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後日譚〜あれから〜

50 【リュカ】エピローグ8 ー続編最終話ー

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「残念ながら本気だな。ヴィクトルとリュシーが結婚してくれれば私たちの子が、私たちの恋を成就してくれたような気になるのではと思ったこともあったが・・・もう必要ないだろう?」

ああ、そうだ。そうなんだ。

「そうだよね・・・俺たちの恋は、成就したんだよね。だから、子どもに期待をたくす必要もない。そういう意味でしょう?」

兄さんが静かにうなずいた。

「私の腕の中に、自らの意志でお前がいてくれる。それだけで、十分だ」
「でも、裏切ったら、殺すんでしょ?」
「当然」
「ははは」

俺は兄さんに思い切り抱きついた。

「俺だって殺すからね。もし浮気したら、今度はあの部屋から出さないからね?」
「怖いな」

兄さんが優しい目で俺を見つめながら、頭をなでた。

「だが、離れていた期間、お前はとても大きくなったように見える。違うか?であれば、別れは辛かったけど、ふたりにとって必要な試練だったのかもしれないな」
「ん・・・」俺は兄さんの胸に頭をもたせかけた。
「おれ、ずっと自分がきらいだった」
兄さんはなにも言わず、俺の頭を大きな手でなだめるように撫でた。
「この家では役立たずで、輝ける一族に紛れ込んだカラスって言われても、なにも反論できない自分も、領主としての能力が足りない自分も・・・剣も体術もダメ。実の兄に恋をして、挙句の果てには実の父親に襲われて・・・」

兄さんが俺の頭をなでていた手がぴたりととまり、小さなため息とともにまた、髪の上を滑り出した。
「父は体術の達人だった。本気でかかられたら、私とて太刀打ちできなかっただろう。もっと早く殺してやればよかったと思わない訳では無いが・・・だが、お前に責任はない。責めるなら、あいつを責めろ。もしくは、もっと早く片付けなかった私のことを責めろ」
「はは・・・知ってたんだ」
とっくに克服したと思っていたのに、右目から一粒だけ涙がこぼれた。

兄さんは親指の腹で俺の涙をそっとすくい取り、自分の口にもっていった。

「私にとっては、知ってもお前に対する感情がなにも変わったわけではない。だから言わなかった。あいつのことは記憶から消してしまえ。すべて忘れていい。私が代わりに覚えていてやる。今度同じことがあったら、どんな相手だろうと、その場で殺すことを約束する。もし近くにいなくても、できる限り早く駆けつけて、お前を救って、相手を殺してやる。だから、お前はもう忘れていいんだ」
「兄さん・・・」

ああ、そうだ。もう忘れよう。
俺のせいじゃなかった。
どうしようもなかった。
そして、兄さんは許してくれている。

そう思っただけなのに、ふっとこころが軽くなり、開放されていく。

「兄さん。愛してるよ。俺が心から望んで寝たのは兄さんだけだよ。だから、他は全部忘れる。それでいいんだよね」

兄さんは頭をなでていた手を止め、俺を抱きしめた。

「で、さ!」俺はしめっぽくなった空気を振り払うように、明るい声で言った。
「俺、パン職人の修行をして、親方までなれたんだ!俺でもできたんだよ。店も開いたし、俺のパンをおいしいって言ってくれる人がたくさんいたんだ。俺、うれしくて・・・」
のどを詰まらせた俺のほほを、兄さんが愛しげに撫でる。
「お前は、私の誇りだよ。よくやった」
「あ、ありがとう・・・前にもほめてくれたのに・・・ごめん。でも、俺、気がついたら自分を好きになっていたんだ。俺にだってできた。やり抜くことができた。自分を大切にしてあげようって思えるようになったんだ。そして、自分の周りにいる大切な人も、大事にしようって・・・だから、頑張れた。頑張れて、よかった」

ふたりのあいだを温かい沈黙が満たす。
兄さんも、俺を認め、心から同意してくれる気持ちが伝わってきた。
俺、強くなれたから兄さんに追い払われても、粘れたんだよ?そう言ってやりたいところだけど、なんとなく兄さんにはお見通しな気がするのでやめておいた。

「パン屋の仕事は再開しないのか?」
「するよ!」
「ほう。いつから?」
「まだ・・・決めてないけど。俺、俺のパンで食べた人を幸せにする仕事だと思ってるから。だから、やめないよ。ただ、ドランシの店だけは、人に任せようと思ってるんだ」
「そうか、がんばれ」
「うん」

体中に力がみなぎってくる。
本当は、指一本動かせないくらい、くたくたなのに。

「リュカ」兄さんが俺のつむじに話しかけている。俺の両目はもうくっつきそう。重くて重くてたまらない・・・話が聞きたいのに。

でも、閣下に乱暴されたことを打ち明けられたこと(兄さんはとっくに知ってたみたいだけど)、そして、これからもパン屋を続けるという決心を、兄さんに認めてもらえたことで、体力も精神力も使い果たしてしまっていた。

「勇気を出してくれて、ありがとう。いまとこれからを大切に、ともに生きていこう」
「うん」

俺の返事が兄さんに聞こえたのかはわからない。
兄さんの温かい体に鼻を寄せると、急激に眠りに引き込まれた。
だって、ここが俺の居場所。ずっと兄さんと一緒に生きることが俺の望み。

ねえ、兄さんは?
兄さんの望みは、もう聞くまでもないでしょう?

体を丸めると、兄さんが上掛けを引き寄せ、ふたりで羽布団にくるまった。
暖炉では薪がぱちっと跳ねた。太い薪は、明け方までゆっくりと燃え続け、部屋を温めてくれるだろう。
窓からはまた雨の音が、静かに聞こえてきた。
雨も雪も、もう怖くない。
ひとりじゃない。

ああ、あたたかい。じわじわと手足から感覚がなくなり、羽に包まれるように眠りに落ちていく。

(ねえ、兄さん。兄さんの望みは・・・)

夜と眠りが溶けていく。満月のように、心には幸せが満ちている。

(答えは、言わなくていいよ)



おわり
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