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第32話「その日の為に買いました」

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 ダンとスオメタルは魔境の空を飛翔していた。
 「敵襲だ!」と叫び、走り去った人狼アルパッドの後を追ったのである。

 まずスオメタルが、アルパッドの放つ波動を捉えたようだ。

『アルパッドの魔力を捕捉! 西方1km、速度は約時速80Km……全速力を出していると思われます。こちらは少し速度を押さえましょう。追い越してしまいますゆえ』

 通常個体たる狼の走行速度は、時速50kmから60㎞ だという。
 さすがに人狼、時速80kmは相当早い。
 
 しかし、ダンとスオメタルから見たら……遅すぎる。

『了解! 俺もあいつの魔力をキャッチしたぞ』

 同時にふたりの飛翔速度が下がって行く。
 「ちら」と眼下を見やれば、転がるように駆けて行くアルパッドの姿が認められた。

『あいつ、目的地へ向かうのに夢中で、私達に気付いておりませぬ。このまま追尾致しますか?』

『だな! このまま追尾続行。だが念の為、気付かれないよう、隠れ身の魔法で姿と気配を消す』

『了解! マスター、隠れ身の魔法発動、お願い致します』

『よっし! 任せろ!』

 瞬間。
 ダンとスオメタルは消え失せ、そのままアルパッドを追った。

 一方、アルパッドは必死に駆けている。
 
 やがて……
 彼の行き先に多数の気配が感じられた。
 アルパッドと同じような気配である。
 多分、そこが人狼達の『巣』なのであろう。

 そして反対側から迫っている数多の気配。
 
 こちらは『人狼』ではない。
 大型の人型魔物ヒューマノイドの群れである。

 この気配はダンとスオメタルにはもうお馴染みの気配であった。
 そう、魔王の下級眷属として数多く使われた、大型の人型魔物オーガだ。
 
 オーガをひと言で言えば、超が付く大型の猿である。
 凶暴な面構えであり、身長は楽に5mを超える。
 体重も数百キロはざらだ。
  
 別名人喰い鬼と呼ばれる通り、人間を捕食する肉食の魔族である。
 だが知能は低く、魔法は殆ど使えない。
 人間のように得物も使わない。

 彼等は強靭な身体に絶大な膂力を活かした肉体的な物理攻撃、
 『巨大な拳』と『怪力』が主な武器なのだ。

 魔族の中でも上位クラスといえ、誰もが怖れる強敵だが……
 ダンとスオメタルは、オーガとは散々戦っている。
 はっきり言って、その他大勢に含まれる『雑魚敵』である。

 「ぽつり」とダンが言う。
 ある言葉が思い浮かんだらしい。

『成る程、犬猿の仲か……昔から犬と猿は仲が悪いと言うからなぁ』

『何か、仰いましたか、マスター』

『いや、何でもない。どっちに加勢するかで迷っているんだ』

『迷う? ストーカーワン公に、味方するのではございませぬか?』

『いやいや俺達は基本中立だ。理由もなしに、どちらも殺したくねぇ』

『御意でございます! じゃあ、あの作戦で行きましょ、マスター』

『了解!』

 あの作戦……だけで、ちゃんと意思疎通が出来てしまった。
 それだけ、ダンとスオメタルは息がぴったりである。

 ふたりは姿を消したまま、人狼とオーガが対峙する、丁度真ん中へ降りて行った。

 わおおおおおおおおっ!!

 ごああああああああっ!!

 降り立ったダンとスオメタルが、見やれば、
 オーガの数は軽く1,000以上。
 ひと際大きいのはオーガキングという上位種でリーダーなのであろう。
 
 対して、人狼の数はオーガの1/3以下というところ。
 人狼が不利なのは明らかである。

 ふたつの群れは、正面から対峙し、にらみ合っていた。
 辺りには殺気が満ち、まさに一触即発である。

 その瞬間!
 オーガの大群が……忽然と消え失せる。

 何と!
 ダンの転移魔法が広範囲の対象、つまりオーガ全てに行使されたのである。

 人狼を喰い殺そうと威嚇していたオーガ達は……
 一瞬で数百キロ先に送られてしまっていたのだ。

 わお??????????

 戦うべき相手が、いきなり居なくなり、脱力した人狼達は、
 呆気に取られていたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 数時間後……
 夜も更けた。
 
 既にダン達は、城へ戻っていた。
 砕いた石灰岩も城近くの空き地へ転移させてあったので、スパルトイ達へ理由を話し、引き渡した。

 その後、夕食も終わり……
 城内の大広間で、ふたりは向かい合って、紅茶を飲んでいる。
 辺りは紅茶の香ばしい匂いで満ちていた。

『今日は……いろいろあったなあ』

『本当にいろいろありましたでございます……でも基本的にはマスターと初デートする事が出来て大変楽しかったでございます。またいろいろ素敵な場所へ連れて行ってくださいでございます』

 スオメタルは笑顔で、ダンに再度のデートをせがんだ。
 機嫌は完全に直ったようである。

 ダンも安堵し、大きく頷いた。

『おう、ガンガン行こう。というかまた鱒釣りに……あ、そうだ! あいつに鱒渡すの忘れた!』

 鱒を渡そうとした時、丁度オーガ来襲の遠吠えがあり、ダンは『友好のあかし』を渡し損ねていた。
 
 スオメタルが苦笑し、

『致し方ありませぬ。渡すタイミングは皆無でしたし、人狼とオーガが対峙していたあの場へ置いて来ると、ベタに、俺がピンチを救ってやったぞ! な~んて、あざとい奴だと思われますゆえ』

『そうだよなあ……うん、いいや。また機会があるだろ』

『で、ございます。丁度良いから、その鱒使って、何か作るでございます』

『了解! 保存食は勿論だし、いろいろな料理も作れるし、きっと美味いと思うぞ!』

『わお! でもスオメタルは生身の頃、魚をあまり食べた事がありませぬ。ホントにおいしいでございますか?』

『ああ、美味い!』

『うふふ、すご~くすご~く楽しみでございます! 今夜からは、ふたり一緒に寝るでございますし!』

『おお、そうだったな!』

『スオメタルは抱き枕でございますゆえ、ぎゅっとしても、モミモミしてもOKでございます』

『お、おう! 女子からあっさりそう言われると、却って恥ずかしいな……』

『恥ずかしくなどありませぬ。ふたりは将来夫婦になるでございますよ。本日着ていた肌着より、もっとエッチな肌着もございますゆえ』

『はあ!? エ、エッチな肌着ぃ!! えええ、ど、どうして持ってるの?』

『いつかこのような日が来ると予想し、マスターに内緒で王都にて買い溜めていたでございます。ムードが盛り上がりますゆえ』

『…………』

『いきなり黙って、どう致しましたでございます? マスター』

『うん、エッチな肌着を着たスオメタルを想像したら、だんだん興奮して来た』

『うふふ、その想像は、すぐリアルな現実となるでございますよ』

『ま、まあ……そうだよな』

『はい! それに私を見て興奮するのは、健康な男子の証拠でございます。良き事でございますよ』

 スオメタルは慈愛を込めた眼差しでダンを見つめ、にっこりと微笑んだのである。
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