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第102話「尾行者」

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「今日は買い物と…君に頼みがあって来たんだ」

「へ?バレスさんが俺に?」

(騎士団長ともあろうお方が、俺に頼み事?)


完全に一般庶民である俺に、バレスさんを手助けなんて……何か出来るのだろうか。いやいや、ある訳ないよ。

驚きで、思わず反語表現になってしまった。
訝しむ俺の様子を察したのか、バレスさんは本題を切り出した。


「明日1日、騎士団の手助けをして貰えないだろうか」

「え、騎士団の手助け…ですか?」


バレスさんは何処となく所在なさげに目を泳がせてから、こう続けた。


「……ああ、そうだ。収穫祭当日は何かと問題が起きやすい。街の有事の際に、この一帯に詳しい君に、何かあったら騎士団へ伝えて欲しいんだ」

「あ、あの。ごめんなさいっ!」


俺はソワソワと落ち着きのないバレスさんの発言を、少し遮る形で謝罪した。


「俺、明日は先約があって」

「ッ、!誰と約束を……」


俺の言葉を聞くや否や、何かが琴線に触れたのか、バレスさんは俺の腕を掴んだ。

何の警戒もしていなかった腕は、いとも簡単に捉えられてしまう。
それは緩い拘束だったけれど、何故だかズッシリと重く感じた。

恐る恐る見上げた先には、焦りを滲ませたような、表情。


「えっ、バ、バレスさん?!」

「相手役は誰なんだ」

「ん?相手役?」

「……もしかして、何も知らずに受けたのか?」


バレスさんのこの世の終わりだ、とでも言うかのような表情が、般若のように変貌した。


「騎士団長として、当日は身動きが取れないことは分かっていた。
自分から誘えば君の楽しみを奪いかねないと、躊躇ったが故に後手に回った俺の落ち度だ。
だが、こんな事になるなら最初から……」


ブツブツと明後日の方向を見ながら、何かを呟く様子に気圧されてしまう。


「あわわ……バレスさんが壊れてしまったあ」


どうしよう、とオロオロしていると、店の入り口から穏やかな声が掛けられる。


「バレス君、ユウ君が怖がってるよ」

「す、すまない。腕を握ってしまっていた……痛くはないか?」

「昔から一直線で面白いよね、バレス君って」


ベストタイミングで店に戻ってきたカインさんは、肩を竦めながら俺の頭を撫でる。


「許してやって、あの子は真っ直ぐ過ぎる性質なの」

「は、はあ……」

「本人の前で辱めるのは止めて下さい」

「はは、分かっちゃった?」

「バレスさん、大丈夫なので気にしないで下さい……あ、そういえば。さっきの相手役が云々って何ですか?」

「ありゃ、本当に知らないんだ。教えておけば良かったね。収穫祭では夜に踊る催しがあるって話はしたよね?その相手役は、事前に申し入れをしておくのが慣わしなんだよ」

(なるほど……味気ない言い方すると、事前予約制なんだ)


それで、バレスさんはあんなにビックリしてたのか。
まさかこの店に入りたてペーペーな俺が、誰かに誘われてるなんて思いもよらなかったってところだろう。


(テスト前に勉強してない~!って話してたのに、蓋を開けてみたら満点取ってるじゃん!的なアレだ)

「そういうことだったんですか。どちらせにせよ、申し訳ないのですが……お手伝いの役目は辞退させていただきます」

「……そうか。では、相手だけ教えて貰えないか。直接話したい」

「ちょっとバレス君!しつこい男は嫌われるよ」

「いや、そうではないんです。付け入るようなやり方を辞めろと言いたいだけで……」

(リドさん、逃げて~!)


心の中で先約者、リドさんに告げ口してみるも、通じるワケもなく。


カランカラン…


来客を知らせるベルが鳴った。

(あぁ、リドさんが迎えに来てしまった……)

諦め半分で扉に視線をやると、こちらをコッソリと窺う小さな影。


「あ!セファ!いらっしゃい」

「お邪魔します……お取り込み中ですか?」


控えめな声に釣られて、3人の視線が小さな身体に注がれる。


「子供……?もしかして先約というのは彼が?」

「あ、はい!そうなんですよ。初めての収穫祭なので、明日はセファに案内して貰うんです。ね?」

「?……はい」


バレスさんの勘違いを好都合とばかりに必死でアイコンタクトを送った。
セファは何かに勘付いたようで、俺に話を合わせてくれている。


(なんて聡明な子なんだろう……!)

