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35. 王子は忘れていた
しおりを挟む会社で思わぬ人物に出会った。
「久しぶり~。元気にしてた?」
学生時代から姫野と仲の良かった二木さんだ。姫野と並んでいても劣らないくらいのイケメンさんなんだけど、姫野とはタイプが違うんだよね。可愛い系統の人というか、瞳が黒目がちでワンコ系みたいな感じなんです。
私も試合会場とかで何度も話をしたことがあったけど、社会人になってからは一度も連絡もとっていない人だったんだけど…。
今日は急に私を訪ねてきてくれたみたい。
「久しぶりですね二木さん。今日はどうしたんですか?」
当社で靴をオーダーしてもらったことは無かったはずなんだけどな。
「いや~、姫野が履いてる靴が良いな~と思ってさ。僕のも王子さんに作ってもらえないかな?」
姫野の靴を見て来てくれたんだ。それは嬉しいかも。
「ありがとうございます。是非作らせて下さい」
「お願いします。あっ、それから…」
二木さんが私の耳元に顔を急に寄せて来たので驚いた。
「おめでとう。姫野から聞いたよ」
小さい声でそれだけ言うとニッコリと可愛らしい笑顔を見せながら私から離れた。
「…ありがとうございます」
姫野はもう二木さんに話したのか…。
顔が赤くなる。こういう時、どう対応して良いか迷ってしまう。
だけど、今は仕事中だと頭を切り替える。
「どうぞこちらへ。詳しくお話を聞かせてください」
新しい靴を作るにはいろんな事を話して聞く必要がある。デザインをおこすまでにも時間がかかるんです。
二木さんをミーティングルームに案内する。
この部屋は靴を作るために必要な資料が一部置いてあり仕事をするには最適なんです。
「ありがとう」
部屋に入るまで、廊下ですれ違った女性社員達が皆振り返って二木さんを見てた。やはり今でもモテるんだな。昔から姫野と二木さんが二人で歩いている所は女性が移動しているから遠くからでもわかるくらいモテていたからね。
モテ度が今も変わらないことを確認しちゃった。
…ということはもちろん姫野もか。
少しモヤとしながらも部屋に到着した。
さっそくどんな靴が良いのか靴の希望を聞こうとしたら二木さんが靴以外の事を話し出した。
「靴の話しは後にして、少し聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
「何ですか?」
「姫野と結婚するの?」
「え?」
今…何と?「結婚するの?」と聞こえましたけど…。
「婚約者でしょ。偽物だったけど本当に付き合う事になったんだから婚約も本物になったんだよね。じゃあ、結婚も近いってことだよね?だって、姫野は海外に行くかもしれないしさ。そうなると結婚して一緒に海外に行く方が安心じゃないの?」
そうでした!すっかり忘れていたけど姫野は海外のチームから声がかかっているんだった。それが決まれば姫野は海外に行ってしまうんだ…。
遠距離恋愛or結婚…。
この言葉の響きに憧れたこともあったけど、実際にそうなるかも知れないと思ったら複雑すぎる。だって、国内でもないし!!
遠距離恋愛だとすぐに会いに行ける距離ではないからめったに会えなくなるし、結婚…となると海外で暮らすことになるんだよね…。
語学力無いんだけど…。どっちも不安しかないよ!
付き合えた事で満足してた…。
何で姫野が海外に行く事を忘れてたのかな…。
「嘘だろ…。姫野が海外に行くのを忘れてたのか?そんな落ち込むなよ…。あっ、そうだ…靴!靴の話しをしよう!」
黙って考え込んでしまった私を見て二木さんは気を使ってくれたみたいで靴の話しに話題を変えてくれた。
だけど仕事に集中しないといけないとわかってはいるが、一度考え始めてしまったことが頭から離れない。
遠距離…いや、超遠距離恋愛になるかもしれないということが頭の中でグルグルと回っている。
考えがまとまらない中も何とか二木さんの靴の希望などの話を聞いてまとめた。
「じゃあ、頼みます。また連絡して」
私を悩ませた犯人の二木さんは颯爽と帰って行ってしまった。
もちろん私はまだモヤモヤしています。
今度会う時に姫野と話をした方が良いよね。電話とかメールで話をすることではないと思うし…。
やっと姫野に対しての気持ちを自覚して…思いがけなく付き合えて、幸せな気持ちで溢れていたのに…今は不安な気持ちが幸せを消している。
だけど姫野の将来や夢の邪魔をしたくもない。
今は黙って姫野がどう決断するのかを見守る方が良いのかな。その後は姫野が決めた道を応援…できるかな。
前の私なら何も思わず、頑張ってきてね!って送り出していたと思うけど、今の私は姫野といることの楽しさやドキドキする気持ちを知っている。それなのに…長い期間、声だけを聞くとか映像で顔だけ見るとかで我慢できるのかな?考えただけでも寂しくなりそうな気がしてきた。
…私って自分が思っていたより姫野の事が好きなんだ。改めて自分の気持ちを再確認したような気がする。
長い間、友人の関係だったのに恋人に変わったらこんなにも違うんだ…。
この日の夜はなかなか眠る事ができませんでした。
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