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89. 行ってらっしゃいヴァン様
しおりを挟む「え…?ヴァン様…この家から出ていちゃうんですか?」
僕は動揺を隠せなかった。
確認したことは無かったけど、ずっとヴァン様はこの家で暮らすんだと思ってたからだ。
そりゃいつかは人間の姿に戻ってマリーアさんと幸せになるだろう…なってほしいと思ってはいたけど、この家で一緒に暮らすのかと思っていたよ。
それは僕の自分勝手な考えだったと気づいた。
そうか…ヴァン様はマリーアさんの暮らしているあの森に行くんだ。マリーアさんの暮らす環境を変えないようにきっと配慮したんだろうな。
僕はそこまで考えることができていなかったよ。
「そうだな…。お前には世話になったな」
暫く沈黙の間ができて、その後ヴァン様がポツリと話し始めた。
ヴァン様が僕にお礼を言うなんて珍しい。
やっぱり最後だからかな…。
僕は寂しいやら悲しいやら…いろんな感情が混ざって急に泣きたくなってきた。
「だが、お前も立派な一族の一員になったから、私も安心してここを離れる事ができる」
次は誉められた。いつも怒るとか愚痴が多いのに…。
僕はヴァン様の顔を見ることが出来なかった。
涙を堪える為に唇を噛み締めてずっと下を向いていたからだ。
今、僕が「僕はまだ一人前じゃない」と言えばヴァン様はここに居てくれるのだろうか…。ふとそんな考えが頭をよぎる。
…また、自分勝手な考えをしてしまった自分に嫌悪感を抱く。
ヴァン様は何百年とマリーアさんと過ごせるこの時を待っていたのに…僕が邪魔をしてはダメだよね。
最後は泣き顔じゃなくて笑顔で見送らないと!
僕は自分に気合いを入れて顔を上げた。
「…やった!ヴァン様に一人前と認めてもらえた!嬉しいです」
口元がひきつっているが何とか笑顔をキープした。
「調子に乗るなよ。お前はそそっかしいからな」
ヴァン様が少し笑ってそう言った。
「それは仕方ありませんよ。だってヴァン様の子孫ですからね」
「な!口だけは達者な奴め!」
ヴァン様が僕の頭をくしゃりと撫でる。
こんなやり取りもこれからは出来なくなるんだと思うとまた涙が目尻からこぼれ落ちそうになってきた。
僕は鼻水をすすり、拭くふりをして顔全体を隠して涙を拭いてからヴァン様を見た。
「ヴァン様、早く準備してマリーアさんの所に行って下さい。女性の独り暮らしだから何があるかわからないですよ」
「ああ、そうだな…」
ヴァン様が優しい笑顔を浮かべる。
幸せそうだ。
良かったねヴァン様…。本当に良かったね。
堪えていた涙がポロポロと出てきたので急いで下を向いた。そしてその体制のままヴァン様の背中を押した。
「ほら、早く早く!」
「押すな!わかったから!」
ヴァン様は僕に急かされて小屋に向かった。
誰もいなくなった部屋で僕は思いきり泣いた。
大好きなご先祖様のヴァン様とお別れする寂しさと、幸せになれそうで安堵した喜びとが混ざった複雑な心境で…。
でも、永遠のお別れじゃない。
会いに行こうと思えば行ける距離だ。
だから、お見送りは「さようなら」ではなく「行ってらっしゃい」と言うと心に決めた。
「行ってらっしゃいヴァン様。幸せになって下さいね」
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