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第十四話 王家からの使者

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「ルシアナ!久しぶりだな!」
「ジェフリー兄様!?」

王家からの使者ジェフリー・グレイはルシアナの親戚筋の男だった。アドランテ家の血筋ではあるが、身分もそれほど高くなく、縁が薄いため処罰を受けなかった。昔から頭が良く、ルシアナに外国語を教えていたこともあった。10歳ほど離れていたが、童顔だったし、おじさん呼ばわりは可愛そうだと母に言われ、「お兄様」と呼んで慕っていた。

「遅かったな、まあ、座りなさい」

侯爵に声をかけられ、ルシアナは慌ててケイレブの腕の中からおろしてもらった。
だが、不自然に両手を頬に当てた姿に、侯爵も夫人もジェフリーも、首をかしげた。

「ルシアナ・・・?」
侯爵夫人がそっとルシアナの手をとり、腫れ上がった頬に息を飲んだ。
ルシアナの頬は時間がたったため内出血が進み、痛々しい紫色に変わっていた。

「な・・・まさか、ケイレブ?」
「ち、ちがいます!」
「まさか!」

ルシアナとケイレブが同時に叫んだ。

「あの、転んでしまって・・・」

目を伏せたルシアナを侯爵夫人は複雑な気分で見下ろした。どうも、この間から悪女を憎む気持ちが薄れてしまって困る。古い衣服を届けさせれば、丁寧に礼を言う。使用人たちに対する態度も丁重だし、食事の食べ方もきれいだ。なにかをねだるようなことも言ったことがない。新しく衣装をあつらえようとしても頑として固辞した。
まるで、この地を去ることを決めている人のように。
図々しく侯爵家に入り込もうとしたにしては、おかしなほど控えめだった。

「転んだ?」
「前を見ていなかったものですから」
「そう」

夫人は壁際に立つ使用人に合図して、氷水とリネンを持ってこさせた。
リネンに水を含ませそっとルシアナの頬に触れると、ひゅっと小さく息を飲んだ。

「かわいそうに・・・でも、ケイレブではないわね。ケイレブならこんな程度じゃすまなかったでしょうから」
「母上!あんまりです」ケイレブが情けない声を出した。
「本当にちがいます。ちがうんです・・・」

うつむいたルシアナの肩を抱き、元気を出せと揺らしてやる。
ルシアナは、ありがとうと小さく微笑んだ。

「一体どういうことですか」

ジェフリーがいらただしげに腕を組んだ。

「ルシアナは王命でこの地に来たんですよ?結婚が決まるまでは、いわば王家の客人です。結婚する気がないのならさっさと王都に返し、結婚するならさっさと報告するのが筋でしょう」
「申し訳ない。ルシアナがこの地に慣れるまではと思ってな」

侯爵が口を開くが、ジェフリーは引かなかった。

「慣れるとはいつのことですか?王都で大切に育てられたルシアナのような女性が、こんな厳しい土地に慣れるわけがないでしょう?さっさとルシアナを王都に返してください。もう恩赦を受け、もとの令嬢に戻れるのです。結婚相手だって引く手あまたなんですよ」
「それは、本当なの?ジェフリー兄様?」
「もちろんだよ。アドランテ公爵家とまではいかないが、私だって君を支援する気持ちはある。これほどの女性を辺境で腐らせておくなど、国家の損失だ」
「まあ」侯爵夫人が呆れ顔でぐるりを目を回した。
「ルシアナ」ジェフリーがルシアナの手の甲にキスを落とす。「戻っておいで」
「兄様・・・」
「おわかりになりましたね?この地は聖女への信奉が厚いと聞いています。ルシアナの居場所はないでしょう。であれば一日も早く・・・」

「いや、黙って聞いてれば。お前はルシアナ嬢の何だ」

ケイレブが唸るような声を出し、ジェフリーはぴくりと肩を揺らした。

「わ、私はルシアナの親戚筋のものですが、幼い頃から外国語を教えていたんです。よく見知った仲ですし、ルシアナは王太子妃になることは決まっていましたから・・・」
「で?だから何だ。王太子妃にならないのなら、お前のものだとでも?ルシアナ嬢は王家の指示により、辺境にいらっしゃった。お前が邪魔をしていい話じゃない」
「なんと・・・」ジェフリーは眉をしかめた。「王家の使者に対して、無礼ですよ」
「なにが王家の使者だ。ルシアナ嬢を我が物にしようとしているのが見え見えだ。ルシアナ嬢、いいですか」
ケイレブはルシアナに向き合った。
「王ですら、あなたに結婚を強要できない。だから、辺境に来て、私と会って結婚するかどうかを決めるように指示されたはずだ。俺はあなたを急かすつもりはなかったが・・・こうなってくると話がちがってくるな」

「王家はルシアナに持参金を付けたのか?」

戸口から声が聞こえ、オーブリーが部屋に入ってきた。

「アドランテ家の財産は、ほんの僅かな財産以外はすべて王家が召し上げたはずだ。俺達は一文ももらえずに追い払われた。王家がルシアナに持参金を付けたなら、ルシアナは俺に財産を分ける義務がある」
「おいおい」
「そんな義務などない」
ケイレブとジェフリーが同時に反論した。
「ジェフリー兄さん?あんた昔からルシアナに熱を上げてただろう?王太子相手じゃ分が悪いって諦めていたくせに、ルシアナがフリーになったから早速追いかけてきたのか?王家の使者には自分から名乗りを上げたんだろ?ちがうか?」
「オーブリー」
なだめるようなジェフリーの声は、オーブリーの言い分が間違っていないと伝えていた。
「辺境の民はルシアナを嫌っているのに、侯爵がすぐに追い出さないのは理由があるんだろう?持参金はいくらだ?」

ガウデン侯爵が居心地悪そうにそっぽを向き、夫人はきょとんとジェフリーを見ている。
ケイレブは無言で目を伏せた。

「俺は親族だ。公爵家から一文無しで放り出されたんだ。聞く権利はある。あの王家はルシアナにいくら慰謝料を払うつもりなのかって聞いてるんだよ!」
「お兄様はお仕事を・・・」
「うるさい、黙れ!お前になにがわかる!」オーブリーがルシアナを怒鳴りつけ、ケイレブが拳を握りしめた。
ギラリと目が光り、獲物を狙う鷹のような視線になっているのに、オーブリーは口角から泡をふいてジェフリーとルシアナを責め立てていた。
「言っておくが、ルシアナの持参金に対して、お前はなんの権利もない。結婚すれば夫の財産になるし、結婚しなければ王家のものだ。だからなにも期待するな」ジェフリーが穏やかに諭しても、オーブリーは聞く耳を持たない。
「なにをよこしたんだ?王家はなにをよこしたのか、教えてくれ」
「・・・ダイヤモンド鉱山だ」
「は?まさか・・・クタールにある、鉱山?」
「そうだ」
「ははははははは!!」
オーブリーが突然笑い出した。
狂気のような笑い声に全員が戸惑って顔を見合わせる。

「はははははは!やっぱりな、そんなところだと思ったよ」

オーブリーは涙を拭きながら部屋にいる一同を見回した。どいつもこいつも、間抜けばかりだ!
ただ、ルシアナだけが平然としている。やっぱり、こいつは虫が好かない。いつも、女だからと特別あつかいされて妬ましかった。

「教えてやるよ。王家が持参金につけるって言ってるのは、廃鉱山だよ。ダイヤモンドなんてこの10年かけらも出ていない。バカバカしい!ダイヤモンド鉱山に引かれて文無しの女を押し付けられてるんだよ!」




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