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第十七話 婚姻
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目を三角にして使用人たちに激を飛ばすマリアンヌ夫人の横で、ルシアナは着せ替え人形となって婚礼にふさわしそうな衣装を何枚も着替え続けた。
「ああ!もう!娘は勝手に嫁入りしちゃうし、せっかくきた嫁は明日には結婚式だなんて!!もっとレースやリボンでふんだんに飾ってあげたかったわ。きっと可愛かったに違いないのに!!」
嘆きながらも素早くルシアナの衣装をチェックし、十着以上試した結果、最初に着たマリアンヌ夫人の婚礼衣装に決まった。
ただ、マリアンヌよりもルシアナのほうが胸が大きくウエストが細いので、直しが必要だった。
「胸元には宝石を飾りましょう!金糸を織り込んだ素敵なレースがあるのよ。ディライト産の・・・」
聖女の実家は絹を特産にしていることで知られている。品質も良い上聖女の実家ということもあり、価値は右肩上がりだ。
「聖女様のご実家ゆかりのレースなんて、ありがたいことです」
ルシアナが微笑むと、「やっぱりやめましょ!」とマリアンヌは提案を引っ込めた。
「だって、私だったら気分が良くないわ」
「奥様・・・」
「ちょっと、あなた。いつまで私を奥様と呼ぶつもり?」
「申し訳ありません、侯爵夫人」
「他人行儀になってどうするのよ!あなたは私の娘になるのよ?お母様とよんでいただけないかしら・・・?」
ルシアナは目をパチクリさせてマリアンヌを見た。
照れくさそうなマリアンヌの顔には悪意は感じられない。でも・・・この地に来たときに、相当嫌っていたのに・・・
「だって、あなたを知らなかったんだもの」
マリアンヌは気まずそうに言った。
「聖女様はとてもかわいい人だし・・・この地の恩人でもあるし・・・何度も倒れながら湖を浄化してくださったのよ?それに・・・息子の嫁になってくれないかなー?とちょっとだけ期待しちゃったのよ。本人たちには全然そんな気はなかったけど」
「・・・そうですか」
目の奥がちくちくと痛い。泣かないように気をつけないと。
「勘違いしないで。ケイレブがあなたを見る目は他の誰を見る目ともちがう。なぜかはわからないけど・・・強制されたにしては、おかしなほど、浮かれていたわよね?」
「どうなんでしょう」
そこまでケイレブのことを知らない。
「でも・・・きっとこれから分かるようになりたいと思います」
「ふふ」マリアンヌがほほえんだ。「あなた、ケイレブのことが好きなのね?」
「えっ?」ルシアナは慌てて否定しようとしたが、言葉を飲み込んだ。だって、それは嘘になってしまうから。みるみる間に頬が赤く染まってきた。
「へぇ・・・王家に押し付けられたにしては・・・いえ、いまのは失言よ。忘れてちょうだい」
ルシアナの目が曇り、マリアンヌは自分の頭を殴りつけたくなった。
「ランドール様・・・いえ、ケイレブ様は私を守ると約束してくださいました。私にはそれだけで・・・」
「ああ、ごめんなさい」マリアンヌはルシアナを抱きしめた。「悪気はないの。本当よ。辺境で粗野な男たちを相手にしていると、どんどん雑になってしまって・・・ね?ルシアナ。ケイレブが目を剥くほどきれいになっちゃいましょう?お詫びと言ってはなんだけど、精一杯あなたを飾り立てるわ!」
*******************
その成果は、翌日存分に発揮された。
真紅の絹に金糸の縫い取りをしたガウンと絹のシュミーズ。縁取りにはブルーグレーの毛皮が繊細に飾られ、さらに金の組紐細工が施されていた。胸元にはサファイヤとダイヤが飾られ、ディライト産の薄絹をベールにまとったルシアナは、絵の中から抜け出してきたように美しかった。
ケイレブは鋼鉄の鎧に藍に金糸で縁取りをしたベルベットのマントを身に着け、濃い金髪を後ろに流していた。
ルシアナを見た瞬間にその瞳が、ぱっと輝いた。
祭壇の前に立つとすぐに儀式が始まった。厳かな神父の声、そして誓いの言葉。
少し離れて立つケイレブの気配を感じるたび、胸がどきどきする。
ステンドグラスが教会の中を赤や青など色鮮やかに照らし、神々しい空気の中にも晴れやかさがあった。
ルシアナの指に指輪をはめ、骨太な手が細い腰を引き寄せ、そっとキスをした。
その見た目とは正反対な優しいキスに心臓が飛び出してしまいそうだ。
思わずケイレブの胸にしがみつくと、ケイレブの手に力がはいり、気づけば神父がなんども咳払いをしていた。
「若殿~~!まだはやすぎますよ~~!!」
