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ミモザ
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高校二年生の春に初めてあなたを見た時、小説や漫画の中だけの話だと思ってた『ビビっと』という感覚がわかった。
上手く言葉にはできないけど、この人だと思った。
顔は別にかっこよくないし、爽やかさとか、愛嬌とかもない。
むしろ服装は適当だし、話し方もめんどくさそうで、生徒のことなんてどうでもいいと思ってそうなタイプ。
でも、私はあなたを前にすると他に何も考えられなくなる。
ありもしないあなたとの甘い生活を想像しては、ため息をつく。
あなたに会えるのは週にたった一回の50分。
あなたが私を50分見ていることはなくても、私はあなたを50分見続けている。
大きな背中、高いところに文字を書くときに浮き出る腕の血管、筋肉。
気だるそうに、あんまり怒る気がない注意する声、たまに熱くなって解説し始める時の頬の紅潮。
私は50分間、あなた以外のことは考えられないから、家でちゃんと勉強し直す。
勉強ができないと思われたくないから、あなたが担当する化学だけ少し他の教科より点数が高い。
赤点とか取れば、あなたに呼び出しをしてもらえたりするのかなとも考えた。
あなたと少しでも関わるため、面倒で誰もやりたがらない課題回収係になった。
初めて化学準備室までノートを運んだとき、あなたはその辺置いといて、と振り返ってもくれなかった。
でも私がノートをドン、と置くと急に振り返って、
「え? 一人で持ってきたの? 重かったでしょ」
と声をかけてくれた。
本当は私が話せるといいなって下心で一人で来たけど、気にかけてもらえて嬉しかった。
それから化学準備室に行くときは決まって一人で行った。
その度にあなたは私を気遣ってくれた。
「また一人で来てる。男子に頼めって」
「人に頼むの下手なの?」
「次からノートじゃなくてプリントにするわ」
「いつもありがとな。チョコやるわ」
「少し休憩してってもいいぞ?」
あなたのくれる言葉が、少しずつ距離が縮まってることを現してるみたいで嬉しかった。
高校三年生になると受験で科目が分かれることになって、私は文系でも受験で使う理科の科目を化学にした。
文系の多くの生徒は生物を選んでたけど、私は化学を選んだ。あなたに会えるから。
質問、という口実で化学準備室に行く時間が私にとっては受験勉強の癒し。
私は本当は理解してるけど、あなたに質問をして、丁寧に解説する横顔を見ていた。
受験の直前、私はあなたにお願いをした。もし良い点数が取れたら何かご褒美がほしいと。
さすがにあなたは困った顔をしたけど、実は生徒想いのあなたは考えとくって言ってくれた。
でも私たちの年は化学が例年より難しくなって、私は平均点とちょっとしか点数が取れなかった。
なんだか報告する気になれなくて、私は自己採点の後の教室で化学準備室に行くかどうか、他の子が帰った後も悩んでいた。
すると教室の扉が突然開いて、あなたが私を見つけてくれた。
あなたは私を見て察したのか、何も言わずにそのまま引き返して行ってしまった。
私はあなたに失望されたと思って呆然とした。
もう残りの受験もどうでもよくなってきて、気づいたらぽたぽたと涙が溢れてきた。
そうしてたら今度は廊下を走る音が聞こえてきて、あなたが息を切らして教室に飛び込んできた。
驚く私にあなたはどんどん近づいてきて、机にドサドサとお菓子の山を作った。
「これ食って元気出せ! な?」
私はなんだか笑ってしまった。
あなたの優しさと可笑しさとでまた涙が溢れてきた。
あなたは控えめに私の頭を二回ポンポンしてから、食うぞと言ってもりもり食べ始めて、それも可笑しくて笑った。
無事に大学に合格し、あっという間に卒業式を迎えた。
私は教室で担任の先生から言葉をもらった後、化学準備室に向かった。
部屋に入るとあなたの姿はなく、机の上に置いてあった一枚の紙を見つけた。
『2階 南校舎と西校舎の渡り廊下』
そう書かれただけだったけど、私に宛てたものだとすぐにわかった。
渡り廊下に着くと、いつもと違ってスーツ姿のあなたがぼんやりと立っていた。
私は、私を待つ、という最初で最後のあなたの姿をしばらく目に焼き付けていた。
私に気づいたあなたは手招きをして、そこから見える景色を見せてくれた。
「ここからだと桜が綺麗に見えるだろ」
例年より少し早く咲いた満開の桜がとても綺麗だった。
「卒業おめでとう」
あなたは片手に収まるくらいの小さな花束を私にくれた。
「お前にしかないから内緒な」
人差し指を口にあてて笑ったあなたの顔を私は一生忘れない。
それから私の一番好きな花はあなたがくれた花になった。
鮮やかな黄色い小さな花がたくさん並んだ花。
花屋に行った時にその花が『ミモザ』ということを知った。
大学生になって、お酒にもミモザという名前のカクテルがあることを知り、私がそれをいつも頼んでいると、それに気づいた友達が教えてくれた。
「ミモザのカクテル言葉って『真心』なんだって。大切な人に送ったらロマンチックだよね」
