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後日譚〜あれから〜
42 【マティアス】小鳥
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何度も打ち消した。
ミラはリュカには似ていない。
リュカの身代わりではないと。
もし、リュカが弟ではなく、妹だったら。従兄弟だったら。他人だったら。
ふたりの関係は全く違っていただろう。
だが、私にはどうしても跡を継ぐ子孫を作らなければならない努めがあった。
物心付く前から教え込まれてきた義務は、私の手足を縛り、道をふさぐ。
手の甲に水滴がぽつぽつと落ち、初めて自分が泣いていることに気がついた。
「聞かなかったことにしてくれ。あまりにも・・・ミラに申し訳ない。ミラにだって誰かに愛されてしあわせになる未来はあったのに。それを私が奪った。もしかしたら、まだ生きていたかもしれない」
「兄さん・・・」
部屋の中を重い空気が満たす。ミラが亡くなったのは何年も前なのに、まるで今初めてその死を知ったように。
さっきまでの取り繕った明るさをまとったリュカはどこにもいなかった。
「ミラは兄さんを愛してたんだろ?きっとしあわせだったよ。俺がミラの立場だったら、きっと感謝してると思う。兄さんのそばにいて、たったひとりのひととして大切にされていたんだ。あいつのことだ、それで十分だと思ってたんじゃないかな。兄さんを恨むような、そんな子じゃなかったよ」
リュカが私の肩を抱いた。
「俺もミラのこと好きだったんだ。まあ、兄さんに対する思いとは違ったけど。でもやっぱり大切だったし、兄さんが悔やんでいる気持ちは、少しだけど分かるな。今度、一緒に墓参りに行こう。ミラの子どもたちにも会ってみたいし。でも・・・ごめん、兄さん」
「なぜ謝る」
「兄さんのそばにいられなくて。兄さんが苦しんでいるときに側にいられなかった。役には立たなかったかもしれないけど、やっぱりそばにいたかったな」
心の奥底で凍土のように凍りついていた、冷たいなにかが溶け出していく。
どうしたらいいんだろう。
どうしたらいいんだろう。
わからない。
許されてもいいのか、これほど自分が悔やんでいたことに気づかなかった。
だが、リュカの寄せた体から伝わる温もりが私の心をとかしていく。
「恨んでないよ。かあちゃんも、ミラも」
そう言ってリュカが私を抱きしめた。
「・・・そうだったら、いいな」
リュカを抱きしめ返す。
いつか信じられる日が来るかもしれない。
そう信じて歩んでいるうちに、許される未来は来るのかもしれない。
リュカとともにあれば。
「俺はたくさんの失敗もしたし、誰かに偉そうに説教できるような人間じゃない。神様みたいに、全部を見通すことだって、できっこない。でも、できることだってあるんだ。
毎日を感謝しながら生きること。
今と未来を大切に生きること。
そんな小さなことしかできない。けど、今の俺達に必要なのはそういうことじゃないかな」
リュカが私から体を離し、手をしっかりと握りしめた。
若草色の瞳が、まっすぐにたましいを射抜いた。
「ねえ、一緒に生きよう。支え合って、生きよう。意地も嘘ももういらない。残ったのはたったひとつ。
愛してるよ、兄さん。
時が経っても、この思いだけは消えなかった」
今、私の目の前には2本の道がある。
リュカの手を取るか、また手放すか。
だが、もう迷いはない。
柔らかく愛を宿したリュカの瞳。
温かな手。
手放すのは、愚か者だ。
私は背筋を伸ばし、リュカの手に口づけた。
「愛してるよ。リュカ・ランベール。永遠に」
「兄さん」
リュカの目の奥で喜びが流れ星のように光った。
跳ねるように両手を広げ、私に体を預けた。
「知ってた!!」
腕の中にすっぽりとおさまったリュカの体を二度と離さないと抱きしめる。