「そうか、君は先日ユウに助けられた子だな。その後大事ないだろうか」

「騎士団長様、お気遣いありがとうございます。こちらはいつも通り、変わりありません」

「安心したよ。ではそろそろ失礼する……ユウ、明日は無事楽しめるといいな」

「え?あ、ハイ!お誘い受けられずすみませんでした」

「……出来る事なら、来年は俺に時間をくれないか。君が俺のために、時間を割いてやっても良いと思ってくれるなら」


そう言い残して、少しばかり名残惜しそうに、バレスさんは店を出て行った。


「セファ、助かったよ。今日も来てくれてありがとうな」

「いえ、今日もユウさんのご友人を案内する約束だったので……お役に立てて嬉しいです!」


内緒話をするように声を潜めてセファと笑い合う。


「カインさん、今日はそろそろ上がっても大丈夫ですか?」

「いいよいいよ!」

「よし、じゃあ友達が来るまで待ってようか。薬草茶飲む?」

「わぁ、ありがとうございます!」


セファとお茶を楽しみつつ、待つ事数分。
すぐにリドさんが店を訪れた。


「ユウ……子供いたのか」

「ちょっと!そんな訳ないじゃないですか。こっちに来てすぐに知り合ったんですよ、俺の弟分です」

「ふふ、よろしくお願いします」


セファは行儀良くリドさんと挨拶を交わす。セファって、俺より落ち着いてるよね。


「リドさん、帰りがけにちょっと寄りたいところがあるんです。良いですか?」

「もちろんだ」

「ふぅん、リドさんとユウ君がねぇ……ふぅ~ん?へぇ~」


カインさんに何かを勘繰られつつ薬草屋を後にして、リドさんを引っ張って行った先はギルドの裏手。

昨日、セファに案内して貰った場所だ。

薄暗くて、人通りがない。
けれど、居場所を追われた人達が、確かに息づく場所。


「ここは…」

「ギルドの裏です。明日の作戦、セファにも話して協力を仰ぎたいんです」

「セファに?」

「はい。作戦では、勇者パーティーが立ち寄る先、その最後の場所がギルドです。人の出入りも1番あるから、紛れやすいです」

「バレスがギルドを案内する手筈になっているから、その人混みに乗じてイアンに近付き、アイツを隠すって話だが…」


そう、明日の作戦はこうだ。

ギルドへと足を踏み入れたバレスさんと勇者パーティーの注意を逸らし、俺がイアンさんを人混みに隠す。

その隙を作るために<さいしょのむら>の村長であり、ギルドにも顔が利くリドさんに、勇者達の注意を引いて貰う必要があった。

ちなみに俺は顔が割れているので、変装して近付く必要があるのだけど……その事については後にしよう。

あまり考えたくない話題だ。


「イアンさんを連れ出せたら、この裏道を逃走経路に使う事で、見つかるリスクを大幅に減らせると思うんです」

「確かにな。ここならば最初に捜索する事はないだろう……この言葉は好きじゃないが、此処はフィラのだからな」

「と言う事で、セファ。お願いできるかな?」

「もちろんです。少しでも撹乱出来るように、人を集めておきます」


なんて事ないように言ってのけるセファ。
自分達の生活を安定させるのにも大変な彼らが、惜しみない協力をしてくれる。

その事に感動して、ぎゅ~っと、惜しみないハグを贈る。

勿論、厳しい世界だからギブアンドテイクだ。


「ありがとう、セファ!明日、皆さんの分のご飯を持ってくるからね」

「ありがとうございます!みんなも喜んで手伝ってくれますよ」


しばし明日への緊張を傍に置き、和気藹々と会話を重ねて結束を固めた。


「よし、あとはやるだけ……ですね」

「あまり気合い入れすぎるなよ。頼れる村長様がついてるんだからな」


ニヤッ、と笑みを作ったリドさんに、曖昧に返事をする。


(そんなこと言ったって、心臓バクバクだよ……)


差し迫ったイアンさん救出作戦と、収穫祭。

何事も起きていなければ、きっと心から楽しめたであろう祭りを少し惜しみながら、浮ついた空気の夜道を急いだ。


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