フォルスマキナの福音

れく

文字の大きさ
上 下
1 / 9
第一章

時風航汰の日常

しおりを挟む
機神フォルスマキナ』。2000年代に飛来した地球外生命体。外見は地球上に存在する機械に非常に似ており、我々地球人とは共に戦う協力関係にある。主な敵対者は『過進化生物エヴォミュート』(後述)。機神自体に戦う力は無いが、我々人類と協力することで力を発揮する。

 車の運転は完全自動運転となり、誰もが運転免許なんて必要無く、車による交通事故なんて0件。少し前までスマホと呼ばれていた端末は軽量化が進み、小さな腕輪程度の端末から液晶画面を呼び出して電話やメッセージは勿論、他にも様々な機能が使える。そんな3044年のウィニペディアにはこんなことが書かれている。時風航汰は端末の画面を指でなぞり、後述されている項目も読む。

過進化生物エヴォミュート』。機神と同時期に飛来した地球外生命体。名称の語源は進化を意味する[Evolution]と突然変異を意味する[Mutant]を合わせた造語である。人間に寄生し、様々な異形化及び突然変異させる敵対者。寄生された生物は、思考能力・情動共に支離滅裂・不安定になり、襲いかかって来る。彼らに触れられると、同じような症状に見舞われ、やがては同じ過進化生物になってしまう。これらの感染拡大を阻止・消滅させることが我々人類と機神の最終目的である。

 しかし、敵対している者の情報はたったこれだけ。機神についても過進化生物についてもまだまだ分からないことが多過ぎるのだ。世界的動画サイトであるミーチューブなんかではこの過進化生物についての考察や機神の陰謀論をテーマにした動画が多く投稿されている。勿論、機神についても様々な憶測や考察がなされているが、今まで国から正式な発表があった訳ではない。
 また、過進化生物に関しては日本だけではなく、海外でも時々被害報道があるくらいで、その実航汰達一般人は、これらの飛来以前とあまり変わらない生活を送っていた。だからこそ、世間では機神と過進化生物の対立について、ある意味では一種の娯楽のような扱いだった。
 自分とは関係無い。そう、学校でいじめられているような、ひ弱で情けない自分とは一切関係の無いことだと、航汰は思っていた。端末で調べ物をしているうちに学校が見えてきたので、慌てて画面を消してポケットに突っ込む。ああ、今日も嫌な一日が始まる、と彼は重く深い溜息を吐いた。

「こ・う・たくぅ~ん。SB代持って来てくれたぁ~?」

 航汰の毎日はそんなふざけた一言から始まる。これから起こることも、彼はもう骨身に刻まれているので、容易に想像がついてしまう。朝に教室へ入ると、いつも気安く肩を組む振りをして首を絞め、友達料兼サンドバッグ代として金を要求してくる同級生達。サンドバッグを略して言えば、教師には気付かれないと思っているようで、その小賢しい策は面倒事を嫌う教師達には専ら良い口実として扱われていた。金が無ければ、ストレス発散として人気の無い場所に連れて行かれ、奴らの気の済むまで殴られ、蹴られ、終いには端末で写真を撮られて「そんげんはか~い」なんて意味すら理解していないような調子でSNSに上げられる。どうしてこいつらは毎日のように証拠写真を撮っているのに捕まらないんだろうと思う航汰だが、おそらくそこは上手くやっているんだろうと大して興味も無いのに考えてしまう。辛い、とはあまり思わない。もう感覚が麻痺してきているんだろうなと彼は特に悲しむことも無かった。学校にいても、家にいても、航汰は自分の心を極力殺し続けて過ごしていた。
 家でも同じような扱いだった。両親は航汰に興味が無いのか、最低限の生活を保障してくれるだけだった。特に親子の会話がある訳でも無い。進路について相談しようものなら、最後には結局「稼げる職に就け。親に苦労を掛けるな」だけだ。きっと自分は間違って生まれてきてしまったのだろう、と航汰は諦観を持って自分の人生をやり過ごしていた。どうしてこんなことになってしまったのかは、もうよく思い出せない。気が付いたら、彼は校内カースト最下位の地位に就いていた。
 しかし、そんな彼にもいくらかの希望はある。むしろ希望があったからこそ、今まで生きてこられたと言えるのだ。それは幼馴染みの鈴原芽衣奈の存在だった。芽依奈はいつも明るくて元気で、時々物事の本質を突いたような鋭い一言を放つような女の子だ。航汰と違って友達も多い。でも、そんな彼女は何かと航汰のことを心配してくれていた。腕なんて細い女子なのに航汰がいじめに遭っていると大抵、駆けつけて来てくれてはいじめてくる奴らを蹴散らしていた。でも、いつも来てくれる訳ではない。一度、彼女が航汰の状況に気付かなくて、気絶するまで殴られたこともある。だから、全幅の信頼を置いている訳でもないが、全く信頼していない訳でもない。そんな関係だった。
 また、そういう存在は彼女だけではなかった。副担任の来間直子もそうだ。彼女はまだこの七賀戸中学校に赴任して来たばかりだが、情熱のある女性教師だ。教室からいじめを無くそうと、航汰のことを気に掛けてくれるが、彼自身に常に余裕が無かった。彼女の言葉は傍から聞いていると、どこか夢見心地で綺麗事のように聞こえてしまうのだ。「いじめを無くしましょう」というスローガンを自ら掲げては当のいじめ主犯に鼻で笑われているような扱いだったが、それでもめげなかった。その諦めない姿勢に航汰がいくらか元気づけられたのは確かな事実だ。しかし、彼女もまた若さ故の危うさから信頼し切るには足らない人物だった。
 今回も例に漏れず、放課後、航汰はあまり使われていない教室に連行されることとなった。



