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後日譚〜あれから〜
31 【マティアス】罰
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目の前にいるリュカは、私の願望なのか、それとも現実なのか判断がつかず、目をまたたいた。
「どうしたの?驚きすぎたかな」リュカが私の目の前で手を振った。
「にいさーん。俺ですよー。リュカですよー?」
「まさか」
「何?」
「リュカがそんなことを言うわけがない」
「そんなことって何?」
「話など、無意味だと・・・」
「ごめん。兄さん。俺が間違ってたんだ。俺が、意地を張りすぎて、兄さんを追い詰めた。俺、やっとわかったんだよ」
「・・・」
願望の為せる技か、悪魔がリュカの形をして現れたのか、どちらかわからない。だが。目の前にいるリュカの形をした”何か”の企みは、私を破滅させようとしていることは分かる。
「消えろ」
「え?」
「消え失せろ」
「兄さん・・・」
傷ついたような表情に、芸が細かいな、と呆れる。
まあ、しばらくすればいなくなるだろう。
私は目をつむり、枕に頭を預けた。
*********************
「兄さん、兄さんったら!」
揺り動かされ、目を開ける。
「もうそろそろ起きて、一緒に食事をとろう」
部屋の中には、食事の匂いが漂っている。
そういえば、腹が空いたような?何年間も感じたことのない、身体が食物を欲する感覚におどろく。
「ねえ、冷める前に食べて。兄さんのために、胃に優しいスープを運んでもらったんだ」
「スープを運んでもらった・・・」
頭がはっきりしてきた。スープを運んでもらった?それはつまり・・・
「いいだろう」ベッドに体を起こす。とれるときにはしっかり食事をとる。戦の基本だ。私は目の前に置かれたスープを口に運んだ」
「美味しい?」リュカが私の顔をのぞき込んでくる。「最近はあまり食べてないようだし、軽いものにしてもらってるんだ。少しずつ、健康になるように食べようね」
無視して、スープを飲み干し、またベッドに寝転んだ。
リュカに背を向けて、目をつむる。
(どうやら、現実らしい。一体リュカは何を考えているのか・・・)
「ねえ、兄さん。怒ってるの?ねえったら」
リュカが抗議するように背中を叩く。
だが、なんと返したらいいのかわからない。
何を考えているのか分からない。そして私はすっかり臆病になっていた。
本音を言えば、このリュカが恐ろしかった。
どんな敵でも、剣を交わし、力と力のぶつかり合いであれば、殺すか殺されるかのどちらかしかない。
だが、リュカだけは違う。
心の奥底、誰も入れない場所にまでやすやすと入り込み、私を乱す。
冷静さや、理屈をすべて奪い取り、私を狂わせる。
(ああ、だが、リュカの声とてのひらのぬくもりは、なんて心地いいんだろう・・・)
「もう、兄さんたら。寝てばかり」
不満そうなリュカの声を背中に、いつしかまた、眠りに落ちた。
*********************
「兄さん、起きて」
リュカの声に目が覚める。
今度はかなり意識がはっきりしている。
おそらく食事を取ったからだろう。
窓からは夕日が入り込み、時間の経過を物語っている。
ここに温かい食事が運び込まれていること、ベネディクトが病欠の報告を王宮に出したこと。
つまり、リュカひとりで私を監禁しているわけではない。協力者は、ベネディクトか。おそらく、ジャックも。
私が本当に監禁されているのであれば、あのふたりは黙ってはいないだろう。
ベネディクトが食事を運ぶ許可を出すわけがないし、ジャックはリュカを殺してでも私を救出するだろう。
足を動かすと、じゃらりと鎖が鳴った。
(どうするつもりだ・・・リュカ?)
