19 / 25
19 こわれた先生
しおりを挟む
驚くほど流麗に奏でられる旋律に吸い寄せられるようにして音楽室に入った。
「失礼します」
声をかけても、見えるところに人はいない。譜面台のかげになり、演奏者の姿はちょうど見えないし、聞いているひともいないみたい。
ただ、音楽室の中、グランドピアノだけが、ありえないほどの美しい音楽を奏でている。
「あのぉ?」
この曲聞いたことある。
誰だったっけ?
ラ・・・ラ・・・なんとかさん。長くて忘れた。でも、CDで聞くのと生で聞くのは全然違う。
今なら作曲者の名前も一発で覚えられそうだ。
誰が弾いているのかと、グランドピアノの演奏者をのぞき込み、ゾッとした。
誰もいない。
そんなわけない、と演奏者側に近づくと、室内に目が慣れ、黒い人影が暗闇と同化していたせいで見えなかったことがわかった。
俯いて一心不乱にピアノを弾いているのは、男の人。
顔は見えないけど、どこかでみた覚えがある。
近くによると、嗅いだことのある、汗と垢の混じったようなにおいがした。
よく見ると、髪の毛が固まっているし、ヨレヨレのワイシャツには見覚えがある。
目の前でプロのピアニスト並みに上手にピアノを弾いているのは、モンスターペアレンツにいじめられて精神を病んだ、元学年主任の先生だった。
「先生・・・?」
まさか、という思いから思わず呟いてしまうと、演奏がピタリととまった。
先生は無言のまま顔を上げ、私を見て、そしてにたりと笑った。
前歯が一本欠けて三角にとがっているように見える。
先生の笑顔は・・・申し訳ないけど、気味が悪かった。
「どうした、山田?」
先生の言葉が滑るように室内に響いた。
「先生、あの・・・」
突然、私は言葉を失った。
だって、なんて言ったらいいの?
ここはどこですか?
私はなんでここにいるんですか?
先生は何をしているんですか?
どの言葉もまるでわたあめのように口にした瞬間に消えてなくなってしまいそうに頼りない。
「えっと、その・・・」
先生はくつくつと笑い出した。
「自分が何をしているのか知りたいのか?」
私は先生が何を言い出したのかと先生の顔をじっと見た。
「目が飛び出しそうなぐらい大きくなってるぞ?そんなに意外か?私はずっと生徒たちの様子を見ていたぞ」
先生のしわがれた声が空気を震わせた。
「とくに、お前のような生徒のことはな」
私みたいってどういう意味?
私が反抗するようにぐいっとあごを上げると、先生はまたのどの奥で笑った。
その笑いには、どこかバカにするようなひびきが含まれていた。
「不満ばかり。反抗ばかり。子供のくせにエラそうにしやがって。私のことを見下していただろう?」
「そ、そんな・・・」
そうでないとも言い切れない。
確かに、こころのどこかでは、心を病んだって先生のこと、バカにしていたのかもしれない。本当に少しだけど。でもほんとうはそれよりも、先生の不潔さとか、おどおどとした態度とか目つきが嫌いだったんだ。
「まあ、お前のようなクズでも、役には立つんだろう」
まるで独り言のようにいうと、先生は私に興味を失ったらしい。
「どういうことですか、先生?教えてください!」
そう言っても、先生は私の存在を忘れたかのように、またピアノに向かい、違う曲を弾き始めた。
先生の見た目と演奏のギャップがすごい。
でも、ここは感心している場合じゃない。
先生のさっきの言葉はどういう意味?
私のようなやつでも役にたつ?
何の役にたつ、いえ何かの立たせようとしてここにいるの?
一体、誰が?
「先生!」
叫ぶように呼びかけても、先生は無視して演奏を続けている。
もう一度声をかけようとして息を飲むと、「うるさいぞ」と抗議するような声がした。
その声は、音楽室の高いところから聞こえてきた。
だれか、いるの?でもなんとなく気味がわるい。
そうおもって こわごわと見上げると、そこにいたのは・・・
「べ、ベートーベン?」
ギロリと私を見下ろしてるのは、かの偉大なる作曲家、ベートーベンだった。
「失礼します」
声をかけても、見えるところに人はいない。譜面台のかげになり、演奏者の姿はちょうど見えないし、聞いているひともいないみたい。
ただ、音楽室の中、グランドピアノだけが、ありえないほどの美しい音楽を奏でている。
「あのぉ?」
この曲聞いたことある。
誰だったっけ?
