260 / 279
後日譚〜あれから〜
32 【マティアス】緩慢なる死と過去
しおりを挟む
大きく心臓が鳴った。
自分を罰する必要などない。そう何度も自分に言い聞かせた。
だが、どうしても、罪が追いかけてくる。
「兄さんは自分に何をしているのか、分かってるの?そうして、自分を粗末にして、寿命を縮めようとしているんでしょ。自分の命を大切にしていない」
「うるさい」
私はリュカをにらみつけたが、リュカはまなじりを上げた。
「兄さん、頼むから、まともな生活をして。領主の仕事だって、もっと人に任せてよ。軍の仕事と宰相様の補佐までして、いつ寝るつもりなの。最初から分かってるでしょ。それはできないことだって。兄さんは大切な人なんだよ。兄さんがいなくなれば困る人はたくさんいる。もっと自分を大切にして」
「・・・」
父母を死に追いやったことは悔やんでいない。
あの2人を生かしておいたら、リュカがのんきにパン屋を営むことなど到底できなかった。
母が生きていれば、リュカが生き延びられたかさえわからないし、父はリュカを精神的に殺しただろう。
生かしてはおけない。
だが、ひとつだけ、後悔があるとしたら、アディを死に追いやったことだ。
アディには何一つ罪はなかった。
そして、その死は私とリュカの間に決定的な楔を打ち込んだ。
人の生死にかかることだ。無理はない。
だが、最愛のリュカを手放す、という犠牲を捧げても、罪が許されることはなかった。
ミラと我が子の死。
どれほど、領地を豊かにし、領民の生活に気を配ろうと、許される日は来ないのかもしれない。
リュカがひざまずいた。
「お願い。聞いて。俺は兄さんを愛している。ほんとうだよ。ずっと離れていた間も思い出さなかった日はない。俺が兄さんを苦しめたってもっと早く分かっていたら・・・もっと違う結果になったのかもしれないけど。でも、過去を悔やむより未来に生きたいんだ。ねえ、兄さん」
リュカが私の手に両手を重ねた。温かい体温が心を溶かす。だが・・・
手を放すべきだ。そう思っても、手を振り払うことはできなかった。
「ね?食事にしようか」リュカはわざと明るい声を上げ、かちゃかちゃと食器の音を立てながら準備をした。
口元にスプーンを寄せられ、スープを飲まされる。
「赤ちゃんみたいだね」
そう笑うリュカを遠くに感じる。
私は一体、お前をどうしたらいいんだろう。
「知ってるよ」リュカがつぶやいた。
「本気になれば、俺の意識を失わせることも、殺すことだってできるって。でも、もう少し待って。頼むから時間をちょうだい。それが俺の欲しい物だよ」
食事が終わると、リュカがベッドの横に並んで座った。
「きちんと食べたね」
「・・・」
「なんか、変な感じだね。こんなふうに兄さんと並んで座ったことなんてあったかな?この部屋にいたときは、いつも、戦っていたような気がする。そうじゃないときは、ヤッてたか」
自嘲気味な笑い声が響いた。
「・・・」
「ご機嫌斜めなのかな?じゃあ、俺の言いたいことだけ言っちゃおうかな?兄さん、愛しているよ。俺のこと信じてほしい。本気で言ってるんだよ?」
リュカの息が私の頬にかかった。
温かい感触と、懐かしさにどきりとする。
「勝手に話すよ。俺、ずっと子供の頃から兄さんのことが好きだった。多分、初めてこの屋敷に来たときから。俺には兄さんしかいなかった。それは信じてくれるかな?」
まあ、幼い頃は、そうだったかもしれない。
いつから私たちの関係は狂ってしまったんだろうか。どうして、取り返しがつかなくなってしまったんだろう。
「で、俺は兄さんを誰にもとられたくなかったし、ましてやイネスみたいな女と結婚させたくなかった。だって、あいつ、初めてあったときから俺に粉をかけてきてたんだ。俺があいつを好きだって勘違いしていたみたいだけど、俺は兄さんをとられないようにするために、その思い込みを利用したんだ」
リュカがごくりとつばを飲み込んだ。
「俺、それほど深く考えていなかった。ただ、兄さんをとられたくない一心で、イネスをたらしこんでやろうと思ったんだ。で、あいつの好きそうな言葉を書いて手紙を出した。簡単だったよ」
乾いた笑いが漏れる。
「ロマンス小説の主人公がいいそうなセリフとか?俺たちの関係が禁断の恋だとか、適当に話を盛れば、あいつはどんどん盛り上がっていった。公爵夫人になることはあきらめて、婚約を辞退してくれるんじゃないかと期待してたんだ。時間はかかったよ。ずいぶん長いことやりとりした。あいつからも酔っ払ったような手紙をたくさんもらったよ。俺は、それを好都合だと思ってたんだ。だって、兄さんと結婚したいといい出したら、その手紙を突きつければやめさせられると思ったんだ。そして、あいつは自分のことが欲しくて、俺がそういう振る舞いをするって思い込んでるって分かってたから」
大きなため息がひとつ。「クズだよな。分かってる。でも俺、どうしても兄さんをとられたくなかった」
自分を罰する必要などない。そう何度も自分に言い聞かせた。
だが、どうしても、罪が追いかけてくる。
「兄さんは自分に何をしているのか、分かってるの?そうして、自分を粗末にして、寿命を縮めようとしているんでしょ。自分の命を大切にしていない」