花言葉は聞いたことはあるけど、カクテル言葉というものがあるとは知らなかった。
それで私は気になってミモザの花言葉を調べた。
あなたに会いたくなった。
上手く言葉にはできないけど、この人だと思った。
顔は別にかっこよくないし、爽やかさとか、愛嬌とかもない。
むしろ服装は適当だし、話し方もめんどくさそうで、生徒のことなんてどうでもいいと思ってそうなタイプ。
でも、私はあなたを前にすると他に何も考えられなくなる。
ありもしないあなたとの甘い生活を想像しては、ため息をつく。
あなたに会えるのは週にたった一回の50分。
あなたが私を50分見ていることはなくても、私はあなたを50分見続けている。
大きな背中、高いところに文字を書くときに浮き出る腕の血管、筋肉。
気だるそうに、あんまり怒る気がない注意する声、たまに熱くなって解説し始める時の頬の紅潮。
私は50分間、あなた以外のことは考えられないから、家でちゃんと勉強し直す。
勉強ができないと思われたくないから、あなたが担当する化学だけ少し他の教科より点数が高い。
赤点とか取れば、あなたに呼び出しをしてもらえたりするのかなとも考えた。
あなたと少しでも関わるため、面倒で誰もやりたがらない課題回収係になった。
初めて化学準備室までノートを運んだとき、あなたはその辺置いといて、と振り返ってもくれなかった。
でも私がノートをドン、と置くと急に振り返って、
「え? 一人で持ってきたの? 重かったでしょ」
と声をかけてくれた。
本当は私が話せるといいなって下心で一人で来たけど、気にかけてもらえて嬉しかった。
それから化学準備室に行くときは決まって一人で行った。
その度にあなたは私を気遣ってくれた。
「また一人で来てる。男子に頼めって」
「人に頼むの下手なの?」
「次からノートじゃなくてプリントにするわ」
「いつもありがとな。チョコやるわ」
「少し休憩してってもいいぞ?」
あなたのくれる言葉が、少しずつ距離が縮まってることを現してるみたいで嬉しかった。
高校三年生になると受験で科目が分かれることになって、私は文系でも受験で使う理科の科目を化学にした。
文系の多くの生徒は生物を選んでたけど、私は化学を選んだ。あなたに会えるから。
質問、という口実で化学準備室に行く時間が私にとっては受験勉強の癒し。
私は本当は理解してるけど、あなたに質問をして、丁寧に解説する横顔を見ていた。
受験の直前、私はあなたにお願いをした。もし良い点数が取れたら何かご褒美がほしいと。
さすがにあなたは困った顔をしたけど、実は生徒想いのあなたは考えとくって言ってくれた。
でも私たちの年は化学が例年より難しくなって、私は平均点とちょっとしか点数が取れなかった。
なんだか報告する気になれなくて、私は自己採点の後の教室で化学準備室に行くかどうか、他の子が帰った後も悩んでいた。
すると教室の扉が突然開いて、あなたが私を見つけてくれた。
あなたは私を見て察したのか、何も言わずにそのまま引き返して行ってしまった。
私はあなたに失望されたと思って呆然とした。
もう残りの受験もどうでもよくなってきて、気づいたらぽたぽたと涙が溢れてきた。
そうしてたら今度は廊下を走る音が聞こえてきて、あなたが息を切らして教室に飛び込んできた。
驚く私にあなたはどんどん近づいてきて、机にドサドサとお菓子の山を作った。
「これ食って元気出せ! な?」
私はなんだか笑ってしまった。
あなたの優しさと可笑しさとでまた涙が溢れてきた。
あなたは控えめに私の頭を二回ポンポンしてから、食うぞと言ってもりもり食べ始めて、それも可笑しくて笑った。
無事に大学に合格し、あっという間に卒業式を迎えた。
私は教室で担任の先生から言葉をもらった後、化学準備室に向かった。
部屋に入るとあなたの姿はなく、机の上に置いてあった一枚の紙を見つけた。
『2階 南校舎と西校舎の渡り廊下』
そう書かれただけだったけど、私に宛てたものだとすぐにわかった。
渡り廊下に着くと、いつもと違ってスーツ姿のあなたがぼんやりと立っていた。
私は、私を待つ、という最初で最後のあなたの姿をしばらく目に焼き付けていた。
私に気づいたあなたは手招きをして、そこから見える景色を見せてくれた。
「ここからだと桜が綺麗に見えるだろ」
例年より少し早く咲いた満開の桜がとても綺麗だった。
「卒業おめでとう」
あなたは片手に収まるくらいの小さな花束を私にくれた。
「お前にしかないから内緒な」
人差し指を口にあてて笑ったあなたの顔を私は一生忘れない。
それから私の一番好きな花はあなたがくれた花になった。
鮮やかな黄色い小さな花がたくさん並んだ花。
花屋に行った時にその花が『ミモザ』ということを知った。
大学生になって、お酒にもミモザという名前のカクテルがあることを知り、私がそれをいつも頼んでいると、それに気づいた友達が教えてくれた。
「ミモザのカクテル言葉って『真心』なんだって。大切な人に送ったらロマンチックだよね」
花言葉は聞いたことはあるけど、カクテル言葉というものがあるとは知らなかった。
それで私は気になってミモザの花言葉を調べた。
あなたに会いたくなった。
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