ラ・・・ラ・・・なんとかさん。長くて忘れた。でも、CDで聞くのと生で聞くのは全然違う。
今なら作曲者の名前も一発で覚えられそうだ。
誰が弾いているのかと、グランドピアノの演奏者をのぞき込み、ゾッとした。
誰もいない。
そんなわけない、と演奏者側に近づくと、室内に目が慣れ、黒い人影が暗闇と同化していたせいで見えなかったことがわかった。
俯いて一心不乱にピアノを弾いているのは、男の人。
顔は見えないけど、どこかでみた覚えがある。
近くによると、嗅いだことのある、汗と垢の混じったようなにおいがした。
よく見ると、髪の毛が固まっているし、ヨレヨレのワイシャツには見覚えがある。
目の前でプロのピアニスト並みに上手にピアノを弾いているのは、モンスターペアレンツにいじめられて精神を病んだ、元学年主任の先生だった。
「先生・・・?」
まさか、という思いから思わず呟いてしまうと、演奏がピタリととまった。
先生は無言のまま顔を上げ、私を見て、そしてにたりと笑った。
前歯が一本欠けて三角にとがっているように見える。
先生の笑顔は・・・申し訳ないけど、気味が悪かった。
「どうした、山田?」
先生の言葉が滑るように室内に響いた。
「先生、あの・・・」
突然、私は言葉を失った。
だって、なんて言ったらいいの?
ここはどこですか?
私はなんでここにいるんですか?
先生は何をしているんですか?
どの言葉もまるでわたあめのように口にした瞬間に消えてなくなってしまいそうに頼りない。
「えっと、その・・・」
先生はくつくつと笑い出した。
「自分が何をしているのか知りたいのか?」
私は先生が何を言い出したのかと先生の顔をじっと見た。
「目が飛び出しそうなぐらい大きくなってるぞ?そんなに意外か?私はずっと生徒たちの様子を見ていたぞ」
先生のしわがれた声が空気を震わせた。
「とくに、お前のような生徒のことはな」
私みたいってどういう意味?
私が反抗するようにぐいっとあごを上げると、先生はまたのどの奥で笑った。
その笑いには、どこかバカにするようなひびきが含まれていた。
「不満ばかり。反抗ばかり。子供のくせにエラそうにしやがって。私のことを見下していただろう?」
「そ、そんな・・・」
そうでないとも言い切れない。
確かに、こころのどこかでは、心を病んだって先生のこと、バカにしていたのかもしれない。本当に少しだけど。でもほんとうはそれよりも、先生の不潔さとか、おどおどとした態度とか目つきが嫌いだったんだ。
「まあ、お前のようなクズでも、役には立つんだろう」
まるで独り言のようにいうと、先生は私に興味を失ったらしい。
「どういうことですか、先生?教えてください!」
そう言っても、先生は私の存在を忘れたかのように、またピアノに向かい、違う曲を弾き始めた。
先生の見た目と演奏のギャップがすごい。
でも、ここは感心している場合じゃない。
先生のさっきの言葉はどういう意味?
私のようなやつでも役にたつ?
何の役にたつ、いえ何かの立たせようとしてここにいるの?
一体、誰が?
「先生!」
叫ぶように呼びかけても、先生は無視して演奏を続けている。
もう一度声をかけようとして息を飲むと、「うるさいぞ」と抗議するような声がした。
その声は、音楽室の高いところから聞こえてきた。
だれか、いるの?でもなんとなく気味がわるい。
そうおもって こわごわと見上げると、そこにいたのは・・・
「べ、ベートーベン?」
ギロリと私を見下ろしてるのは、かの偉大なる作曲家、ベートーベンだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結済】ダークサイドストーリー〜4つの物語〜
野花マリオ
ホラー
この4つの物語は4つの連なる視点があるホラーストーリーです。
内容は不条理モノですがオムニバス形式でありどの物語から読んでも大丈夫です。この物語が読むと読者が取り憑かれて繰り返し読んでいる恐怖を導かれるように……
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。


ナガヤマをさがせ~生徒会のいちばん長い日~
彩条あきら
ミステリー
中学生徒会を主役に、行方不明の生徒会長を探し回るミステリー短編小説。
完全無欠の生徒会長ナガヤマ・ユウイチがある日、行方不明になった!彼が保管する文化祭実行のための重要書類を求め、スバルたち彩玉学園中学生徒会メンバーは学校中を探し始める。メンバーたちに焦りが募る中、完璧と思われていた生徒会長ナガヤマの、知られざる側面が明らかになっていく…。
※別サイトの企画に出していた作品を転載したものです※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる