幽霊巫女の噂

れく

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第一章 蛇帯

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「蛇帯? って、どんなやつなんだ?」

『蛇帯』と聞かされても、涼佑には全くピンとこない。そもそも名称を聞いたのだって、今が初めてだ。そんなオカルトひよこの彼に巫女さんは少し考え、簡単に説明する。

「元は着物の帯に女の情念……それこそ嫉妬だとか恨みだとかが宿って独りでに動き回るっていう、大したことの無い妖怪だが、あそこまで厄介なのは私も出会ったことが無い」
「……やっぱり、その情念って、樺倉のことなのか?」
「分からない。さっきも姿は現さずに私――正確には涼佑を殺しにかかってきた。お前、本当に身に覚えが無いのか? あれは相当だぞ?」
「無いよっ。あるとしたら、やっぱ葬式と通夜行かなかったことぐらいだよっ」
「――普通なら、その程度であそこまで執拗に追いかけては来ないんだが、望本人の思いだけで行動しているから正直、私にも分からん。望なりの理由があるのかもしれないし」
「何だよそれ。そんなはた迷惑なことあって堪るかよ……」

 疲れてその場に座り込み、大きく溜め息を吐く涼佑の背を巫女さんは直接触れられないが、ぽんぽんと勇気づけるように優しく叩いて励ました。

「もう少しの辛抱だ。明日、真奈美達の調査結果で何か分かるかもしれないだろ? 元気出せ」
「………………うん」

 力なく項垂れる涼佑を内心哀れみながら、巫女さんは努めて明るく振る舞おうと彼の肩をぽんぽん叩いた。そうしながらも、頭の片隅ではあまり時間は残されていないなと冷静に現状を分析していた。

 翌日の月曜日。涼佑が待ちに待った放課後に彼は直樹と一緒に真奈美達と情報共有をした。蛇の死骸についてはやはり、誰も分からなかったが、真奈美と絢の証言とスマホで撮影したであろう画像から、望本人が蛇を殺したのではないか、という仮説に行き着いた。二人が撮影した画像には酸化した血が大量に付着したカッターナイフと釘、日記の最後のページが映っていた。しかし、望がやったと分かったところで、じゃあどうして彼女がそんなことをしたのかという点については誰にも分からなかった。

「何かごめんな。休みの間、真奈美達にばっか任せて」
「何言ってんの。あの家には私達が適任だったんだから、しょうがないでしょ。それに、あんたらはこれからが仕事」
「残ってる梶原さんへの聞き込みは、涼佑君と直樹君に任せるよ。頑張ってね」

「多分、今日はまだ残ってると思う」という真奈美の言葉に背中を押されて、涼佑と直樹は彼女達のクラスへ急ぐ。昨日、涼佑を襲ってきた一連の騒動と似たようなことは起こっておらず、家には札が、学校では人が多いから望も手を出しにくいのではないかと巫女さんは言っていた。

「梶原、さんって……いる?」

 教室の戸を開けて開口一番涼佑がそう言うと、窓際で楽しそうに喋っていたギャル集団が一斉にこちらを見て「なに?」と不快そうな表情と口調で威圧してくる。一瞬、その強すぎる雰囲気に気圧されて出て行きかけた涼佑だが、代わりに直樹が身を乗り出して「おれら、樺倉のことで調べてんだけど、何か知らない?」と言ってくれた。

「は? カバクラ? って……のぞピのこと?」
「の、のぞピ……う、うん? 多分」
「ふぅ~ん……帰れ。リエが話すこととか何も無いから」

 絢って優しかったんだなと思えるくらい強すぎる態度に、涼佑は早くも引き下がりたいという気分になってしまう。でも、ここで本当に引き下がったら、何の解決にもならない。いざ、特攻あるのみと負けずに教室へ入って近付いた。

「帰れって言ったよね? だいたい、あたしら、いじめとかやってないんですけど?」

「どいつもこいつもあたしらを疑いやがって」と吐き捨てるように言うギャル系女子。威圧的な人間というのも幽霊とは別の意味で怖いと涼佑が思っていると、また直樹が仕掛けた。彼はこういった交渉事に強い。