体を起こし、リュカと向き合う。
数年ぶりにしっかりと睡眠と食事をとり、すっかり体力と気力を取り戻した私とは正反対に、リュカは疲れているように見える。
目の下にはうっすらとくまができ、目の力は弱まってきている。
以前のどこか自信のない姿を思い出させる。
リュカはいつもそうだった。自分を卑下し、自信がない。そのくせときにおどろくほど誇り高い。
そんな姿を見ると、いつも抱きしめ、はげましてやりたくなったものだった。
「リュカ」
私が名を呼ぶと、リュカが、はっと顔を上げた。
「兄さん」
やつれた頬がゆるみ、まるで微笑んだように見えた。
ベッドの上を膝立ちで近づくと、私をそっと抱きしめた。
「待ちくたびれたよ」
「そうか」
「うん」
私がリュカの背に手を回し引き寄せると、リュカは、子猫のように身を預けてきた。
こんな感覚は、いつぶりだろう。
まさか、この檻で穏やかな気持ちになる日が訪れるとは・・・
気づけば、私の首筋が涙に濡れていた。
リュカが泣いている?なぜ・・・
「兄さん、ごめん・・・ごめんなさい」
「なぜ私に足かせを噛ませたのかは知らんが、許してやる。だから・・・」
「違うよ」リュカがさっと体を離した。「そのことじゃないよ」
「・・・?」
目で問いかけた私をみると、リュカの顔がくしゃりとゆがんだ。
「・・・後で話そう」平静を装ったその声は震えていた。
「兄さんを足かせに繋いだことなら謝らない。俺にはそのくらいの権利はあるからね。でもまず、食事をしようか。兄さんは寝てばかりで・・・まあ、よっぽど疲れていたんでしょう?何年間もろくに寝てなかったと聞いたよ?食事も睡眠もおろそかにして、仕事ばっかりしてたって」
「ベネディクトか?」
「まあ・・・話は聞いたし・・・食事が運ばれてるから、協力してくれてるってバレてるよね。隠しても仕方ないか。兄さんは全部自分で持ってきてたもんね。でも、俺は兄さんの側を離れたくなくて」
「何を言っている?」私は眉をしかめた。
リュカは小さく首を振って私から離れた。
「さあ、兄さん、食事をしよう」リュカが指さした先には、銀の蓋がかけられた皿やティーポットが所狭しと並んでいた。
「兄さん、俺は兄さんが大切なんだよ。だから、まるで生きることをあきらめているような兄さんの今の態度は改めてもらいたい。きちんと食事をして、睡眠を取って。ベネディクトの話だと、ここ何年もろくにベッドで眠ってすらないって」
「お前になにが分かる」
「分かるよ。兄さんはそうして自分を罰してたんでしょう?」
「どうしたの?驚きすぎたかな」リュカが私の目の前で手を振った。
「にいさーん。俺ですよー。リュカですよー?」
「まさか」
「何?」
「リュカがそんなことを言うわけがない」
「そんなことって何?」
「話など、無意味だと・・・」
「ごめん。兄さん。俺が間違ってたんだ。俺が、意地を張りすぎて、兄さんを追い詰めた。俺、やっとわかったんだよ」
「・・・」
願望の為せる技か、悪魔がリュカの形をして現れたのか、どちらかわからない。だが。目の前にいるリュカの形をした”何か”の企みは、私を破滅させようとしていることは分かる。
「消えろ」
「え?」
「消え失せろ」
「兄さん・・・」
傷ついたような表情に、芸が細かいな、と呆れる。
まあ、しばらくすればいなくなるだろう。
私は目をつむり、枕に頭を預けた。
*********************
「兄さん、兄さんったら!」
揺り動かされ、目を開ける。
「もうそろそろ起きて、一緒に食事をとろう」
部屋の中には、食事の匂いが漂っている。
そういえば、腹が空いたような?何年間も感じたことのない、身体が食物を欲する感覚におどろく。
「ねえ、冷める前に食べて。兄さんのために、胃に優しいスープを運んでもらったんだ」
「スープを運んでもらった・・・」
頭がはっきりしてきた。スープを運んでもらった?それはつまり・・・
「いいだろう」ベッドに体を起こす。とれるときにはしっかり食事をとる。戦の基本だ。私は目の前に置かれたスープを口に運んだ」
「美味しい?」リュカが私の顔をのぞき込んでくる。「最近はあまり食べてないようだし、軽いものにしてもらってるんだ。少しずつ、健康になるように食べようね」
無視して、スープを飲み干し、またベッドに寝転んだ。
