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後日譚〜あれから〜

36 【マティアス】孤独

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リュカは大声を上げて泣きつづけた。
私の胸にしがみつき、絶対に離さないとでも言うように、シャツを握りしめ、悲しくてたまらないと泣いている。
子供の時ですら、こんなに素直に自分の感情を表したことはなかった。
リュカは、どこか遠慮したところのある子どもだった。

全身を震わせ、振り絞るように泣き続け、その声は次第に小さくなっていった。
窓の外からは雨の音が聞こえてきた。
リュカの声と追いかけっこをしているように、雨は強くなったり弱くなったり繰り返しながら、私たちを世界から覆うように隠した。
孤独だった。
遠くで鳴く、かすかに聞こえる鳥の声が悲しく聞こえる。
この広い世界に、たったふたりしかいないような、そんな気になる。

そして、ふたりきりなのに、私たちは、ふたりともひとりぼっちだった。
切れるほどの孤独に胸が痛む。
ふたりでいるのに、ひとりでいるよりもさみしい。

かつては、幸せな時があった。
そのはずだ。だが、それがいつだったのか、誰といて、何をしていて幸せだったのか、まるで思い出せない。

孤独には慣れた。
いつから孤独になった、ということはない。
ただ、ある時、突然気がつく。

美しい夕暮れ、誰かのぬくもりを感じたくなったとき。
流れ星を見つけたことを、伝えようと口を開きかけたとき。
いつもよりきつい仕事の後。
永久に冷たいシーツに眠ることに気がついた夜。
道を曲がったとき。
朝、目覚めた時。

特別な瞬間ではない。ふとした、ほんのなんでもない時にこそ気がつく。

誰もいない。
人生を分かち合える相手が、ひとりもいない、と。
ぽっかりと穴の空いたようなさみしさを、慣れてしまった痛みに気づかないふりをする。

うまくできていたはずだ。
ずっと、やりのけていたはずだ。
それなのに。

胸を濡らすリュカの涙が、私を落ち着かない気分にさせる。
私のシャツにしがみつく、リュカの重み。
体温のあたたかさ。
震える声。

胸の奥で凍りついた私の心にヒビが入り、氷が解け出していくのがわかる。
リュカは相変わらず私にとって恐ろしい存在だ。だが、心の底から愛おしい存在でもあった。

リュカ、お前を一体どうしたらいい?
私を閉じ込めてまで何をしたいんだ?
眠れと言うから眠り、食べろと言うから食べた。
だが信じろと言う言葉にだけは、従うわけにはいかない。
かたくなな心は、そう主張する。

それなのに、どうしても、力尽きたようにしゃくり上げながら涙を流し続けるリュカの頭を撫でてやりたい。
私は、手首の縄を解いた。
予想通り、ジャックは関節を少しずらせば解けるように特殊な縛り方をしてあった。
戦時中、捕虜になったときに、お互いを縛り上げ敵兵を欺くための技術だ。
リュカはそれを知る由もないから、ジャックが縛ったのかを確認した私に、簡単に縛り手を明かした。

ずらした関節を戻すと、痛みが走る。縛られていた指先に、いきおいよく血がめぐった。
リュカはまだ私の胸に顔を押しつけたまま泣いていた。
本当は足の縄も外せるのだが、体を起こしたらリュカにバレてしまう。
あきらめて、リュカの頭をそっとなでた。

「リュカ、泣くな、リュカ」

そう言いながら、リュカの髪をなでる。
つややかな黒髪。
何度も夢に見た黒髪。
愛してやまない若草色の瞳。今はきっと涙に濡れているだろう。
雨上がりの新緑のように。
ながいこと、春の緑からさえ目をそむけていた。

ああ、このままでいいんだろうか。
このまま、リュカを手放すのは、本当に正しいことなのだろうか。

リュカは、私と生きたいと泣いている。
愛している、信じてほしい、と。

だが、この涙が終わったら?
泣きつかれて、あきらめてしまったら?
もういい、と気持ちにケリをつけてしまったら?

そうなれば二度と戻ってこないだろう。

ナイフで刺されたように胸が痛んだ。
その時、私は孤独に耐えられるのか?
リュカが差し出したものを受け取らず、追い払ったことを悔やむのでは?
みすみす愛を手に入れるチャンスを逃したことを、生涯後悔するのでは?

自ら、絶好のチャンスを潰した自分を許せるのか?
おろかだと、怒り、悲しむ未来が、ありありと目に浮かんだ。

私のなかの冷静な部分がストップをかける。
やめておけ、と。

だが、今こそチャンスをつかむべきなのでは?
リュカの手をつかむべきなのではないか?

後悔するかもしれない。
でも、もしかしたら、しあわせ、というものが手に入るかもしれない。

皆が私に判断を求める。

橋の架替えや来年の種の決定、作物の売り先、近隣トラブル・・・
私は正しい判断がくだせていたんだろうか。
もし私が、私の領主なら、どう決断をくだすだろう。

手の内にある愛しい存在。
離れたくないと泣いている。
私はこの者をどうしたらいいですか?

・・・なぜ手放す?
なぜ、手放すんだ?

きっと、そう答えるだろう。




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