12 / 32
12. 昔の話
しおりを挟む「すい…ま…せん。」
まだ声が掠れている。上手く話せないのがもどかしい。
「無理しないで下さい。ゆっくり治していきましょう。」
担当の医師…棚澤さんはこまめに回診に来てくれていた。他のお医者様もこんなに何度も回診に来てくださるものなのかしら?
「リハビリはもう少し傷の状態が良くなってから始める様に言っているので、とりあえず今はゆっくりと身体を休めて下さいね。僕はまた夕方に様子を見に来ますからね。」
え?今日は朝、昼、14時の三回も来てくれているのにまだ回診に?さすがに申し訳ないと思いますわ。
「先生…来なく…て良い…ですよ。」
私が声を振り絞り言ってみたら、さっきまで笑顔だった棚澤医師の表情が能面の様にと変化した。
何か失礼な事を言ったかしら…?
それは一瞬見せた顔だった。気がつくとすぐにいつも通りの優しい笑顔になった。
「何を気にしているんですか?僕には気を使わなくて良いですよ。僕が知り合いのケガの具合が気になるから来ているんです。それとも…来てはダメですか?」
爽やかイケメンが子犬の様におねだりをしているような表情に変わる。こんな風に言われたら断れないわ。
私は頭を左右にふった後、ペコリと下げた。
「すい…ません。」
私の両肩を不意に捕まれる。心臓がドキッとした。男性に急に触れられるのはまだ慣れないのだ。賢人さん意外は…ですが。
「謝らないで。僕と菫ちゃんはご縁があるんだからね。気にしないで!」
変な言い方…ご縁がある?確かに何年もたって顔見知りに偶然再会するというのはご縁があるってことなのかしら?
だけどそれだけでこんなに優遇していただいてはいけないと思うのですが…。それを言うと先程のやり取りになってしまいそうですね。
ここは素直に受け取っておいた方が良いかも。
「あり…がとう…ございます。」
棚澤医師は肩をつかんでいた手を離し私の顔に触れた。背筋がゾワリとする。
「顔色も良くなってきたね…。良かった。」
医師として診てくださっているのに私ってダメね。
この後すぐに棚澤医師は看護師さんに呼ばれて部屋を出ていった。
やっと1人になれましたわ。
棚澤医師…悪い人ではないと思うのですが、スキンシップが激しいのです。昔は私が男性恐怖症と知って一定距離を置きながら接してくれていたと思っていたのですが…。
もしかして…男性恐怖症のことを忘れられているのかしら?
この事は賢人さんにも言いづらいし…。
賢人さんは仕事が忙しいらしく夜遅くに病室にやって来てここで仮眠をとり朝早くに出ていくんです。そんな賢人さんに今の事を言うとどうなるか…。
ただでさえ棚澤医師の事をあまり良く思っていない感じもしますしね。
なぜ嫌いなの?って聞いたら「菫ちゃんは気にしなくて良いよ。」とだけ言われてしまいました。
本当になんなのでしょうか?
賢人さんは理由もなく人を好き嫌いする人ではありません。だからこそ気になってしまうのです。
棚沢医師の態度が悪いわけでも、嫌なことを言われたわけでもありません。2人が話をしているのを見たのも最初だけでした。
「はぁ~。」
「ちょっと、何お見舞いに来た途端に溜め息つかれちゃったわ。」
この声は…。
「ルカ…。」
いつの間にか病室の中にいとこのルカが入ってきています。
「元気そうで良かったわ…。」
ルカは何とも言えない表情をしています。泣きそうな笑顔というのでしょうか、涙を堪えている感じもあります。
きっと私が心配させたのですね。
ゆっくりと手を伸ばしルカの手に重ねる。
「心配…かけて…ごめん…なさい。」
その途端にルカの涙が溢れだした。
「人がせっかく泣くのを我慢してたのに~。何言ってるのよ…。あんたってば本当に変なのばっかりに目をつけられるんだから~。」
何にも言い返せません。ルカは私の今までを全て知っていますからね。
そうですわ!
「ルカ…。」
「何?」
涙を拭きながらルカが返事をしています。
「棚澤…さん、覚え…てる?」
泣いていたルカの顔が明るくなりました。
「覚えてるわよ!あの私のドストライクのイケメン大学生でしょ!」
そう、棚澤医師はルカのタイプだったなので当時は騒いで大変だったんですよね。
今の私の担当医が棚澤さんだと知ったらどんな反応をするのかしら。
「え…ちょっと、待って。今、気がついたけどこのネームのところに書いてある担当医の名前…。噓…。彼なの?」
私は声を出さずに頷きました。
「噓…。」
あれ?もっと喜ぶと思ったのにルカの反応が思っていたのと違います。
「ルカ…?」
私が声をかけても黙ったままで何かを考えているみたいです。
「旦那は知ってるの?」
ルカぎ急に表情を引き締めて聞いてきますが、なぜ賢人さんが関係してくるのかしら?
私はまた声を出さずに首だけふりました。
「…そう。菫…私がここに来た事を棚澤さんには言わないでね。」
え?
ルカの様子が変…。
棚澤さんと昔に何かあったのかしら?
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」


人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ウチの愛する旦那が女の子ばかり保護してくるので苦労が絶えません
沙崎あやし
ファンタジー
私とライネスは新婚夫婦。お互い愛し合っているんだけど、ライネスには悪癖?が一つある。
彼は王都騎士団の騎士様。だから保護した女の子をウチに連れてきちゃうんだよね……それってどう思う? ちょっと不安にならない? その辺り、ウチの旦那様はどう思っているのかしら?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
俺は彼女に養われたい
のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。
そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。
ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ!
「ヒモになるのも楽じゃない……!」
果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか?
※他のサイトでも掲載しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる