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後日譚〜あれから〜
41 【マティアス】愛とは・・・
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「何だと?」
リュカはいやいやと身を揺すった。
「だから!それで気が済むのなら殺してもいいよ。そうすれば、俺は兄さんの記憶の中に、ずっと兄さんが愛しすぎて殺した弟として残れる。ついでに罪悪感も感じてくれたら、うれしい。一生忘れないでくれると思うから」
「なにを」
「そうすれば、一生兄さんは俺から離れられないよ」
リュカがうれしそうに笑う。この弟にもまた、闇があるのかもしれない。
「俺がどこかに行ってしまうのが不安なら、足を折ってもいい。誰かに目を移すのが不安なら、目を潰してもいい。誰とも口を聞かないように舌を切る?それともだれの声も聞けないように鼓膜を破る?」
「・・・なんてことを。どれも嫌だ。お前に危害を加えることなど・・・」
考えるだけでもぞっとする。今までリュカにひどいこともしたが、痛みを与えて快感を得たことなど一度もない。傍から見れば狂っているかもしれないが、私は私なりに、リュカを愛し、大切にしてきたのだ。
「良かった」リュカがにっこりと微笑んだ。「俺の身は安泰ってことかな。でも、本気だよ。まだ、不安?」
まるで魅入られたようにリュカの瞳をながめ続ける。
美しい若草色の瞳。この瞳を見ただけで、いつでもうまく言葉を紡ぐことができなくなる。
「強くなったな」
「そりゃあもう。この7年間、苦労したからね」リュカが笑った。「俺だって、ただ年を取っただけじゃない。自分の人生でどうしても選び取らなければならないものが何か、わかる年になったんだよ」
リュカの片頬がゆがみ、苦難の年月を思う。それに・・・
「お前の気持ちは分かった。だが・・・お前に死んでほしくない。私には、未だ罰が与えられ続けている。そのせいでミラも腹の子も死んだ。すべて私が招いたことだ。お前まで、奪われてしまうかと思うと・・・」
「なに、それ」
「ミラは、妊娠中突然転んで亡くなったんだ。私のせいだ」
「なんでそう思うの?兄さんが無理やり走らせたとか?」
「まさか!転んだ時側にはいなかった」
「じゃあ、関係ないでしょ。まあ、妊娠させたのは兄さんかもしれないけど、ころんだのはミラなんだから。不幸な事故だったんだよ。誰かが奪ったとか、罰とか呪いとか、そんなんじゃない。一体誰が罰を与えるっていうの?」
「・・・アディが」
「はあ?かあちゃん?まさか!!」
リュカがぽかんと口を開けた。
「そんなわけ無いでしょ。この世に恨みとか呪いとか、その手のものから一番遠いところにいるのがかあちゃんだよ。お人好しでおめでたいんだから」
「だが、死ぬはずではなかった」
「ああ、そうかも知れない」リュカが私の頬を両手で包んだ。「一番悪いのは閣下だよ。かあちゃんが次に妊娠したら危ないって分かってたんだから。それに、かあちゃんだって。大人なんだから。まあ、兄さんのしたこともとてもいいとは言えないけど。でも・・・もう、俺は許したい」
「リュカ」許すという言葉は、思いもよらず私のこころを救った。だが、私のなかのおそれは消えない。
「お前に万一のことがあったらどうする。ミラは、死ぬはずじゃなかった。私への罰を、ミラがかぶったんだ」
頬を殴られたようにリュカが、ひるんだ。
「兄さん」不自然なほど明るい声。「愛していたんだね」リュカの目から涙が一滴こぼれた。震える声を隠すように、必死に笑って見せる。
両頬をおおった手のひらからは温かい体温と慰めが伝わってきた。
「俺は平気だよ。兄さんにそういう人がいたって知っても」
明るい声と裏腹に、リュカの手は小刻みに震えていた。
「いや・・・そうじゃない。いや・・・そうだ」
私はガックリと肩を落とした。
「私の愛も恋も、すべてお前に捧げてしまった。ミラに落ち度はない。だが、どうしても・・・二度と・・・お前を愛したようには誰も愛せなかった。生涯に一度だけある恋だったんだ。ミラを好きだった。好ましく思っていた。だが、熱情とはほど遠い・・・ミラもそのことは知っていたよ。時折、静かに泣いていたことがあった。なぜ泣いているのか、分かっていた。分かっていたのに」
急激に目の奥が焼けるように熱くなった。
「愛さなければならないと。そう思っていた。彼女は子の母親だったし、私が・・・公爵家がどうしても必要としていた子を産んでくれた。感謝していた。友人だった。だが・・・」
自分が根本からひっくり返されるような、そんな恋とはほど遠い。
胸の痛みは私を内部から切り裂いた。
「本当に・・・申し訳なかった。愛される妻としての生活を与えてやれないと知っていながら・・・彼女を手放すべきだったのに・・・彼女の愛情に甘えていたんだ」
波のような後悔が私を襲い、足元から崩れそうになる。胸の痛みを振り絞っても、嗚咽が何度も邪魔をする。後悔しても、ミラは戻ってこない。