そのとき耳の奥で鳴り響いたのは、天使のラッパの音に違いない。
********************
コンコン・・・
遠慮がちなノックの音。
「朝食なら、ドアの外に置いてくれるはずだけど?」
シーツの下から眠たげなリュカが片目を開けた。
「兄さんの体力には、ついていけないよ・・・」
「すまないな」
私はリュカの黒髪をなで、体を起こした。
「私が出よう。お前は体を休めていなさい」
「んー・・・」
リュカは枕に顔をうずめ、寝息を立てはじめた。
ズボンを履き、シャツを羽織っただけの姿でドアを開けると、いごこちが悪そうな顔をしたベネディクトが立っていた。
「申し訳ありません、旦那様。王太子殿下の使者の方がどうしてもお会いしたいと・・・お断りしたのですが、これ以上は不敬罪になるとまでおっしゃいまして」
「分かった。どれほど休んだ?」
「7日ほどでございます。ただ、リュカ様によれば旦那様は寝てばかりいらっしゃったと。日頃の不摂生のせいですよ?」
「あーわかった。説教はいい。仕方ない。行こう」
振り返ると、リュカは穏やかな寝息を立てていた。
「誰か付けてやってくれ。リュカが取り残されたわけじゃないと分かるように。ただし、部屋の外に居るように。中に入ることはまかりならん」
ごほん。ベネディクトが大きな咳ばらいをした。
「承りました。旦那様の大切な方は私にとっても大切なお方です。しっかりとお守りいたします。さ、使者の方がお待ちかねです」
また、日常が始まる。
だが、これまでとは違う日々になっていくだろう。
その証拠に、身体が軽く、力がみなぎっている。腕を伸ばし、大きく伸びをした。面倒な使者にすら、しあわせを分けてやりたくなるほど、いい気分だ。
何か起こりそうな気がする。
それはきっといいことだろう。
リュカがいる未来。喜びは2倍に、悲しみは半分になるに違いない。
ちらりと室内を見て、扉を閉める。
もう二度と、手放さない。
逃げた小鳥が、自ら戻ってきた。
永遠に囚われてくれ。
愛してるよ、リュカ。
ミラはリュカには似ていない。
リュカの身代わりではないと。
もし、リュカが弟ではなく、妹だったら。従兄弟だったら。他人だったら。
ふたりの関係は全く違っていただろう。
だが、私にはどうしても跡を継ぐ子孫を作らなければならない努めがあった。
物心付く前から教え込まれてきた義務は、私の手足を縛り、道をふさぐ。
手の甲に水滴がぽつぽつと落ち、初めて自分が泣いていることに気がついた。
「聞かなかったことにしてくれ。あまりにも・・・ミラに申し訳ない。ミラにだって誰かに愛されてしあわせになる未来はあったのに。それを私が奪った。もしかしたら、まだ生きていたかもしれない」
「兄さん・・・」
部屋の中を重い空気が満たす。ミラが亡くなったのは何年も前なのに、まるで今初めてその死を知ったように。
さっきまでの取り繕った明るさをまとったリュカはどこにもいなかった。
「ミラは兄さんを愛してたんだろ?きっとしあわせだったよ。俺がミラの立場だったら、きっと感謝してると思う。兄さんのそばにいて、たったひとりのひととして大切にされていたんだ。あいつのことだ、それで十分だと思ってたんじゃないかな。兄さんを恨むような、そんな子じゃなかったよ」
リュカが私の肩を抱いた。
「俺もミラのこと好きだったんだ。まあ、兄さんに対する思いとは違ったけど。でもやっぱり大切だったし、兄さんが悔やんでいる気持ちは、少しだけど分かるな。今度、一緒に墓参りに行こう。ミラの子どもたちにも会ってみたいし。でも・・・ごめん、兄さん」
「なぜ謝る」
「兄さんのそばにいられなくて。兄さんが苦しんでいるときに側にいられなかった。役には立たなかったかもしれないけど、やっぱりそばにいたかったな」
心の奥底で凍土のように凍りついていた、冷たいなにかが溶け出していく。
どうしたらいいんだろう。
