おしくなって、さらさらな金髪が揺れる小さな頭へ「ぽん」と手を置いたのであった。
しかも彼女自身がリョースアールヴとデックアールヴのハーフだと告白したのだ。
リョースアールヴとデックアールヴ。
色々と話を聞くと、同じ妖精のアールヴ族でありながら、容貌も考え方も全く違い、お互い相容れない間柄の両者だという。
この街で共存しているものの、結婚どころか、一緒に暮らすことさえないのだとか。
そして両者の間に万が一生まれた子は忌み嫌われ、追放されるのだそうだ。
何故、ハーフというだけでそのように扱われるのか、理不尽極まりないと俺は思うが、昔からのしきたりという事らしい。
このような複雑な生立ちと父親がエイルトヴァーラの一族で有力者だという理由があるものだから、アマンダさんが息を呑むような超美人なのに街の男達は後難を怖れて誰も声を掛けなかったようだ。
普通に一般的なやりとりをする分には良いが、お付き合いは遠慮しますという事か……
『あの……多分、トール様には分かっていらっしゃいますよね……スパイラル様の啓示がもうひとつあるのを……』
『ああ、知っているさ』
俺の言葉を聞いたアマンダさんは両手で顔を覆ってしまう。
『こんな……私……でもトール様はお嫁さんに……貰ってくださるのですか?』
途切れ途切れに掠《かす》れた声で言うアマンダさんの肩に俺はそっと手を掛けた。
『アマンダさん、貴女は可愛いし、優しくて気配りのきく魅力的な女の子さ。そんな貴女だから俺は大好きなんだ……でも神の啓示だからと言って無理に嫁に来る必要なんかない。貴女は生まれがどうであろうと、ちゃんと幸せになる権利があるのだから』
『え?』
『少なくとも俺は貴女の生まれなんか全然気にしない。よければ、まずは俺の傍に居てくれないか? それで俺の事を知って貰った上で人生を託しても良い男だと思ったら俺の胸に飛び込んで来てくれよ』
『トール様!』
『俺も貴女の事を知りたい! もっと知りたいんだ。多分知れば知るほど、貴女の事を好きになると思う。これは確信だ、絶対にそうなる』
『私もトール様の事がもっと知りたい!』
『本当かい!? じゃあ本音を言おう! 恰好つけたけど実は違う! 俺は出来れば今すぐ嫁に来て欲しいんだ』
アマンダさんは俺を見て大きく頷き、にっこりと嬉しそうに笑った。
それは、まるで美しい花が咲いたような笑顔だ。
そして念話ではなく、彼女の口が開かれて決意が語られたのである。
「私……もう迷いません! 私を連れて行って下さい! トール様にもう奥様が何人もいらっしゃるのは知っています。何卒私も妻の端にお加え下さいませ」
節操が無い!と言いたければ言ってくれ!
こんなに純で美い女がここまで言ってくれているのだ。
しかも彼女は、嘘などついていない。
必死に訴えるアマンダさんの華奢な身体を思わず引き寄せ、俺は確りと抱き締めていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふうん、そういう事?」
「ああ、そういう事だ」
俺の正面ではジュリアが腕組みをしている。
宿の部屋に戻った俺とアマンダさんは最初から事の経緯を嫁ズ&ヴォラクに話したのだ。
元々4人宿泊用の部屋に都合6人が居るのだから、お互い結構近い距離である。
アマンダさんの生立ちを知り、俺の嫁になる覚悟を知った嫁ズの中に反対する者は居なかった。
イザベラ以外は邪神様を信仰しているので、その啓示には逆らわないという気持ちもあるようだ。
まずはアマンダさんが嫁ズに頭を下げて挨拶をする。
自分の事情を説明させて欲しいという意思表示だ。
「昨夜、皆様に話した事は事実です。私はスパイラル様から啓示を受けました。皆さんと行動を共にするようにというご指示です」
アマンダさんはそう言うと息を小さく吐いた。
「ただ昨夜話していない事があります。実はこのトール様の妻になるようにというご指示もあったのです……私は無条件に従うつもりでした……トール様からお前みたいな呪われた女は奴隷になれと言われても従うつもりでした」
この世界では、創世神とその一子スパイラルの権威と教えは絶大である。
アマンダさんは仮に俺が無理難題を言う酷い男でも、啓示ならと無条件で全て受け入れる覚悟だったのだ。
「でもトール様は私の生まれの事や父の存在など気にせず、私を好きと仰った。私に自分という男を見てから来いと仰って頂いた……それで私は決めたのです」
深い灰色をした美しい瞳が嫁ズを捉える。
「私も皆様と同じトール様の妻として仲間に入れて頂きたく! 何卒宜しくお願い致します!」
アマンダさんは更に深々と頭を下げた。
対して今度は嫁ズが自己紹介を兼ねて出自をカミングアウトする番であるが、素性によってはアマンダさんがどう受け取るか、その問題がある。
だがアマンダさんは俺の先程の前振りで大凡《おおよそ》察しがついていたようだ。
竜神族の血を引くジュリア、悪魔王の娘イザベラ、そして旧ガルドルド帝国の王女の魂が宿った自動人形のソフィア。
彼女にとって先輩の妻達が自分の出自を明かしながら挨拶すると、さすがに吃驚したようではあるが、にっこりと微笑んだのである。
最後に挨拶したのは悪魔ヴォラクだ。
「アマンダさん、いや兄貴の奥さんだから、アマンダの姐御だな。俺はヴォラクさ、宜しく頼まぁ!」
「こちらこそ!」
皆に対して例の鈴のなるような声で応えていたアマンダさん……いや、もう俺の妻になると決意を固めた彼女に「さん」付けは無い。
これからは他の妻と同様にアマンダと呼ぼう。
ぐうう!
いきなり俺の腹の虫が鳴いた。
部屋の魔導時計を見るともうとっくに午前7時を回っている。
「おうい! 朝飯を食いに行こう!」
「「「「はい!」」」」
「へいっ!」
俺の呼びかけに嫁ズ&@が応えた。
いつもと同様元気一杯の返事である。
俺達は家族なんだといつもよりはっきりと感じた瞬間だ。
部屋のドアを開けると、廊下には他の宿泊客の姿も見える。
どうやら俺達と同じく朝食を摂りに向かうようである。
俺達は彼等の後に続き、先程まで俺とアマンダが話しこんでいた白鳥亭の食堂に向ったのである。
――2時間後
食事を終えて、支度をした俺達は冒険者ギルドへ向かうべくベルカナの街を歩いていた。
これからギルドへ行ってアマンダをクラン登録する必要がある。
登録しておけばクランバトルブローカーとしてミッションをこなした場合、クランだけではなく彼女個人も評価されるからだ。
「不思議ですわ!」
アマンダが感に堪えないという面持ちで言う。
頬が赤く染まり、少し興奮しているのが分かる。
何となく彼女の気持ちは理解出来たが、ここはそっと聞くのが夫としての優しさだ。
「何がだい?」
「はい! 今迄とは見ている景色が違って、加えて食べ物の味も違うように感じました」
ええと、あれだ。
アマンダは生活環境が全く変わって、高揚感に捉われているのである。
彼女は白鳥亭の女将として、暮らし自体は安定していたが、自分を卑下して生きて行く日陰の毎日であった。
それがすっかり環境が変わってしまった。
スパイラル神の啓示がきっかけではあったが、俺という存在が現れ、自分を素晴らしい女性だと認めてくれたのだから、いきなり道が開けた気分なのだろう。
アマンダにとっては今迄の自分とは全く違うように感じたのも無理はあるまい。
俺の妻として、そして商人兼冒険者として旅立つ新しい自分に酔っている。
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