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第79話「ラクルテル公爵家のお招き⑨」

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 結局、シモンとアンドリューの戦いは『引き分け』に終わった。
 しかし、はっきりした事がある。
 主の愛娘クラウディアと侍女リゼットを悪漢から救ったシモン・アーシュの実力はまさに本物なのだと。
 
 負けた騎士達が対戦した方法は正式な試合ではなく力比べの腕相撲。
 自分達だけが負けたなら、『まぐれ』もありうるのだと考えていた。
 
 しかし、シモンはのドラゴンスレイヤー『竜殺し』の英雄アンドリューとガチで剣を交え、更に力と力の勝負で互角に戦い、引き分けたのだ。
 
 騎士達全員が戦いの一部始終を目の当たりにしていた。
 自分達だけではない。
 アンドリューの妻ブリジット、愛娘クラウディアも。
 そしてアレクサンドラ・ブランジェ伯爵、シモンの秘書までが勝負を見届けた。
 
 これだけ証人が居る。
 夢やまぼろしではないのだ。
 
 こうなると、さすがにシモンの実力を認めざるを得ない。
 というか、騎士達は『英雄』に勝ってもけして驕らないシモンの清々すがすがしさに参ってしまった。

 着替えて、本館へ引き上げるシモンへ、気さくに話しかけて来る。
 ちなみにシモンの両脇には、エステルとクラウディアがぴたりと寄り添っている。

「なあ、シモン。世界中をいっぱい回ったってホントか?」
「ええ、前職では出張につぐ出張の連続でした。ろくに休みもないくらい情け容赦なく命じられて、世界中、いろいろな場所をたくさん回りましたよ」

 という質問に始まり……

「いいなあ、出張か。じゃあ、出張先では豪華な宿屋にお泊まりってって感じか?」
「いえ、宿屋はほとんどなしっす。ヤバイ現場に寝泊まりする事が多かったすね。テントで野宿はマシな方っす」

 とか、

「ヤバイ現場って、だいぶ危険な場所へも行ったのか?」
「ええ、油断すると命を落とすくらい、ヤバイ遺跡や迷宮を探索しまくってました」

 とか、

「怪物、魔物と戦ったのかい?」
「ええ、いろいろですよ。強いのから弱いのまで。おぞましい不死者《アンデッド》とも散々戦いましたし」

 しまいには、

「おい、シモン。お前、ウチのクラウディア様とその秘書と、どっちが好みなんだ?」

 と、聞かれ……傍らにエステルとクラウディアのふたりが、ピッタリくっついている事もあり、

「ええっと……どちらも美しくて可愛いです」

 と曖昧あいまいに答えるしかなかった。
 
 この場の空気を読んだシモンの微妙なコメントを聞き、エステルとクラウディアが「ぶうぶう」ぶーたれたのは言うまでもない。

 さてさて!
 名残惜しそうにする騎士達とはここでお別れ。
 さすがに100名を超す全員と宴席を共には出来ない。
 とんでもないイベントに発展してしまったが……
 そもそも、シモン来訪の趣旨が、クラウディア救出劇の「ささやかなお礼」なのだから。

 本館の大広間に戻り……シモン、アレクサンドラ、エステル。
 ラクルテル公爵夫妻、クラウディアの5名はテーブルにつく。
 
 再びシモンは、クラウディアにより、強引に「どなどな」され、またも上座のお誕生日席に座らせられた。

 シモンが圧倒的な実力を見せた事で、アンドリュー、ブリジット公爵夫妻は上機嫌である。
 さすが「力こそが正義」というフレーズが家風の貴族家だ。

 そしてクラウディアは、相変わらずである。
 恋敵《ライバル》のエステルが離れたから、更に想いが募ったのか、両親の前だというのに、シモンにぴったり寄り添い、べたべた甘えっ放しだ。

「あの、クラウディア様。閣下と奥様の前だから」

 困惑するシモンは、クラウディアへ、そっと注意する。
 しかし、クラウディアは華麗にスルー。
 高らかに、且つきっぱりと言い放つ。
 
「うふふ、全然平気ですっ! シモン様っ! 大好きっ! 貴方はやっぱり強くて素敵ですっ!」

 しかめっつらだった、エステルはまたも鬼の如く憤怒の表情。
 アレクサンドラはただただ苦笑。

 ひどく嫌な予感がする……
 何故だろうと、シモンは思う。

 その予感はバッチリ当たった。
 食事が終わったというのに、冷えた白ワインを満たしたグラスが意味ありげに運ばれて来たのだ。

 まさか!?
 この杯はどういう意味が?
 シモンの予感はズバリ的中した。

「よし、皆グラスを持ったな。我が娘クラウディアとシモン君の婚約に乾杯っ!」
「良きムコ、シモン・アーシュ君を迎える事に乾杯っ!」

 アンドリューとブリジットはしれっと宣言、さっきのように「にんまり」
 カチンとグラスを合わせた。
 
 この笑いはシモンを策略にはめた……邪悪な笑いだったのだ。

「はあっ!? な、な、何すかそれ!? 婚約って!! ムコってぇ!!」

「は~いっ、婚約けって~い! 私と幸せになりましょう! シモン様っ!」 

 シモンが必死に訴える声も、ラクラテル一家3名の声にかき消されてしまったのだ。
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