「彼女は・・・ミラは・・・お前に似ていた」
リュカはいやいやと身を揺すった。
「だから!それで気が済むのなら殺してもいいよ。そうすれば、俺は兄さんの記憶の中に、ずっと兄さんが愛しすぎて殺した弟として残れる。ついでに罪悪感も感じてくれたら、うれしい。一生忘れないでくれると思うから」
「なにを」
「そうすれば、一生兄さんは俺から離れられないよ」
リュカがうれしそうに笑う。この弟にもまた、闇があるのかもしれない。
「俺がどこかに行ってしまうのが不安なら、足を折ってもいい。誰かに目を移すのが不安なら、目を潰してもいい。誰とも口を聞かないように舌を切る?それともだれの声も聞けないように鼓膜を破る?」
「・・・なんてことを。どれも嫌だ。お前に危害を加えることなど・・・」
考えるだけでもぞっとする。今までリュカにひどいこともしたが、痛みを与えて快感を得たことなど一度もない。傍から見れば狂っているかもしれないが、私は私なりに、リュカを愛し、大切にしてきたのだ。
「良かった」リュカがにっこりと微笑んだ。「俺の身は安泰ってことかな。でも、本気だよ。まだ、不安?」
まるで魅入られたようにリュカの瞳をながめ続ける。
美しい若草色の瞳。この瞳を見ただけで、いつでもうまく言葉を紡ぐことができなくなる。
「強くなったな」
「そりゃあもう。この7年間、苦労したからね」リュカが笑った。「俺だって、ただ年を取っただけじゃない。自分の人生でどうしても選び取らなければならないものが何か、わかる年になったんだよ」
リュカの片頬がゆがみ、苦難の年月を思う。それに・・・
「お前の気持ちは分かった。だが・・・お前に死んでほしくない。私には、未だ罰が与えられ続けている。そのせいでミラも腹の子も死んだ。すべて私が招いたことだ。お前まで、奪われてしまうかと思うと・・・」
「なに、それ」
「ミラは、妊娠中突然転んで亡くなったんだ。私のせいだ」
「なんでそう思うの?兄さんが無理やり走らせたとか?」
「まさか!転んだ時側にはいなかった」
「じゃあ、関係ないでしょ。まあ、妊娠させたのは兄さんかもしれないけど、ころんだのはミラなんだから。不幸な事故だったんだよ。誰かが奪ったとか、罰とか呪いとか、そんなんじゃない。一体誰が罰を与えるっていうの?」
「・・・アディが」
「はあ?かあちゃん?まさか!!」
リュカがぽかんと口を開けた。
「そんなわけ無いでしょ。この世に恨みとか呪いとか、その手のものから一番遠いところにいるのがかあちゃんだよ。お人好しでおめでたいんだから」
「だが、死ぬはずではなかった」
「ああ、そうかも知れない」リュカが私の頬を両手で包んだ。「一番悪いのは閣下だよ。かあちゃんが次に妊娠したら危ないって分かってたんだから。それに、かあちゃんだって。大人なんだから。まあ、兄さんのしたこともとてもいいとは言えないけど。でも・・・もう、俺は許したい」
「リュカ」許すという言葉は、思いもよらず私のこころを救った。だが、私のなかのおそれは消えない。
「お前に万一のことがあったらどうする。ミラは、死ぬはずじゃなかった。私への罰を、ミラがかぶったんだ」
頬を殴られたようにリュカが、ひるんだ。
「兄さん」不自然なほど明るい声。「愛していたんだね」リュカの目から涙が一滴こぼれた。震える声を隠すように、必死に笑って見せる。
両頬をおおった手のひらからは温かい体温と慰めが伝わってきた。
「俺は平気だよ。兄さんにそういう人がいたって知っても」
明るい声と裏腹に、リュカの手は小刻みに震えていた。
「いや・・・そうじゃない。いや・・・そうだ」
私はガックリと肩を落とした。
「私の愛も恋も、すべてお前に捧げてしまった。ミラに落ち度はない。だが、どうしても・・・二度と・・・お前を愛したようには誰も愛せなかった。生涯に一度だけある恋だったんだ。ミラを好きだった。好ましく思っていた。だが、熱情とはほど遠い・・・ミラもそのことは知っていたよ。時折、静かに泣いていたことがあった。なぜ泣いているのか、分かっていた。分かっていたのに」
急激に目の奥が焼けるように熱くなった。
「愛さなければならないと。そう思っていた。彼女は子の母親だったし、私が・・・公爵家がどうしても必要としていた子を産んでくれた。感謝していた。友人だった。だが・・・」
自分が根本からひっくり返されるような、そんな恋とはほど遠い。
胸の痛みは私を内部から切り裂いた。
「本当に・・・申し訳なかった。愛される妻としての生活を与えてやれないと知っていながら・・・彼女を手放すべきだったのに・・・彼女の愛情に甘えていたんだ」
波のような後悔が私を襲い、足元から崩れそうになる。胸の痛みを振り絞っても、嗚咽が何度も邪魔をする。後悔しても、ミラは戻ってこない。
「彼女は・・・ミラは・・・お前に似ていた」
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