どうしたらいいんだろう。
わからない。
許されてもいいのか、これほど自分が悔やんでいたことに気づかなかった。
だが、リュカの寄せた体から伝わる温もりが私の心をとかしていく。
「恨んでないよ。かあちゃんも、ミラも」
そう言ってリュカが私を抱きしめた。
「・・・そうだったら、いいな」
リュカを抱きしめ返す。
いつか信じられる日が来るかもしれない。
そう信じて歩んでいるうちに、許される未来は来るのかもしれない。
リュカとともにあれば。
「俺はたくさんの失敗もしたし、誰かに偉そうに説教できるような人間じゃない。神様みたいに、全部を見通すことだって、できっこない。でも、できることだってあるんだ。
毎日を感謝しながら生きること。
今と未来を大切に生きること。
そんな小さなことしかできない。けど、今の俺達に必要なのはそういうことじゃないかな」
リュカが私から体を離し、手をしっかりと握りしめた。
若草色の瞳が、まっすぐにたましいを射抜いた。
「ねえ、一緒に生きよう。支え合って、生きよう。意地も嘘ももういらない。残ったのはたったひとつ。
愛してるよ、兄さん。
時が経っても、この思いだけは消えなかった」
今、私の目の前には2本の道がある。
リュカの手を取るか、また手放すか。
だが、もう迷いはない。
柔らかく愛を宿したリュカの瞳。
温かな手。
手放すのは、愚か者だ。
私は背筋を伸ばし、リュカの手に口づけた。
「愛してるよ。リュカ・ランベール。永遠に」
「兄さん」
リュカの目の奥で喜びが流れ星のように光った。
跳ねるように両手を広げ、私に体を預けた。
「知ってた!!」
腕の中にすっぽりとおさまったリュカの体を二度と離さないと抱きしめる。
そのとき耳の奥で鳴り響いたのは、天使のラッパの音に違いない。
********************
コンコン・・・
遠慮がちなノックの音。
「朝食なら、ドアの外に置いてくれるはずだけど?」
シーツの下から眠たげなリュカが片目を開けた。
「兄さんの体力には、ついていけないよ・・・」
「すまないな」
私はリュカの黒髪をなで、体を起こした。
「私が出よう。お前は体を休めていなさい」
「んー・・・」
リュカは枕に顔をうずめ、寝息を立てはじめた。
ズボンを履き、シャツを羽織っただけの姿でドアを開けると、いごこちが悪そうな顔をしたベネディクトが立っていた。
「申し訳ありません、旦那様。王太子殿下の使者の方がどうしてもお会いしたいと・・・お断りしたのですが、これ以上は不敬罪になるとまでおっしゃいまして」
「分かった。どれほど休んだ?」
「7日ほどでございます。ただ、リュカ様によれば旦那様は寝てばかりいらっしゃったと。日頃の不摂生のせいですよ?」
「あーわかった。説教はいい。仕方ない。行こう」
振り返ると、リュカは穏やかな寝息を立てていた。
「誰か付けてやってくれ。リュカが取り残されたわけじゃないと分かるように。ただし、部屋の外に居るように。中に入ることはまかりならん」
ごほん。ベネディクトが大きな咳ばらいをした。
「承りました。旦那様の大切な方は私にとっても大切なお方です。しっかりとお守りいたします。さ、使者の方がお待ちかねです」
また、日常が始まる。
だが、これまでとは違う日々になっていくだろう。
その証拠に、身体が軽く、力がみなぎっている。腕を伸ばし、大きく伸びをした。面倒な使者にすら、しあわせを分けてやりたくなるほど、いい気分だ。
何か起こりそうな気がする。
それはきっといいことだろう。
リュカがいる未来。喜びは2倍に、悲しみは半分になるに違いない。
ちらりと室内を見て、扉を閉める。
もう二度と、手放さない。
逃げた小鳥が、自ら戻ってきた。
永遠に囚われてくれ。
愛してるよ、リュカ。
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