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第75話「ラクルテル公爵家のお招き⑤」

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 広大なラクラテル公爵邸敷地内には……
 本館、別棟、倉庫以外に、約1,000名を収容する私設の闘技場や、悪天候の時でも使用可能な、200名が一度に訓練可能な室内練武場がある。

 陽が落ち、暗くなって来た事もあり……
 シモンの提案したバトル『腕相撲』は、魔導灯が煌々こうこうと照らす室内練武場で行われる事となった。
 
 アンドリューは、華美を好まず質実剛健なのが好みらしい。
 練武場は渋い趣きの古風な建物である。

 そして、用意されたのは、仰々しい競技用の台ではなかった。
 年季の入った大型のエール樽ひとつである。
 古ぼけたこの樽の上部板面が、腕相撲のステージ、闘技場コロシアムとなるのだ。

 ラクラテル公爵夫妻は、今回の『イベント』を近しい者に告げていたのだろう。
 練武場には、大勢の人間が居た。
 押しかけたギャラリーは殆どが騎士であり、人数は軽く100名を超えていた。

 支度をしたシモンが見やれば……
 やはり『ラスボス』たるアンドリューは、いきなりは出て来ない。
 
 シモンの対戦相手は……騎士達である。
 それも何と!!
 アンドリューに呼ばれ、ギャラリーの中から計18名もの騎士達が進み出たのだ。
 若手から中堅、ベテランまで……
 18名全員がアンドリュー麾下きかから選び抜かれた、精鋭達であろう。
 
 シモンはこの18名を破った上で、『ラスボス』のアンドリューと戦うのだ。
 1対19!
 腕相撲とはいえ、まさに苛烈を極める死闘である。

 まずはアンドリュー子飼いの将来有望な若手騎士10名が並び控える。
 内訳は男子騎士が6名と、4名の女子騎士。
 
 男子も女子も皆、鍛え抜かれており、たくましい。
 ちなみに女子騎士の中には、クラウディアの護衛役を務めているアンヌも居る。
 審判役は最後に対戦するラスボスの公爵アンドリューだ。

 緊張感漂う空気の中、ブリジットとクラウディアは期待に満ちた眼差しで……
 アレクサンドラは泰然自若。
 エステルは期待と不安の眼差しでシモンを見守っていた。 

 さてさて!
 腕相撲は到ってシンプル。
 肘をつけ、手を合わせがっしと握り合い、力を込め、相手の手を倒し、板面へつけるのだ。

 まず登場したのは、一番若い男子騎士である。
 年齢はまだ18歳くらいであろう。
 
 彼が憧れる『主家の姫君』クラウディアに「ちやほや」されている?シモン。
 そして主アンドリューが告げた「ラスボスの自分に勝ったら交際がOK」というトンデモ条件を男子騎士は知っている。
 
 当然ながら、男子騎士の心はシモンに対する嫉妬心に燃え上がる。
 
 だがそれも計算づくである。
 アンドリューがその事実をあえて告げ、男子騎士の嫉妬心をあおり、
 闘争心にガンガン火をつけたのだ。

 そもそもシモンにとって、今回の件は迷惑至極めいわくしごくである。
 でも「概して世の中とはそんなもの」とシモンは割り切っている。
 
 父が蒸発し、母ひとり子ひとりで貧しく暮らし、居酒屋のバイトでくいつなぎ、借金までし、苦労してティーグル王立魔法大学を卒業。
 
 超ダークサイドなコルボー商会に、ブグロー部長により詐欺さぎ恫喝どうかつで強制就職。
 正社員契約なのに、個人事業主のようなトレジャーハンターとしてデビュー。
 ほとんどがボッチで仕事。
 辺境の危険な地で、生きるか死ぬかの、とんでもない1年を過ごして来た。

 人生23年余にして、酸いも甘いも嚙み分けた。
 そんなシモンにとって、これくらいの試練は、何という事もない。
 
 一番手の男子騎士は「ぎらぎら」と燃える気合の入った目で、シモンをにらみつけて来た。
 対して、シモンは穏やかに微笑んでいた。

 シモンが魔法やスキルを行使しない勝負を受けたのは、やけのやんぱち、無謀な行動ではない。
 しっかりとした裏付け、勝利する為の確信がある。
 
 地獄の研修から1年余り、自分の力を過信せぬよう日々地道に鍛錬を続け、数多あまたの実戦を積んで来ただけあり……
 
 今や、身体強化魔法を使わずとも『オーガの群れくらいなら、楽々圧倒出来る!』 凄まじいパワーと格闘術を、シモンは身につけていたのだ。
 
 ちなみに戦いの際、臆する事がないよう……
 シモンは今まで対峙した、『最強の敵』を思い浮かべる事にしている。
 
 今まで戦った中で最も強かったのは……
 絶体絶命の危機に陥った時に出会った相手だ。
 すなわちコルボー商会の命で赴いた任地で囲まれたドラゴンどものボス、体長30mほどの火を吐く大型ドラゴンである。
 
 その時、シモンは身体強化魔法を発動。
 人力を遥かに超えたMAXパワーを発揮、しっぽを掴んで振り回し、遥か遠くへ投げ飛ばした。
 
 その大型ドラゴンに比べたら、比較論からすれば……
 魔法を使わなくとも、目の前でいきがる若手騎士達は『モブ敵』にすぎない。
 
 若手騎士より格上『小ボス』以上の騎士とも、シモンは互角以上には戦えるだろう。
 いくら相手が、鍛え抜かれた精鋭騎士でも……
 結果は、ほぼ想像がつく。
 
 問題は、ドラゴンスレイヤーの『ラスボス』アンドリューに勝てるか、否かだ。

 さあ、腕相撲の試合開始! 
 
 気合十分、勢い込む若手男子騎士ではあったが……
 「がっし!!」と手を握り合い、アンドリューから「開始!」の声がかかった時。
 
 だぁんんっっ!!

 重い音とともに、シモンにより『瞬殺』されていたのである。
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