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36. 離れる準備

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「荷物はまとまりましたか?」

「はい、お母様。そんなに持っていくものはないのでこれで充分かと思います。」

 月日が経つのは早いもので、俺が学校に行くために入寮する日がやって来た。

 学校には制服があるので普段着もさほどいらないし、学食もあるので調理道具も持って行かなくても良いし荷物が少なくて助かるよ。

 前世では料理が趣味だったので調理道具に懲りすぎて部屋の中が大変なことになっていたからな…。

 そう言えば…あれ全部捨てられたのかな。結構高かったんだけどな…。まあ、死んだら使えないから仕方がないんだけど。

 ふと、前世の事を思いだしてしまった。

「どうかした?」

 母さんがそんな俺の様子を見ていて心配している。

「何でもありません。少し庭を散歩してきますね。」

家族に心配されるの…慣れないんだよね。


「そう?そうね、暫くは見ることができないものね…。」

 俺は寂しそうに俺を見つめる母さんの横を通り庭に向かった。母さんは何も言わないが本当は俺と離れるのが寂しいらしい。

 これは母さんの白龍が教えてくれた。



『お前が居なくなるのが寂しいらしい。心が落ち込んでいる。何とかしてちょうだい。』

 いや、何とかしろと言われてもな…。俺が学校に行かないという選択肢はないぞ。

『そんな事は分かっているわ。息子として母孝行しなさいと言っているの!』

 なるほど。だけど母孝行って、具体的に何をすれば良いの?俺は前世でも母親がいた記憶が無いから何もしたことがないんだけど?

『そうであったな…。忘れていた。そうね…お花を送って感謝の気持ちを手紙にするとかはどう?』

 そんな恥ずかしい事をするの?

『恥ずかしくない!簡単でしょ!』

 まあ、俺は今は子供だから無邪気に笑顔で「ありがとう。」と言えば喜んで貰えるだろうけど…。


 …という話し合いの結果、俺は庭師に頼んで花束を用意して貰うことになったんだ。

 さりげなく庭に出てきたつもりだけど母さんにはバレていないよね?

「坊っちゃん。お待ちしておりました。」

 にこやかに庭園で待っていてくれたのは庭師の森野じいちゃんだ。父さんが子供の頃から家に勤めているらしい。

「お待たせ、森野じいちゃん。」

「いえいえ、坊っちゃんに会うためなら何時間でも待ちますよ。」

 森野じいちゃんは俺の前世のじいちゃんと性格は違うんだけど顔が似ているんだよな。だから昔からよく庭にやって来てじいちゃんに遊んでもらっていたんだ。

 森野じいちゃんとも暫くは会えないんだな…。

「ほら、坊っちゃんそんな寂しそうなお顔をしてはいけませんよ。今からお母様にお渡しするお花を選ぶのでしょう?」

「そうだった!ありがとう森野じいちゃん。」

 俺はじいちゃんからハサミを受け取り、花を見て歩いた。母さんが好きな花を聞きながらそれを切って花束にした。

「これでどうかな?」

 一応、色味も考えながら作った花束が完成した。

「綺麗です。きっとお母様もお喜びになられますよ。」

 森野じいちゃんが、大きくて温かい手で俺の手を包み込む様に花束を手渡してくれた。

 俺は花束を受け取った後、森野じいちゃんに抱きついた。

「坊っちゃん…どうされましたか。」

 じいちゃんは驚いたみたいだな。

「じいちゃん、今までありがとう。僕が帰ってくるまで元気でいてね。」

 俺は…じいちゃん子だったんだな。今更ながら分かったよ。家族との別れも辛いけど、森野じいちゃんとの別れも同じくらい辛い。

 じいちゃんは大きな手で俺の頭を優しく撫でてくれた。

「はい、ここで待っておりますよ。坊っちゃんも体に気を付けてくださいね。」

「ありがとう…。」

 俺はじいちゃんからそっと離れた。庭から離れるのが辛くて何回も後ろを振り返りじいちゃんに手を振った。

 家に入ると気持ちを切り替える為に大きく深呼吸をした。

 今度は母さんに花束を渡さないといけないからね。

『お前って意外と泣き虫だよな…。』

 翡翠は相変わらず口が悪い。

『感情豊かだと言って欲しいね。』

『良い言い方だな(笑)』

 バカにして笑ってるな。

『翡翠って本当に性格悪いから気を付けた方が良いよ。』

『はあ?それはお前にも言えることだな。』

 何で俺?

『知らないのか?龍は自分と似た性格の奴を選ぶ事が多いんだ。だから俺のパートナーのお前は同じ様な性格だと思うぞ。』

 …ショックなんですけど!俺…人から見たら翡翠みたいな感じなのか?!

『失礼な奴だな。そんなにショックを受けるのか?』

 確かに甘やかされて育てられた自覚はある。あるけど、自分で律しながら生活をしてきたつもりだったんだけど…。

『ムカつくから暫くは姿を見せない。じゃあな!』

 俺がいろいろとうちひしがれている間に翡翠は姿を消していた。言うだけ言ったらすぐに消えるなんて…。俺のこの気持ちをどうしてくれるんだ!

「あら?竜ちゃんどうしたの。庭はもう見てきたの?」

 母さんが前から歩いてきた。チャンスだ!落ち込んでいる場合ではないよね。

「母さんにこれ!今まで育てていただきありがとうございました。」

 俺は言葉と共に花束を母さんに渡した。

「まあ…。」

 母さんは言葉がでないくらい喜んでくれたらしい。涙を流しながら俺のプレゼントした花束を見ている。

「竜ちゃん、ありがとう。」

 母さんは俺の頬にキスをして、頭を撫でてくれた。幸せってこんなにじんわりとするのかな…。

 それを父さんに見られていて後が大変だったのはまた今度…。
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