敗北した悪役令嬢ですが、しあわせをつかめるのでしょうか。

藍音

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第一話 厳しい現実

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国境の川を渡ると、がらりと空気が変わった。
道に落ちている石の感触がそのまま背中に伝わる。無骨な馬車の振動は、骨をきしませ、ルシアナは自分を慰めるように、腰をなでた。
(きっと、もう少しがまんすれば目的に着くはず。もう少し、もう少し・・・)
だが、考えすぎて「もう少し」がどのぐらいなのか、自分でもわからなくなってしまった。

窓枠に近づき、指先に力をこめて、外を覗こうと明り取りの窓を開こうとしたが、湿気を含んだ木の扉は固く閉まったままびくともしない。
ルシアナはためいきとともに自分の指先を見つめた。
指先にはいったひびも、手入れの行き届かない爪もすべて今の自分の置かれた立場を物語っている。
自分は、もう尊敬を集める令嬢でも、王妃候補と謳われた国一番のレディでもない。

「負けるもんか」

どこかからその思いが浮かび、それに気が付くとうっすらと涙がにじんだ。
馬車は荷馬車に申し訳程度に屋根がついた粗悪な代物で、とてもレディが乗るようなものではない。

ルシアナは、聖女を害した存在として、2年間修道院でこき使われてきた。皆が敬愛する聖女の敵に回った令嬢の居場所など、この国にはない。だが、静かに贖罪の日々を送り、目立たず息を殺して日々を過ごしてきたことで、今回、王太子の結婚を契機に恩赦が与えられた。
修道院を出てもいいし、どこへなりとも好きに行くように、と。
ただ、すでに実家は取り潰され、行くところはない。何よりも、先立つものがない。
自分を助けてくれるのは、皮肉にも、修道院で身につけた生きるためのすべだった。
掃除も、料理も、薬草を使った治療も、何もかも修道院でときには当たり散らされながら覚えた技術だ。
完璧なマナーも、令嬢としてつちかってきた社交術や人間関係も、今となってはすべてが無駄だった。

辺境を守るガウデン侯爵は聖女の最も熱烈な支持者として知られている。そして、その息子のランドール伯爵は、ルシアナや実家が差し向けた刺客から聖女を守り抜き、無傷で王都まで送り届けた。彼のことを、人は「聖女の盾」と呼んだ。どう考えても、ルシアナとランドール伯は縁がない。むしろ逆だ。
だが、恩赦が与えられたルシアナに与えられた唯一の選択肢は、ランドール伯との結婚だった。そしていま、迎えに来た馬車で辺境に向かっている。

どんどんと愛想のないノックの音が響き、外側から明り取りの窓が開けられた。
護衛騎士が、さきほどルシアナが窓を揺らしたことに気がついたんだろう。
急に光が差し込み、暗い馬車の中にいたルシアナはまぶしさに目を細め、左手で顔の前に影を作った。

「何ですか」

愛想のない騎士がぶっきらぼうに声をかけた。「ランドール伯の代理で迎えに来た」と名乗った騎士は、いつも必要最低限しか話さない。面倒臭そうに眉をしかめ、ルシアナをちらりと見ると、鼻を鳴らした。

「いえ、その・・・あと、どのくらいかしら?もう何日も馬車に乗っているし・・・」
「まだ、たったの4日でしょ。あと3日はかかりますよ。馬車は騎馬よりも移動に時間がかかるんです」

ルシアナの乗っている馬車もどきのせいで時間がかかると言わんばかりの口調に、思わず視線を伏せる。

「・・・ありがとうございます・・・」

小声で答えたが、最後まで言い切らないうちに、明かり取りの窓がピシャリと閉められた。
小さくため息をつき、目を閉じる。
思っていたよりも遥かに辺境は遠い。
隣国との境にあり、王家の配下、というよりは同盟国家の立ち位置にある一族が、なぜルシアナとの見合いに同意したのかわからない。まあ、結婚はないだろう。でも、見合いに行って断られれば、言い訳もできる。
それに・・・
そう自分に言い聞かせ、ガタゴト揺れる馬車の振動に耐えた。
あと3日・・・あと3日・・・長い。


********************

3日後、ようやくガウデン候の居城にたどり着いた。
腰も背中も痛い。
でも、それ以上に誰とも話せない日々が辛かった。無愛想な騎士は、迷惑そうにちらりと見るだけ。
人間らしい会話に飢えていた。

跳ね橋をわたり、子どもたちの笑い声が聞こえてくると、つい話がしたくなり、馬車の天井を叩いた。
「なんですか」
「子どもたちと話してはだめ?」
「だめに決まってるでしょう」
「なぜ」
「だってあなたは・・・」
困った様子の騎士の後ろから誰かが大きな声ではやしたてた。
「悪女だ!」
「聖女様の敵だ!」
「あーくやく!あーくやく!」

声とともに石が投げられ、馬車に当たって鈍い音を立てた。

「こら!無礼者!」

騎士が石が飛んできた方向に向かって怒鳴りつけると、子どもたちが甲高い叫び声を上げて逃げていった。
2年間、修道院で暮らしていたときには、気にいらないとこづかれることも、叩かれることもあった。
だが、見知らぬ人に石を投げられたことはなかった。

「公爵閣下のお客人に石を投げるとは!こどもでも容赦せんぞ!」

陽気に叫びながら逃げていく子どもたちを諫める声が響く。
ルシアナは唇をかみ、そして笑顔を貼り付けた。

「こどもですもの。それに・・・」仕方がないことだから。言葉を飲みこみ首をふる。
「早くお城にうかがいましょう。足止めするようなことをして申し訳なかったわ」

かつて、公爵令嬢だったとき、孤児院に慰問に行くと、子どもたちはルシアナにまとわりつき、離れなかった。
自分が好かれているのだと、慕われているのだと思っていた。単に公爵令嬢、という身分が魅了していただけだったのに。



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