「うるさい」
私はリュカをにらみつけたが、リュカはまなじりを上げた。
「兄さん、頼むから、まともな生活をして。領主の仕事だって、もっと人に任せてよ。軍の仕事と宰相様の補佐までして、いつ寝るつもりなの。最初から分かってるでしょ。それはできないことだって。兄さんは大切な人なんだよ。兄さんがいなくなれば困る人はたくさんいる。もっと自分を大切にして」
「・・・」
父母を死に追いやったことは悔やんでいない。
あの2人を生かしておいたら、リュカがのんきにパン屋を営むことなど到底できなかった。
母が生きていれば、リュカが生き延びられたかさえわからないし、父はリュカを精神的に殺しただろう。
生かしてはおけない。
だが、ひとつだけ、後悔があるとしたら、アディを死に追いやったことだ。
アディには何一つ罪はなかった。
そして、その死は私とリュカの間に決定的な楔を打ち込んだ。
人の生死にかかることだ。無理はない。
だが、最愛のリュカを手放す、という犠牲を捧げても、罪が許されることはなかった。
ミラと我が子の死。
どれほど、領地を豊かにし、領民の生活に気を配ろうと、許される日は来ないのかもしれない。
リュカがひざまずいた。
「お願い。聞いて。俺は兄さんを愛している。ほんとうだよ。ずっと離れていた間も思い出さなかった日はない。俺が兄さんを苦しめたってもっと早く分かっていたら・・・もっと違う結果になったのかもしれないけど。でも、過去を悔やむより未来に生きたいんだ。ねえ、兄さん」
リュカが私の手に両手を重ねた。温かい体温が心を溶かす。だが・・・
手を放すべきだ。そう思っても、手を振り払うことはできなかった。
「ね?食事にしようか」リュカはわざと明るい声を上げ、かちゃかちゃと食器の音を立てながら準備をした。
口元にスプーンを寄せられ、スープを飲まされる。
「赤ちゃんみたいだね」
そう笑うリュカを遠くに感じる。
私は一体、お前をどうしたらいいんだろう。
「知ってるよ」リュカがつぶやいた。
「本気になれば、俺の意識を失わせることも、殺すことだってできるって。でも、もう少し待って。頼むから時間をちょうだい。それが俺の欲しい物だよ」
食事が終わると、リュカがベッドの横に並んで座った。
「きちんと食べたね」
「・・・」
「なんか、変な感じだね。こんなふうに兄さんと並んで座ったことなんてあったかな?この部屋にいたときは、いつも、戦っていたような気がする。そうじゃないときは、ヤッてたか」
自嘲気味な笑い声が響いた。
「・・・」
「ご機嫌斜めなのかな?じゃあ、俺の言いたいことだけ言っちゃおうかな?兄さん、愛しているよ。俺のこと信じてほしい。本気で言ってるんだよ?」
リュカの息が私の頬にかかった。
温かい感触と、懐かしさにどきりとする。
「勝手に話すよ。俺、ずっと子供の頃から兄さんのことが好きだった。多分、初めてこの屋敷に来たときから。俺には兄さんしかいなかった。それは信じてくれるかな?」
まあ、幼い頃は、そうだったかもしれない。
いつから私たちの関係は狂ってしまったんだろうか。どうして、取り返しがつかなくなってしまったんだろう。
「で、俺は兄さんを誰にもとられたくなかったし、ましてやイネスみたいな女と結婚させたくなかった。だって、あいつ、初めてあったときから俺に粉をかけてきてたんだ。俺があいつを好きだって勘違いしていたみたいだけど、俺は兄さんをとられないようにするために、その思い込みを利用したんだ」
リュカがごくりとつばを飲み込んだ。
「俺、それほど深く考えていなかった。ただ、兄さんをとられたくない一心で、イネスをたらしこんでやろうと思ったんだ。で、あいつの好きそうな言葉を書いて手紙を出した。簡単だったよ」
乾いた笑いが漏れる。
「ロマンス小説の主人公がいいそうなセリフとか?俺たちの関係が禁断の恋だとか、適当に話を盛れば、あいつはどんどん盛り上がっていった。公爵夫人になることはあきらめて、婚約を辞退してくれるんじゃないかと期待してたんだ。時間はかかったよ。ずいぶん長いことやりとりした。あいつからも酔っ払ったような手紙をたくさんもらったよ。俺は、それを好都合だと思ってたんだ。だって、兄さんと結婚したいといい出したら、その手紙を突きつければやめさせられると思ったんだ。そして、あいつは自分のことが欲しくて、俺がそういう振る舞いをするって思い込んでるって分かってたから」
大きなため息がひとつ。「クズだよな。分かってる。でも俺、どうしても兄さんをとられたくなかった」
1
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
大親友に監禁される話
だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。
目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。
R描写はありません。
トイレでないところで小用をするシーンがあります。
※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる