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9 自転車置き場
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終礼のチャイムがなり、やっと帰れる。
今日はいろいろなことがありすぎて、疲れた。
私は日直の声に合わせて礼をして、ほっと息をついた。
「ミナ、じゃあね」
別の友達と連れだったユカに声をかけられた。
ユカは今日から吹奏楽部に仮入部だって言ってたっけ。
私は、本当はテニス部に入りたかったんだけど、数年前に廃部になったそうだ。
少子化の影響で生徒数が減って、あちこちで部活が成り立たなくなっている。
友達の中には、この学校にはない部活がやりたいから違う学校に行くって子もいたけど、そこまでじゃないし。
わざわざ2倍も時間をかけて別の学校に行くほどやりたいわけじゃない。
のろのろと机の中を見回して、忘れ物がないかチェックしてからカバンを掴んだ。
一人は寂しいけど、これから毎日こうなるのかな。
ユカと一緒に吹奏楽部、は違う気もするし。
帰るために階段に向かうと、男の先生が踏み台に乗って時計の電池を交換しようとしていた。
この先生は、以前学年主任をやっていた時に、モンスターペアレンツにいじめられて精神を病んだって言われている。
3年ほど休んで復職した中年の先生は、授業も持たず、たまに数学の補助で入ったり、雑用をこなしたりしていた。
ということは、数学の先生なのかな?いや、確か、理科の実験でも補助に入っていたから、どっちなのかはわからない。もしかしたら両方ってこともあるのかな?
私が「さようなら」と挨拶すると、先生は顔をあげた。
「はい、さようなら」そう返事をしてくれた先生は、髪は乱れて油っぽくて根元から毛がまとまってるし、目はうつろだし、ジャージも薄汚れていた。何よりも近くを通ると垢じみたおじさんの匂いがした。
うわ、キモい。そう思ったけど、そういうことは言っちゃいけませんって大人は言う。
きちんと身だしなみを整えるのも、マナーじゃないのと言い返したくなるけど、私は黙って頭を下げて通り過ぎた。
ただ、通り過ぎる時に、先生がにたりと笑顔を作って歯の欠けた口の中が見えた。
(歯は、きちんと磨こう)
そう思いながら階段を駆け下りると、大きな鏡があった。
階段にあるこの大きな鏡ってなんのためにあるんだろう。
不気味だ。
下の方に、「◯◯工務店謹呈」って書いてある。
どこだか知らないけど、そのはげかけた金色の社名が妙に不思議な気がした。
しゅしゅしゅしゅしゅ
小さな音が聞こえたような気がする。
振り返ると、ピタリと何かが止まった。え、何?気のせい?
また前を向くと、「しゅしゅしゅしゅ」とかすかな音が聞こえる。
もう一回振り返ると、その違和感の正体に気が付いた。
あの、天井にあった、手のひらみたいな汚れの跡。位置が下がってない?
まさかだよね。
だけど。
だけどやっぱり、天井にあった手のひらみたいな跡が窓枠の上に移動してない?
ゾッとした。
やっぱり、この学校、どこかおかしい。
私はぎゅっと目をつぶった。
だめだ、怖い。押し潰されそう。
勇気を出して目を開き、全速力で駆け出した。
このままいたら頭がおかしくなりそう。
猛ダッシュで駆け抜けると、「しゅしゅしゅ音」は気にならなくなった。
とにかく、早く帰るしかない。
自転車置き場に駆け込み、半ヘルを急いで被った。
半ヘルが懐かしくなる日が来るとは思いもよらなかった。
キー
相変わらず、私の自転車は、異音を立てている。
でも、もうどうでもいい。
とにかく、怖くて怖くてたまらない。理屈なんてない。
形のない、黒いものに追いかけられているような気がする。その黒いものに追いつかれたら、きっと、取り込まれてしまうに違いない。
ハンドルを強引に引き寄せ、無理やり自転車を引っ張り出そうとすると、ガシャン。
隣の自転車が倒れる無慈悲な音が聞こえた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン・・・
自転車はまるでドミノのように次から次に倒れ、そして、橋の自転車まで残さずに倒れると、急に耳が痛いほど静かになった。
(ああ、もう!)
