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後日譚〜あれから〜
43 【リュカ】エピローグ1
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窓の外からは、オレンジ色のやわらかな夕日が差し込んできた。
「もう、そろそろかな」
俺は、かまどの中で黄金色に色づいたパンをのぞきこんだ。
「師匠、俺が」
後ろから声をかけてきたのは、スタンに紹介してもらった俺の弟子。
厚いグローブを両手に着けながらかまどの扉をあけると、むっとした熱気が顔に当たる。
弟子は、慎重に鉄板を引き出して焼けたパンをテーブルの上に滑らせ、じっくりと焼け具合を確認し、「良さそうです」とつぶやき、振り返って得意げに笑った。
あれから、3月が経った。
約束通り兄さんと俺は一緒に暮らしている。俺は、以前使っていたとは別の部屋をもらった。なんと、公爵夫人の部屋だ。
日当たりのよい2階、大きな主寝室の両側に公爵の部屋と夫人の部屋があり、俺に与えられた部屋は夫人用の部屋だった。
あの奥様の部屋?と最初は抵抗感があったけど、兄さんが好きに改装していいって言ってくれて、俺好みに家具や湯船だけじゃなくて壁紙から床材まで交換してしまえば、新しい部屋になった。
めちゃめちゃ使いやすくて居心地のいい部屋だし、今はすごく気に入ってる。
兄さんは、俺との約束で、直轄領の監督はジャックに任せてくれることになった。
管理人は今までと同じなんだけど、細かい報告はジャックがベネディクトと相談してさばいて、本当に重要な案件だけを兄さんの所に持ってくることにしたそう。
領地に毎日帰らなくなっただけでも、ずいぶん時間に余裕ができるようになった。
軍への顔出しも週二回ぐらいになったし、宰相補佐の仕事に絞ったので、前よりも楽になったみたいだ。
食事についても、「兄さんが食べなければ、俺も食べない」と言い張ったので、兄さんも折れて、きっかりと食事をとってくれるようになったし、まあ夜も充実してるし?最近は肌がつやつやして、若返ってきた。
窓の外から、馬の蹄と馬車の車輪が石を踏む音が聞こえてくる。
俺は急に落ち着かない気分になった。
「じゃあ、後は頼むな。これが、今夜のパンだから」
手前のパンを指さし、玄関に走る。
後ろから、「承りました」と声が追いかけてきたが、もう俺は聞いていなかった。
朝別れたばかりなのに、もう会いたい。
「おかえりなさい!」
馬車から降りた兄さんに飛びつきたい気持ちを抑え、まるで飼い主を待ちわびた犬のように兄さんを出迎えた。
今の俺の身分は「いとこ」
相変わらず、公には死んだままだ。
復権することもできたし、そうしてやろうかと兄さんにも聞かれたが、俺は首を横に振った。
貴族に返り咲きたいわけじゃない。貴族社会の一員として生きる気がない俺にとっては、爵位も肩書もまるで無用だった。
平民のパン屋のリュカで、何の不満もない。
だが、兄さんは反対した。
万が一、自分が急に死ぬようなことがあったらどうするんだと説得され続け、「爵位なんてどうでもいい」とこぼす俺に、「どうでもいいなら、受けておけ」と爵位を押しつけてきた。
公爵家の遠縁で跡取りのいない家の爵位を引き継ぎ、今では俺は子爵様だ。
爵位とか身分なんていらないって俺でも、兄さんが無理やり爵位を押しつけてきた理由は分かっていた。
公爵家の使用人は貴族の子弟ばかり。平民の俺の世話をするのが貴族じゃ、お互いにやりづらいってこと。
不満が募って、公爵家の中のことを外で喋られても困るしな。
爵位と一緒に豊かな荘園をいくつか付けてくれて、俺は領主にはならなかったけど、一生不自由しないぐらいの富裕な荘園主にはなった。
自分に万一のことがあっても、「俺が困らないように」と真剣な顔で言われ、俺は、手に職もあるし、いざとなったら自分のことぐらい養えるんだけどな、とは思ったけど、せっかくなのでもらっておいた。将来に不安がないのはいいことだ。
今の俺は、兄さんをサポートしながら、ドランシのパン屋を継がせるために職人を育てたり、公爵家のパンを焼いたりしてのんびりと暮らしている。
ここで暮らしはじめた当初は、ほとぼりがさめたらドランシのパン屋をまた開きたいと思っていた。
兄さんも俺がどうしてもやりたいなら、とは言ってくれたけど、やっぱり距離の問題はどうしようもなかった。
俺がドランシに戻ると、兄さんもついてくるだろうし、そうなるとまた寝る時間もなくなっちゃうし。
離れて暮らすことは考えられなかった。
もう、離れ離れはこりごりだ。
結局。パン屋は俺じゃなくてもできるってことで、弟子を育ててパン屋をついでもらうことにした。スタンに頼んで俺のパンが好きだっていう弟子を紹介してもらった。弟子は俺のレシピを知りたがっていたし、俺は苦労して開発したレシピを、これからも残してもらえるってことで互いの利益が一致した。
腕のいい職人で俺のレシピをもっといいものに発展させてくれるだろう。
もうすこしで店を任せられそうだし、楽しみだ。
俺ももう少し落ちついたら、王都でまたパン屋をやってみたいと思っている。
その時は公爵家の力を借りずに頑張ってみたい。
