お嬢様は新婚につき誘惑はご遠慮します

縁 遊

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12. 昔の話

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「すい…ま…せん。」

 まだ声が掠れている。上手く話せないのがもどかしい。

「無理しないで下さい。ゆっくり治していきましょう。」

 担当の医師…棚澤さんはこまめに回診に来てくれていた。他のお医者様もこんなに何度も回診に来てくださるものなのかしら?

「リハビリはもう少し傷の状態が良くなってから始める様に言っているので、とりあえず今はゆっくりと身体を休めて下さいね。僕はまた夕方に様子を見に来ますからね。」

 え?今日は朝、昼、14時の三回も来てくれているのにまだ回診に?さすがに申し訳ないと思いますわ。

「先生…来なく…て良い…ですよ。」

 私が声を振り絞り言ってみたら、さっきまで笑顔だった棚澤医師の表情が能面の様にと変化した。

 何か失礼な事を言ったかしら…?

 それは一瞬見せた顔だった。気がつくとすぐにいつも通りの優しい笑顔になった。

「何を気にしているんですか?僕には気を使わなくて良いですよ。僕が知り合いのケガの具合が気になるから来ているんです。それとも…来てはダメですか?」

 爽やかイケメンが子犬の様におねだりをしているような表情に変わる。こんな風に言われたら断れないわ。

 私は頭を左右にふった後、ペコリと下げた。

「すい…ません。」

 私の両肩を不意に捕まれる。心臓がドキッとした。男性に急に触れられるのはまだ慣れないのだ。賢人さん意外は…ですが。

「謝らないで。僕と菫ちゃんはご縁があるんだからね。気にしないで!」

 変な言い方…ご縁がある?確かに何年もたって顔見知りに偶然再会するというのはご縁があるってことなのかしら?

 だけどそれだけでこんなに優遇していただいてはいけないと思うのですが…。それを言うと先程のやり取りになってしまいそうですね。

 ここは素直に受け取っておいた方が良いかも。

「あり…がとう…ございます。」

 棚澤医師は肩をつかんでいた手を離し私の顔に触れた。背筋がゾワリとする。

「顔色も良くなってきたね…。良かった。」

 医師として診てくださっているのに私ってダメね。

 この後すぐに棚澤医師は看護師さんに呼ばれて部屋を出ていった。

 やっと1人になれましたわ。

 棚澤医師…悪い人ではないと思うのですが、スキンシップが激しいのです。昔は私が男性恐怖症と知って一定距離を置きながら接してくれていたと思っていたのですが…。

 もしかして…男性恐怖症のことを忘れられているのかしら?

 この事は賢人さんにも言いづらいし…。

 賢人さんは仕事が忙しいらしく夜遅くに病室にやって来てここで仮眠をとり朝早くに出ていくんです。そんな賢人さんに今の事を言うとどうなるか…。

 ただでさえ棚澤医師の事をあまり良く思っていない感じもしますしね。

 なぜ嫌いなの?って聞いたら「菫ちゃんは気にしなくて良いよ。」とだけ言われてしまいました。

 本当になんなのでしょうか?

 賢人さんは理由もなく人を好き嫌いする人ではありません。だからこそ気になってしまうのです。

 棚沢医師の態度が悪いわけでも、嫌なことを言われたわけでもありません。2人が話をしているのを見たのも最初だけでした。

「はぁ~。」

「ちょっと、何お見舞いに来た途端に溜め息つかれちゃったわ。」

 この声は…。

「ルカ…。」

 いつの間にか病室の中にいとこのルカが入ってきています。

「元気そうで良かったわ…。」

 ルカは何とも言えない表情をしています。泣きそうな笑顔というのでしょうか、涙を堪えている感じもあります。

 きっと私が心配させたのですね。

 ゆっくりと手を伸ばしルカの手に重ねる。

「心配…かけて…ごめん…なさい。」

 その途端にルカの涙が溢れだした。

「人がせっかく泣くのを我慢してたのに~。何言ってるのよ…。あんたってば本当に変なのばっかりに目をつけられるんだから~。」

 何にも言い返せません。ルカは私の今までを全て知っていますからね。

 そうですわ!

「ルカ…。」

「何?」

 涙を拭きながらルカが返事をしています。

「棚澤…さん、覚え…てる?」

 泣いていたルカの顔が明るくなりました。

「覚えてるわよ!あの私のドストライクのイケメン大学生でしょ!」

 そう、棚澤医師はルカのタイプだったなので当時は騒いで大変だったんですよね。

 今の私の担当医が棚澤さんだと知ったらどんな反応をするのかしら。

「え…ちょっと、待って。今、気がついたけどこのネームのところに書いてある担当医の名前…。噓…。彼なの?」

 私は声を出さずに頷きました。

「噓…。」

 あれ?もっと喜ぶと思ったのにルカの反応が思っていたのと違います。

「ルカ…?」

 私が声をかけても黙ったままで何かを考えているみたいです。

「旦那は知ってるの?」

 ルカぎ急に表情を引き締めて聞いてきますが、なぜ賢人さんが関係してくるのかしら?

 私はまた声を出さずに首だけふりました。

「…そう。菫…私がここに来た事を棚澤さんには言わないでね。」

 え?

 ルカの様子が変…。

 棚澤さんと昔に何かあったのかしら?

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