冷やかしの声にルシアナは真っ赤になったが、ケイレブはうれしそうにルシアナを抱き上げた。
「うらやましいか!俺の妻は世界で一番美しい!」
誇らしげな言葉に胸が踊る。
本当にそう思っていてくれたら・・・十分の一でも本気で考えてくれていたら、うれしい。
ルシアナが赤く染まった頬をケイレブの肩に埋めると、ケイレブは大声で宣言した。
「ルシアナ・コンラッドは俺の妻だ。これから、妻を侮辱するものがいれば地の果てまで追いかけていって、その責任を果たさせてやる。覚えておけ!」
「おお!」騎士たちが勢いよく剣を地に打ち鳴らした。
「さあ!婚礼の宴だ。明日は朝早いぞ!」
花嫁の席につき、周りを見回すと皆うれしそうに笑いはしゃいでいた。
ここに初めて来た日とは大違いだ。
誰もルシアナの世話をしてくれず、夕食の席ではひそひそと陰口を叩かれた。
「若殿と若奥様のご結婚をお祝いして乾杯!」
ビルが大きな声で音頭をとると、全員が唱和し、ゴブレットを打ち鳴らした。
肉や野菜、チーズやパンがのった金色の盆が次々に運び込まれてくる。手の込んだ料理や美しく飾り立てた菓子もテーブルから溢れんばかりに並べられ、騎士たちの歓声と笑い声、そして旅芸人たちの奏でる楽器の音が聞こえている。
ケイレブはルシアナに鶏の柔らかな胸肉を取り分けた。
「疲れただろう?母上の着せ替え人形になったと聞いた」
「いえ、そんな。でも、正直、やっぱり少しだけ疲れました」
「そうか。もうすぐ部下が芸人の楽器に合わせて踊りだす。皆の注意がそっちに向いたら退出するといい」
「え?」私一人で?とルシアナが首をかしげると、「花嫁が恥ずかしくないようにと、いう意味さ」
目をぱちくりしてケイレブを見つめ、突然その意味を悟った。
「は、はい・・・わかりました」真っ赤になって顔を伏せると、ケイレブはつい手を伸ばしたくなる自分に気づき、慌てて拳を握りしめた。
「タイミングをみてなるべく早く行くから」
耳元で囁かれた言葉になぜか色を感じ、背中がぞくぞくした。
気がつけば、目の前でケイレブの部下の騎士たちが、音楽に合わせてふざけて踊り初めていた。
ルシアナがそっと席を立つと、ケイレブが新妻の背を優しくなで、すぐ行くと伝えてきた。
どうしようもないほど怖い。
でも、それ以上に胸が期待でうずいていた。
************************
お読みいただきありがとうございます。
2月17日は予定が入っているので、更新ができないかもしれません。
その時はごめんなさい。翌日からは必ず再開します。
「ああ!もう!娘は勝手に嫁入りしちゃうし、せっかくきた嫁は明日には結婚式だなんて!!もっとレースやリボンでふんだんに飾ってあげたかったわ。きっと可愛かったに違いないのに!!」
嘆きながらも素早くルシアナの衣装をチェックし、十着以上試した結果、最初に着たマリアンヌ夫人の婚礼衣装に決まった。
ただ、マリアンヌよりもルシアナのほうが胸が大きくウエストが細いので、直しが必要だった。
「胸元には宝石を飾りましょう!金糸を織り込んだ素敵なレースがあるのよ。ディライト産の・・・」
聖女の実家は絹を特産にしていることで知られている。品質も良い上聖女の実家ということもあり、価値は右肩上がりだ。
「聖女様のご実家ゆかりのレースなんて、ありがたいことです」
ルシアナが微笑むと、「やっぱりやめましょ!」とマリアンヌは提案を引っ込めた。
「だって、私だったら気分が良くないわ」
「奥様・・・」
「ちょっと、あなた。いつまで私を奥様と呼ぶつもり?」
「申し訳ありません、侯爵夫人」
「他人行儀になってどうするのよ!あなたは私の娘になるのよ?お母様とよんでいただけないかしら・・・?」
ルシアナは目をパチクリさせてマリアンヌを見た。
照れくさそうなマリアンヌの顔には悪意は感じられない。でも・・・この地に来たときに、相当嫌っていたのに・・・
「だって、あなたを知らなかったんだもの」
マリアンヌは気まずそうに言った。
「聖女様はとてもかわいい人だし・・・この地の恩人でもあるし・・・何度も倒れながら湖を浄化してくださったのよ?それに・・・息子の嫁になってくれないかなー?とちょっとだけ期待しちゃったのよ。本人たちには全然そんな気はなかったけど」
「・・・そうですか」
目の奥がちくちくと痛い。泣かないように気をつけないと。
「勘違いしないで。ケイレブがあなたを見る目は他の誰を見る目ともちがう。なぜかはわからないけど・・・強制されたにしては、おかしなほど、浮かれていたわよね?」
「どうなんでしょう」
そこまでケイレブのことを知らない。
「でも・・・きっとこれから分かるようになりたいと思います」
「ふふ」マリアンヌがほほえんだ。「あなた、ケイレブのことが好きなのね?」
「えっ?」ルシアナは慌てて否定しようとしたが、言葉を飲み込んだ。だって、それは嘘になってしまうから。みるみる間に頬が赤く染まってきた。
「へぇ・・・王家に押し付けられたにしては・・・いえ、いまのは失言よ。忘れてちょうだい」
ルシアナの目が曇り、マリアンヌは自分の頭を殴りつけたくなった。
「ランドール様・・・いえ、ケイレブ様は私を守ると約束してくださいました。私にはそれだけで・・・」
「ああ、ごめんなさい」マリアンヌはルシアナを抱きしめた。「悪気はないの。本当よ。辺境で粗野な男たちを相手にしていると、どんどん雑になってしまって・・・ね?ルシアナ。ケイレブが目を剥くほどきれいになっちゃいましょう?お詫びと言ってはなんだけど、精一杯あなたを飾り立てるわ!」
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その成果は、翌日存分に発揮された。
真紅の絹に金糸の縫い取りをしたガウンと絹のシュミーズ。縁取りにはブルーグレーの毛皮が繊細に飾られ、さらに金の組紐細工が施されていた。胸元にはサファイヤとダイヤが飾られ、ディライト産の薄絹をベールにまとったルシアナは、絵の中から抜け出してきたように美しかった。
ケイレブは鋼鉄の鎧に藍に金糸で縁取りをしたベルベットのマントを身に着け、濃い金髪を後ろに流していた。
ルシアナを見た瞬間にその瞳が、ぱっと輝いた。
祭壇の前に立つとすぐに儀式が始まった。厳かな神父の声、そして誓いの言葉。
少し離れて立つケイレブの気配を感じるたび、胸がどきどきする。
ステンドグラスが教会の中を赤や青など色鮮やかに照らし、神々しい空気の中にも晴れやかさがあった。
ルシアナの指に指輪をはめ、骨太な手が細い腰を引き寄せ、そっとキスをした。
その見た目とは正反対な優しいキスに心臓が飛び出してしまいそうだ。
思わずケイレブの胸にしがみつくと、ケイレブの手に力がはいり、気づけば神父がなんども咳払いをしていた。
「若殿~~!まだはやすぎますよ~~!!」
冷やかしの声にルシアナは真っ赤になったが、ケイレブはうれしそうにルシアナを抱き上げた。
「うらやましいか!俺の妻は世界で一番美しい!」
誇らしげな言葉に胸が踊る。
本当にそう思っていてくれたら・・・十分の一でも本気で考えてくれていたら、うれしい。
ルシアナが赤く染まった頬をケイレブの肩に埋めると、ケイレブは大声で宣言した。
「ルシアナ・コンラッドは俺の妻だ。これから、妻を侮辱するものがいれば地の果てまで追いかけていって、その責任を果たさせてやる。覚えておけ!」
「おお!」騎士たちが勢いよく剣を地に打ち鳴らした。
「さあ!婚礼の宴だ。明日は朝早いぞ!」
花嫁の席につき、周りを見回すと皆うれしそうに笑いはしゃいでいた。
ここに初めて来た日とは大違いだ。
誰もルシアナの世話をしてくれず、夕食の席ではひそひそと陰口を叩かれた。
「若殿と若奥様のご結婚をお祝いして乾杯!」
ビルが大きな声で音頭をとると、全員が唱和し、ゴブレットを打ち鳴らした。
肉や野菜、チーズやパンがのった金色の盆が次々に運び込まれてくる。手の込んだ料理や美しく飾り立てた菓子もテーブルから溢れんばかりに並べられ、騎士たちの歓声と笑い声、そして旅芸人たちの奏でる楽器の音が聞こえている。
ケイレブはルシアナに鶏の柔らかな胸肉を取り分けた。
「疲れただろう?母上の着せ替え人形になったと聞いた」
「いえ、そんな。でも、正直、やっぱり少しだけ疲れました」
「そうか。もうすぐ部下が芸人の楽器に合わせて踊りだす。皆の注意がそっちに向いたら退出するといい」
「え?」私一人で?とルシアナが首をかしげると、「花嫁が恥ずかしくないようにと、いう意味さ」
目をぱちくりしてケイレブを見つめ、突然その意味を悟った。
「は、はい・・・わかりました」真っ赤になって顔を伏せると、ケイレブはつい手を伸ばしたくなる自分に気づき、慌てて拳を握りしめた。
「タイミングをみてなるべく早く行くから」
耳元で囁かれた言葉になぜか色を感じ、背中がぞくぞくした。
気がつけば、目の前でケイレブの部下の騎士たちが、音楽に合わせてふざけて踊り初めていた。
ルシアナがそっと席を立つと、ケイレブが新妻の背を優しくなで、すぐ行くと伝えてきた。
どうしようもないほど怖い。
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