 無闇に感情を顕わにすると、益々面白がられていじめが酷くなる。そう思って、航汰は無を心がける。自分が生きていること、自分が生まれてきたことには何の意味も無いんだと言い聞かせる。そうしていれば、殴られても蹴られても口に使い古された雑巾を詰め込まれても、いくらかはマシだった。抵抗しようと思ったことは、実は何度もある。しかし、その度に暴力でねじ伏せられ、屈辱に喘いできた。そして、今回は当たりの日なのだろうと、航汰はあまり動かない感情でただ目の前で繰り広げられる光景を見つめていた。

「あんた達、何やってんのよ!! いい加減にしなさいよねっ!!」
「うっわ、ヤッベ! 彼女来ちゃったじゃん!」

 突如、教室の引き戸を無理矢理こじ開けて入って来たのは、芽依奈だった。相変わらずの怪力で無理矢理開けたせいで、引き戸の鍵は壊れてしまっている。学校の備品、壊すなよとどこか遠くで思いつつも、航汰は「今日はこれで終わりか」と死んだ目つきで考えていた。長い髪を振り乱し、繰り出される芽依奈の拳によっていつものように蹴散らされた奴らは、慌てて教室を出て行く。それを見届けてから彼女は振り返って、航汰に声を掛けた。

「大丈夫? 航汰」
「今回は割と楽な方だったよ」
「バカ。何慣れてんの。ほら、さっさと立って」

 のろのろと立ち上がる航汰に、芽依奈は「ん」と彼の鞄を差し出す。ボロボロになっているそれは何度も乱暴に扱われてきたからだ。今回も窓から校庭へ投げられた物を彼女が取って来てくれていた。それを受け取った航汰はやはり、死んだ目で「ありがとう」と言う。その様子を見ていた芽依奈は、耐えかねたように特に意味の無い声を出して彼の手を取る。突然、手を掴まれた航汰はびくりと肩を震わせるという反射的に怯えた反応をした。

「え、なに?」
「ね。今日、カラオケ付き合ってくれない?」
「……お金持ってないよ?」
「じゃあ、助けてあげたんだから、私にカラオケ奢られなさいよ」
「奢られるって……」
「とにかく付き合って!」

 問答無用。そんな態度で彼女は航汰の手を掴んだまま、教室を出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Condense Nation

SF
西暦XXXX年、突如としてこの国は天から舞い降りた勢力によって制圧され、 正体不明の蓋世に自衛隊の抵抗も及ばずに封鎖されてしまう。 海外逃亡すら叶わぬ中で資源、優秀な人材を巡り、内戦へ勃発。 軍事行動を中心とした攻防戦が繰り広げられていった。 生存のためならルールも手段も決していとわず。 凌ぎを削って各地方の者達は独自の術をもって命を繋いでゆくが、 決して平坦な道もなくそれぞれの明日を願いゆく。 五感の界隈すら全て内側の央へ。 サイバーとスチームの間を目指して 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

宇宙エレベーター 

morituna
SF
 25年間の建設工期で作られた、この宇宙エレベーターの全長は96,000kmです。  この場所が、地球上の、宇宙への発着点でアース・ポートです。  このアース・ポートは、ここ、グベ島の赤道上に、陸上部分と海上部分に分けて建設されています。  陸上部分は、順次、空港やホテル、宇宙開発に関係する企業の研究所が誘致され、大きな街になります。  海中トンネルで結んだ海上部分には、宇宙エレベーターのクライマー発着場、出発・到着ロビー、管理施設のほか、格納庫、修理工場、倉庫、研究開発センターなど、アース・ポートの要(かなめ)となる施設があります。  海上施設は、直径約400mで、最下部に造られた中空のコンクリートの浮力で、海に浮かんでいます。宇宙へと延びるケーブルを固定している部分では、海水を利用したバラスト調整システムによって、ケーブルにかかるテンションを制御しています。  静止軌道上には、最大規模の駅、静止軌道ステーションがあります。  静止軌道ステーションでは、大規模な宇宙太陽光発電や宇宙環境を活かした研究開発などが行なえるほか、地上からの観光地としても利用できます。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

惑星エデン

あかくりこ
SF
その惑星は、彼らにとって未知の観察領域 極めて稀な条件を満たした星系に到着した宇宙人はその星を【地球にきわめてよく似た環境】に作り替え、生命の誕生、進化の観察を始める

処理中です...