敗北した悪役令嬢ですが、しあわせをつかめるのでしょうか。

藍音

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第二十八話 リエールの王(3月1日、加筆修正しました)

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ひざまずくように指示され、兄と女官に挟まれて床に膝をつき、頭を下げると、扉が開いた。
護衛の軍靴の音のあとに、金色の靴が続いた。
ベルベットを覆い尽くすほど小さな金の粒がびっしりと縫い付けられ、あるくとシャラシャラと音が鳴る。きっとこれが王に違いない。
驚いたことに、男が部屋に入ってきた途端、部屋中が男が付けている香水の匂いに満たされた。
もしかしたら、ルシアナよりもたくさんの香水をつけているのかもしれない。部屋の中は、息が詰まるほど濃い匂いがただよい、皆、心のなかでは新鮮な空気を求めた。

「とうとう、セント・へレニアの薔薇を我が後宮にお迎えする日が来た。面を上げよ」

嬉しげな声に顔を上げると、目の前にいたのは予想通り、かつて少女だったルシアナを舐めるように見つめていた男だった。
男はでっぷりと太り、ルシアナを見る目はまるで獲物を前にしたヘビのようだ。
ちろちろと舌なめずりし、喰らい尽くそうとしている。
身につけているのは頭の天辺から足の先まで黄金で、目が眩みそうだ。

(まあ、悪趣味だこと)

ルシアナは心をさとられないように、かすかに微笑んだ。

「余がリエールの王である。セントへレニアの王はもったいぶっていたが、とうとう麗しい薔薇を我が手にすることができた。アドランテ、褒めてつかわす」
「ははっ、ありがとうございます」
兄が床に頭をすりつけた。
「偉大なるわが太陽、どうか、我が愚妹ぐまいがおそばにはべることをおゆるしください。もし、お許しいただければ、我ら兄妹、心より感謝し、永遠の忠誠をお誓いいたします」

(なにを勝手に忠誠を誓ってるのよ!巻き込まないでよ!)

腹が立ったが、あまりにも今持っている情報が少なすぎる。
冗談じゃないと席を立った瞬間、王の護衛たちに剣を向けられ、運が悪ければ殺されてしまうだろう。
どうにか切り抜けないと。

「して、そなたは?薔薇よ。そちも忠誠を誓うか?」
気取った王の声にむくむくと反抗心が湧きあがってくる。
「偉大なるリエール王陛下。ランドール伯夫人ルシアナ・コンラッドと申します。お会いできて光栄でございます」
「何だと?」

部屋の中にピリッと緊張が走る。しくじった。でも、後悔はない。
ルシアナが顎を上げ、歯を食いしばると当時に、王の護衛たちが剣を抜き、ルシアナに切っ先を向けた。
「ひいっ」オーブリーが腰を抜かして、這いずるように部屋の奥に逃げ出した。
不思議なほど心は凪いでいる。ルシアナは顔色も変えず、王を見返した。

切っ先はすぐそばにある。ほんの少し動けば柔らかい肉を裂くだろう。
殺されるのは怖い。だけど、望まぬ相手に凌辱されるぐらいなら、ひと思いに殺されてしまったほうがマシだ。
長く男たちに純潔を奪われたと思いこんでいたルシアナは、二度と同じ思いに耐えられる気はしなかった。
しかも、すでに男を知ってしまった。愛する男に抱かれたあとでは、夫以外の相手に同じことをされるぐらいなら、いっそ殺してほしい。
指先のかすかなふるえに気づくが、知らぬふりをする。
なにも嘘いつわりはない。私はルシアナ・コンラッドだ。

「もう一度聞く。余に忠誠を誓うか?」
「わが心は夫のもの。夫が忠誠を誓うのであれば、私も王陛下に忠誠を捧げます」
「ぶ、無礼な!!」
まさかルシアナがそう返事を返すとは思ってもいなかったようだ。王は仰天し、しかも腹を立てていた。

「国王陛下、まずはワインでもお飲みになって心を落ち着けられてはいかがでしょうか。それとも、別のお部屋に参りますか?他の部屋では、美しい姫君が陛下のお出ましを首を長くしてお待ちしております」
従僕らしき冷静な男が割って入った。
「誇り高い女性であれば、簡単には手に入りますまい。彼女は外国人なのですから、文化がちがいます」
リエール王は目に怒りをたぎらせたが、従僕のとりなしに、気持ちを落ち着けたようだ。
「酒を飲む。ワインを持って来い」
口をへの字に曲げ、部屋の中央に設えられた豪華なソファーに腰を降ろした。

(他のお部屋に向かわれればいいのに)

がっかりした気持ちを隠すと、女官がワインの入ったデキャンタを押し付けてきた。

「さ、お注ぎしてください」

耳元でささささやかれ、わざとゆっくりと王に近づく。
ルシアナとしては近づきたくない一心なのだが、王からしたら、首からへそまで切り込みが入ったドレスを身にまとい、ちらちらと深いスリットから艶かしく足をのぞかせるルシアナは美味そうな獲物にしか見えない。
本人は隠そうとしているつもりかもしれないが、憂鬱な表情もため息もかえって王の征服欲をそそった。

ドレスに手をかければ、すべてをさらけ出してしまうデザインだと分かっているのだろうか。
王は舌なめずりしてルシアナを眺めた。
嫌がって泣けばまたそれは一興だ。すでに手の内に落ちているのだから、夫の存在をアピールしても無駄というもの。
誰が子猫が爪を立てたと言って腹を立てるのだ、
ルシアナなど獅子の前に引きずり出された弱々しい子猫一匹にすぎない。

(ただ、めったにいないほど毛並みのいい雌猫だ。閨ではどう泣くのかな)

王の口元がゆがんだ。

「失礼いたします」

ルシアナは可能な限り距離を取って、腕を精一杯伸ばしゴブレットにワインを注ごうとした。

「おっと」

王がわざとゴブレットを横にずらし、デキャンタの注ぎ口からワインがこぼれ落ちた。

「えっ!」

部屋にいた全員が息を飲んだ。
かつて、王の膝にワインをこぼした女官は激しく叱責を受けたのち、折檻され命を落とした。
ルシアナは慌ててデキャンタの注ぎ口を上に向けたが、ときすでに遅し。目の間で、王の白いズボンにワインの赤いシミが広がっていった。

「無礼者!」

低く迫力のある王の声とともに、護衛たちがまた剣を抜き、何本もの剣の切っ先がルシアナに突きつけられた。

「も、申し訳ございません・・・」

剣があるので、床にひれ伏すこともできず、直立のままルシアナは震え上がった。
やっぱり、ここまでか。

「申し訳・・・ございません。ご無礼を・・・」

声が震え、ぽろりと涙が一粒こぼれ落ちた。
殺すなら、どうか、ひと思いに殺してほしい。


************************
(3月1日 17時)
加筆し、更新しました。


(2月29日 23時40分)
すみません。今日はバタバタしていて、予定したところまで書き上がりませんでした。あす、続きを投稿いたします。
おまたせして申し訳ありません。

そして、今日がおまつりの最終日でした。最終日までには終わる予定だったのですが、少しはみ出してしまいました。それほど長くはなりません。
よろしければお付き合いください。

それでは、恋愛小説大賞の期間中応援いただきましてありがとうございました。
またよろしくお願いします。

藍音

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