リュカに背を向けて、目をつむる。
(どうやら、現実らしい。一体リュカは何を考えているのか・・・)
「ねえ、兄さん。怒ってるの?ねえったら」
リュカが抗議するように背中を叩く。
だが、なんと返したらいいのかわからない。
何を考えているのか分からない。そして私はすっかり臆病になっていた。
本音を言えば、このリュカが恐ろしかった。
どんな敵でも、剣を交わし、力と力のぶつかり合いであれば、殺すか殺されるかのどちらかしかない。
だが、リュカだけは違う。
心の奥底、誰も入れない場所にまでやすやすと入り込み、私を乱す。
冷静さや、理屈をすべて奪い取り、私を狂わせる。
(ああ、だが、リュカの声とてのひらのぬくもりは、なんて心地いいんだろう・・・)
「もう、兄さんたら。寝てばかり」
不満そうなリュカの声を背中に、いつしかまた、眠りに落ちた。
*********************
「兄さん、起きて」
リュカの声に目が覚める。
今度はかなり意識がはっきりしている。
おそらく食事を取ったからだろう。
窓からは夕日が入り込み、時間の経過を物語っている。
ここに温かい食事が運び込まれていること、ベネディクトが病欠の報告を王宮に出したこと。
つまり、リュカひとりで私を監禁しているわけではない。協力者は、ベネディクトか。おそらく、ジャックも。
私が本当に監禁されているのであれば、あのふたりは黙ってはいないだろう。
ベネディクトが食事を運ぶ許可を出すわけがないし、ジャックはリュカを殺してでも私を救出するだろう。
足を動かすと、じゃらりと鎖が鳴った。
(どうするつもりだ・・・リュカ?)
体を起こし、リュカと向き合う。
数年ぶりにしっかりと睡眠と食事をとり、すっかり体力と気力を取り戻した私とは正反対に、リュカは疲れているように見える。
目の下にはうっすらとくまができ、目の力は弱まってきている。
以前のどこか自信のない姿を思い出させる。
リュカはいつもそうだった。自分を卑下し、自信がない。そのくせときにおどろくほど誇り高い。
そんな姿を見ると、いつも抱きしめ、はげましてやりたくなったものだった。
「リュカ」
私が名を呼ぶと、リュカが、はっと顔を上げた。
「兄さん」
やつれた頬がゆるみ、まるで微笑んだように見えた。
ベッドの上を膝立ちで近づくと、私をそっと抱きしめた。
「待ちくたびれたよ」
「そうか」
「うん」
私がリュカの背に手を回し引き寄せると、リュカは、子猫のように身を預けてきた。
こんな感覚は、いつぶりだろう。
まさか、この檻で穏やかな気持ちになる日が訪れるとは・・・
気づけば、私の首筋が涙に濡れていた。
リュカが泣いている?なぜ・・・
「兄さん、ごめん・・・ごめんなさい」
「なぜ私に足かせを噛ませたのかは知らんが、許してやる。だから・・・」
「違うよ」リュカがさっと体を離した。「そのことじゃないよ」
「・・・?」
目で問いかけた私をみると、リュカの顔がくしゃりとゆがんだ。
「・・・後で話そう」平静を装ったその声は震えていた。
「兄さんを足かせに繋いだことなら謝らない。俺にはそのくらいの権利はあるからね。でもまず、食事をしようか。兄さんは寝てばかりで・・・まあ、よっぽど疲れていたんでしょう?何年間もろくに寝てなかったと聞いたよ?食事も睡眠もおろそかにして、仕事ばっかりしてたって」
「ベネディクトか?」
「まあ・・・話は聞いたし・・・食事が運ばれてるから、協力してくれてるってバレてるよね。隠しても仕方ないか。兄さんは全部自分で持ってきてたもんね。でも、俺は兄さんの側を離れたくなくて」
「何を言っている?」私は眉をしかめた。
リュカは小さく首を振って私から離れた。
「さあ、兄さん、食事をしよう」リュカが指さした先には、銀の蓋がかけられた皿やティーポットが所狭しと並んでいた。
「兄さん、俺は兄さんが大切なんだよ。だから、まるで生きることをあきらめているような兄さんの今の態度は改めてもらいたい。きちんと食事をして、睡眠を取って。ベネディクトの話だと、ここ何年もろくにベッドで眠ってすらないって」
「お前になにが分かる」
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