「じゃあ、樺倉とはどういう関係だったんだよ? いじめじゃないって言うならさ」
「それは……」
「別に何でもない。ちょっとメイク教えてたってだけ」
「メイク?」

 初めはそれ以上、話したくないという態度だった理恵だったが、拙い言葉ながらも樺倉のことをただ知りたいだけだと言う涼佑を見て、何か思うところがあったのか、少しずつ話し始める。恐らく、このクラスでも涼佑達のクラスと同じような様子だったのだろう。否、もしかしたら、彼のクラスより酷かったのかもしれない。特にいじめ疑惑を向けられていた理恵は、それこそ有りもしない噂の的になっていただろう。詳しい背景は涼佑には分からない。ただ、亡くなった望のことを誰かと話したかっただけかもしれない。

「のぞピはさぁ、メイク映えする顔だから、やれば可愛くなれるのに、いっつも自信無さそうな顔してて、一人でいたし。だから、勿体ないなって」
「それで、教えてたのか?」
「うん。最初は逃げられてたけど、最近になってちょっとだけ喋るようになってくれたとこだったんだ……迷惑だったんかな。死にたくなる程……だったのかなぁ……っ!」

 話しているうちに理恵の目から涙が溢れる。泣かせるつもりなんて無かった涼佑達は慌てて、励まそうかどうしようか逡巡していると、「もういいでしょ。これ以上リエ泣かしたら、マジぶっ飛ばすから」と彼女の友達に言われてしまえば、すごすご引き下がるしか無い。
 しかし、お陰で分かったことがある。望は理恵にいじめなんて受けていなかった。むしろ、その逆で彼女は望と友達になりたかった。では、やはり、彼女が自殺した理由は日記に書かれていたという『あの人』が原因なのか。真奈美曰く、日記に書かれていた『あの人』への告白を断られてから望の恨みは酷くなっていたように思えるという話だ。ならば、彼女の告白を断った人間など、一人しかいない。
「ごめん」と謝った涼佑達は理恵の嗚咽が響く教室を後にして、真奈美達の許へ戻ろうと廊下を振り返った。しゅる、と耳元で衣擦れの音がした瞬間、またしても涼佑は首を物凄い力で締め付けられる。いきなり呼吸が塞がれてしまい、よろけた彼は壁に体当たりをするようにして蹲った。突然、蹲ってしまった涼佑に最初は不思議そうにしていた直樹も、彼が自分の首を押さえている様子を見てすぐ異変に気が付いた。気が動転して自分の首を掻きむしる涼佑の手を何とか退かして見てみる。そこには誰かの制服のリボンタイが巻き付いており、喉に食い込む程の力で締め上げていた。以前の蔦より細いせいか、巫女さんの刀が入り込む隙間が無い。これではたとえ交代したとしても、刀で断ち切ることは難しいだろう。直樹も自分の指くらいが入る隙間が無いか、苦しさから暴れる涼佑を落ち着かせようと声を掛けながら確認しつつ、指を実際に入れ込ませようとしてみるが、やはり不可能だった。どうすればいいのか全く分からなく、涼佑が死んでしまうかもしれないという不安と恐怖から自然と彼も呼吸が浅くなる。それ以上、どうしたらいいのか分からない直樹はおろおろと戸惑うことしかできない。そうしている間に涼佑はあらぬものを見ていた。
 直樹の背後に真っ黒い影が立っている。『それ』はただ涼佑を見下ろし、まるで死にかけの虫を愉悦に満ちて見つめている時のような明確な悪意を感じた。今まで『それ』を目にした時はただただ恐怖に支配されていた涼佑だったが、今この瞬間だけは何故、自分がこんな目に遭わなければいけないのかと理不尽な現実に怒りすら湧いてくる。しかし、彼は『それ』を憎しみの込められた目で睨むも、それ以上は何もできずに涼佑の意識は闇の中に溶けていった。
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