倒した自転車は直さないと、何言われるかわからない。
諦めて、自分の自転車を置き場の外にそろそろと引きずり出し、戻って自転車を立て直すことにした。
ひとつ、ひとつ、今度は倒さないように慎重に起こしていく。
下校時間なのに、自転車置き場は静まり返り、誰も手伝ってくれる人はいなかった。
(まあ、自分がやったから仕方ないけどさ)
私は不運を嘆きながら、一つ一つ自転車を起こしていく。
自転車の金属音がコンクリートの壁に反響して冷たく響いた。
10台以上も自転車を立て直し、一番端まで来ると、コンクリートと地面の境目はなぜかほかの部分よりも暗いように見える。
いつのものかわからない破れた蜘蛛の巣が風になびき、埃と土の匂いがした。
早く帰ろう。
私は、手をはたいて埃を叩き落としながら、自分の自転車にまたがった。
相変わらず私の自転車は理由もなく、「キー」と音を立てた。
でも、もうどうでもいい。とにかく頭にあったのは早く帰ることだけだった。
今日はいろいろなことがありすぎて、疲れた。
私は日直の声に合わせて礼をして、ほっと息をついた。
「ミナ、じゃあね」
別の友達と連れだったユカに声をかけられた。
ユカは今日から吹奏楽部に仮入部だって言ってたっけ。
私は、本当はテニス部に入りたかったんだけど、数年前に廃部になったそうだ。
少子化の影響で生徒数が減って、あちこちで部活が成り立たなくなっている。
友達の中には、この学校にはない部活がやりたいから違う学校に行くって子もいたけど、そこまでじゃないし。
わざわざ2倍も時間をかけて別の学校に行くほどやりたいわけじゃない。
のろのろと机の中を見回して、忘れ物がないかチェックしてからカバンを掴んだ。
一人は寂しいけど、これから毎日こうなるのかな。
ユカと一緒に吹奏楽部、は違う気もするし。
帰るために階段に向かうと、男の先生が踏み台に乗って時計の電池を交換しようとしていた。
この先生は、以前学年主任をやっていた時に、モンスターペアレンツにいじめられて精神を病んだって言われている。
3年ほど休んで復職した中年の先生は、授業も持たず、たまに数学の補助で入ったり、雑用をこなしたりしていた。
ということは、数学の先生なのかな?いや、確か、理科の実験でも補助に入っていたから、どっちなのかはわからない。もしかしたら両方ってこともあるのかな?
私が「さようなら」と挨拶すると、先生は顔をあげた。
「はい、さようなら」そう返事をしてくれた先生は、髪は乱れて油っぽくて根元から毛がまとまってるし、目はうつろだし、ジャージも薄汚れていた。何よりも近くを通ると垢じみたおじさんの匂いがした。
うわ、キモい。そう思ったけど、そういうことは言っちゃいけませんって大人は言う。
きちんと身だしなみを整えるのも、マナーじゃないのと言い返したくなるけど、私は黙って頭を下げて通り過ぎた。
ただ、通り過ぎる時に、先生がにたりと笑顔を作って歯の欠けた口の中が見えた。
(歯は、きちんと磨こう)
そう思いながら階段を駆け下りると、大きな鏡があった。
階段にあるこの大きな鏡ってなんのためにあるんだろう。
不気味だ。
下の方に、「◯◯工務店謹呈」って書いてある。
どこだか知らないけど、そのはげかけた金色の社名が妙に不思議な気がした。
しゅしゅしゅしゅしゅ
小さな音が聞こえたような気がする。
振り返ると、ピタリと何かが止まった。え、何?気のせい?
また前を向くと、「しゅしゅしゅしゅ」とかすかな音が聞こえる。
もう一回振り返ると、その違和感の正体に気が付いた。
あの、天井にあった、手のひらみたいな汚れの跡。位置が下がってない?
まさかだよね。
だけど。
だけどやっぱり、天井にあった手のひらみたいな跡が窓枠の上に移動してない?
ゾッとした。
やっぱり、この学校、どこかおかしい。
私はぎゅっと目をつぶった。
だめだ、怖い。押し潰されそう。
勇気を出して目を開き、全速力で駆け出した。
このままいたら頭がおかしくなりそう。
猛ダッシュで駆け抜けると、「しゅしゅしゅ音」は気にならなくなった。
とにかく、早く帰るしかない。
自転車置き場に駆け込み、半ヘルを急いで被った。
半ヘルが懐かしくなる日が来るとは思いもよらなかった。
キー
相変わらず、私の自転車は、異音を立てている。
でも、もうどうでもいい。
とにかく、怖くて怖くてたまらない。理屈なんてない。
形のない、黒いものに追いかけられているような気がする。その黒いものに追いつかれたら、きっと、取り込まれてしまうに違いない。
ハンドルを強引に引き寄せ、無理やり自転車を引っ張り出そうとすると、ガシャン。
隣の自転車が倒れる無慈悲な音が聞こえた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン・・・
自転車はまるでドミノのように次から次に倒れ、そして、橋の自転車まで残さずに倒れると、急に耳が痛いほど静かになった。
(ああ、もう!)
倒した自転車は直さないと、何言われるかわからない。
諦めて、自分の自転車を置き場の外にそろそろと引きずり出し、戻って自転車を立て直すことにした。
ひとつ、ひとつ、今度は倒さないように慎重に起こしていく。
下校時間なのに、自転車置き場は静まり返り、誰も手伝ってくれる人はいなかった。
(まあ、自分がやったから仕方ないけどさ)
私は不運を嘆きながら、一つ一つ自転車を起こしていく。
自転車の金属音がコンクリートの壁に反響して冷たく響いた。
10台以上も自転車を立て直し、一番端まで来ると、コンクリートと地面の境目はなぜかほかの部分よりも暗いように見える。
いつのものかわからない破れた蜘蛛の巣が風になびき、埃と土の匂いがした。
早く帰ろう。
私は、手をはたいて埃を叩き落としながら、自分の自転車にまたがった。
相変わらず私の自転車は理由もなく、「キー」と音を立てた。
でも、もうどうでもいい。とにかく頭にあったのは早く帰ることだけだった。
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