いまのところは、兄さんがいない間はパンを焼いて、帰ってくれば従僕のマネごとをして。着替えを手伝ったり、周りでうろちょろして話しかけたり。
ま、蜜月だからな。
「もう、そろそろかな」
俺は、かまどの中で黄金色に色づいたパンをのぞきこんだ。
「師匠、俺が」
後ろから声をかけてきたのは、スタンに紹介してもらった俺の弟子。
厚いグローブを両手に着けながらかまどの扉をあけると、むっとした熱気が顔に当たる。
弟子は、慎重に鉄板を引き出して焼けたパンをテーブルの上に滑らせ、じっくりと焼け具合を確認し、「良さそうです」とつぶやき、振り返って得意げに笑った。
あれから、3月が経った。
約束通り兄さんと俺は一緒に暮らしている。俺は、以前使っていたとは別の部屋をもらった。なんと、公爵夫人の部屋だ。
日当たりのよい2階、大きな主寝室の両側に公爵の部屋と夫人の部屋があり、俺に与えられた部屋は夫人用の部屋だった。
あの奥様の部屋?と最初は抵抗感があったけど、兄さんが好きに改装していいって言ってくれて、俺好みに家具や湯船だけじゃなくて壁紙から床材まで交換してしまえば、新しい部屋になった。
めちゃめちゃ使いやすくて居心地のいい部屋だし、今はすごく気に入ってる。
兄さんは、俺との約束で、直轄領の監督はジャックに任せてくれることになった。
管理人は今までと同じなんだけど、細かい報告はジャックがベネディクトと相談してさばいて、本当に重要な案件だけを兄さんの所に持ってくることにしたそう。
領地に毎日帰らなくなっただけでも、ずいぶん時間に余裕ができるようになった。
軍への顔出しも週二回ぐらいになったし、宰相補佐の仕事に絞ったので、前よりも楽になったみたいだ。
食事についても、「兄さんが食べなければ、俺も食べない」と言い張ったので、兄さんも折れて、きっかりと食事をとってくれるようになったし、まあ夜も充実してるし?最近は肌がつやつやして、若返ってきた。
窓の外から、馬の蹄と馬車の車輪が石を踏む音が聞こえてくる。
俺は急に落ち着かない気分になった。
「じゃあ、後は頼むな。これが、今夜のパンだから」
手前のパンを指さし、玄関に走る。
後ろから、「承りました」と声が追いかけてきたが、もう俺は聞いていなかった。
朝別れたばかりなのに、もう会いたい。
「おかえりなさい!」
馬車から降りた兄さんに飛びつきたい気持ちを抑え、まるで飼い主を待ちわびた犬のように兄さんを出迎えた。
今の俺の身分は「いとこ」
相変わらず、公には死んだままだ。
復権することもできたし、そうしてやろうかと兄さんにも聞かれたが、俺は首を横に振った。
貴族に返り咲きたいわけじゃない。貴族社会の一員として生きる気がない俺にとっては、爵位も肩書もまるで無用だった。
平民のパン屋のリュカで、何の不満もない。
だが、兄さんは反対した。
万が一、自分が急に死ぬようなことがあったらどうするんだと説得され続け、「爵位なんてどうでもいい」とこぼす俺に、「どうでもいいなら、受けておけ」と爵位を押しつけてきた。
公爵家の遠縁で跡取りのいない家の爵位を引き継ぎ、今では俺は子爵様だ。
爵位とか身分なんていらないって俺でも、兄さんが無理やり爵位を押しつけてきた理由は分かっていた。
公爵家の使用人は貴族の子弟ばかり。平民の俺の世話をするのが貴族じゃ、お互いにやりづらいってこと。
不満が募って、公爵家の中のことを外で喋られても困るしな。
爵位と一緒に豊かな荘園をいくつか付けてくれて、俺は領主にはならなかったけど、一生不自由しないぐらいの富裕な荘園主にはなった。
自分に万一のことがあっても、「俺が困らないように」と真剣な顔で言われ、俺は、手に職もあるし、いざとなったら自分のことぐらい養えるんだけどな、とは思ったけど、せっかくなのでもらっておいた。将来に不安がないのはいいことだ。
今の俺は、兄さんをサポートしながら、ドランシのパン屋を継がせるために職人を育てたり、公爵家のパンを焼いたりしてのんびりと暮らしている。
ここで暮らしはじめた当初は、ほとぼりがさめたらドランシのパン屋をまた開きたいと思っていた。
兄さんも俺がどうしてもやりたいなら、とは言ってくれたけど、やっぱり距離の問題はどうしようもなかった。
俺がドランシに戻ると、兄さんもついてくるだろうし、そうなるとまた寝る時間もなくなっちゃうし。
離れて暮らすことは考えられなかった。
もう、離れ離れはこりごりだ。
結局。パン屋は俺じゃなくてもできるってことで、弟子を育ててパン屋をついでもらうことにした。スタンに頼んで俺のパンが好きだっていう弟子を紹介してもらった。弟子は俺のレシピを知りたがっていたし、俺は苦労して開発したレシピを、これからも残してもらえるってことで互いの利益が一致した。
腕のいい職人で俺のレシピをもっといいものに発展させてくれるだろう。
もうすこしで店を任せられそうだし、楽しみだ。
俺ももう少し落ちついたら、王都でまたパン屋をやってみたいと思っている。
その時は公爵家の力を借りずに頑張ってみたい。
いまのところは、兄さんがいない間はパンを焼いて、帰ってくれば従僕のマネごとをして。着替えを手伝ったり、周りでうろちょろして話しかけたり。
ま、蜜月だからな。
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