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後日譚〜あれから〜
19 【リュカ】兄の裁定
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空気が震えるほどの緊張感のなか、皆が兄を見つめ、次の言葉を待った。
「この件について、咎がある者は、私だ」
全員が息を飲んだ。さざなみのように動揺が広がっていく。
「一体何を・・・」
「公爵閣下はなんと?」
「聞き間違えか?」
ささやき声は、代理人の咳ばらいとともにピタリと止まった。
「静粛に」
今や、パン屋ギルドと関係がない人たちも、全員が兄さんを見つめて次の言葉を待っている。
俺も兄さんがなにをいい出すのか、ハラハラしながら見つめた。
「その者は、公爵家に縁のあるものだ」
「えっ?」
「ひぃ」
ギルドの親方たちから、悲鳴とも驚きとも聞こえるうめき声が上がった。
「結論から話せば、小麦粉も香辛料も私の指示でリュカに渡した。まさか、こんな騒ぎになるとは予想もしていなかった。配慮が足りなかったようだ」
「・・・リュ、リュカ親方はそんなことはひと言も・・・」
動揺した親方の目には、少し俺を責めるような色が浮かんでいた。
俺は兄がこの先なにを言うつもりなのか、そして、自分が公爵家の縁者であると知れてしまったことにうろたえ、下を向いてしまった。
「数日前、城の料理人が病に倒れたため、リュカにパン焼きを依頼した。城の内部に入った者は、城について口外したら死罪だ。防衛を考えればあたりまえのことだ。お前とて知らぬわけではあるまい」
「は、はい。もちろんでございます」
親方は、困ったように目を泳がせ、俺になんとかしろと合図を送ってくるが、俺だって兄さんがなにをどこまで言うつもりなのかわからないから、どうにも、答えようがない。
「まして、リュカが公爵家の縁の者であることが知れれば、お前たちは、これまでと同じ態度を取ることはできたのか?そういう者もいるだろうが、ほんの一握りだ。今回、お前たちが嫌疑をかけ、その後リュカになにをしたのかを思い起こせば、容易に察することはできるだろう」
兄は俺の顔の傷を順にながめ、警告するように親方たちを見た。
親方たちは、身を寄せるようにして、体を縮めた。そうすれば兄の視線から逃れられるとでも思っているかのように。
「ちがうか?」
「いえ、あの、その・・・」
「まあ、よい」
「おそらく、お前たちとしても、不正を見逃してはならないと、正義感からのことだったのだろう。報告については、褒めるべきことだ。しかも、平民の存在で高価な香辛料や岩塩を所持していたのは、たしかに不審である。これは、当家の料理長が、私のために新しいパンを開発させようと渡したものだ。つまり、責められるべきは私だ。どうだ?」
「あ・・・あの・・・」
困り果てたギルド長がオロオロと周りを見回し、助けてくれと目で訴えてきた。
「俺が・・・いえ、私が公爵様のことについてお話しなかったので」
俺が小さな声で申し出ると、ギルド長が隣に勢いよく膝をついた。
「どうか、お許しください!まさか、公爵家のご縁の方とは思いもよらず!大変申し訳ありませんでした!!」
「申し訳ありませんでした!!」
後にいた親方たちも、皆膝をつき、頭を下げた。
「私としても、城の者たちの腹を満たしてやらねばならない。パンがなくて困り果てたのは、分かってくれるな?」
「は、はい、もちろんでございます!」
ギルド長が飛び上がり、勢いよく何度も頭を下げた。
「まさか、リュカが・・・いえ、リュカ親方が、閣下の縁者とは思いもよらず、大変な失礼を・・・」
「分かってくれれば良い」兄は寛大に、手のひらをなだめるように振った。「ただ、私の頼みを聞いたせいで、親方に不利益があってはならん。まさか、そんなことは考えてはおらぬな?」
「は、はい。親方にはこれからも、街で領民のためにパンを焼いていただきたいと・・・」
親方たちが泡を食って頭を下げる姿を見て、俺はほっと息をついた。
(よかった。兄さんが、俺を縁の者だって言い出したときには、どうなるかと思ったけど。俺は街でパン屋を続けられるんだ)
冷たいベッドがさみしいと思っていた俺が、間違っていた。俺はレオンのためにも、パン屋を続けていかなきゃいけない。あの小さな店は、俺にとって大切な場所なんだ。
「うむ。分かってくれたか。さすが領民たちの台所を預かるパン職人だ。これからもよろしく頼む」
「ははっ。もちろんでございます」
ギルド長が深く頭を下げると、兄さんの雰囲気が少し柔らかくなった気がした。
「それでだ。一つ聞きたいことがある」
「はい!なんでございましょうか」
「リュカに、直接届けさせた小麦粉と香辛料が、リュカの店にあると申し出たのは誰だ?」
「え?それは」ポールがこそこそと誰かの後に隠れようとしたが、高い場所に座っている兄の目からは逃れられない。「ポール親方が・・・」
「ほう。では、ポール。お前に聞きたいことがある」
「は、はい・・・」
ポールが、他の親方たちに押し出されながら、消え入りそうな声で答えた。
「お前は、どうやって小麦粉と香辛料を手に入れたんだ?」
兄が、にやりと笑ったように、見えた。
「この件について、咎がある者は、私だ」
全員が息を飲んだ。さざなみのように動揺が広がっていく。
「一体何を・・・」
「公爵閣下はなんと?」
「聞き間違えか?」
ささやき声は、代理人の咳ばらいとともにピタリと止まった。
「静粛に」
今や、パン屋ギルドと関係がない人たちも、全員が兄さんを見つめて次の言葉を待っている。
俺も兄さんがなにをいい出すのか、ハラハラしながら見つめた。
「その者は、公爵家に縁のあるものだ」
「えっ?」
「ひぃ」
ギルドの親方たちから、悲鳴とも驚きとも聞こえるうめき声が上がった。
「結論から話せば、小麦粉も香辛料も私の指示でリュカに渡した。まさか、こんな騒ぎになるとは予想もしていなかった。配慮が足りなかったようだ」
「・・・リュ、リュカ親方はそんなことはひと言も・・・」
動揺した親方の目には、少し俺を責めるような色が浮かんでいた。
俺は兄がこの先なにを言うつもりなのか、そして、自分が公爵家の縁者であると知れてしまったことにうろたえ、下を向いてしまった。
「数日前、城の料理人が病に倒れたため、リュカにパン焼きを依頼した。城の内部に入った者は、城について口外したら死罪だ。防衛を考えればあたりまえのことだ。お前とて知らぬわけではあるまい」
「は、はい。もちろんでございます」
親方は、困ったように目を泳がせ、俺になんとかしろと合図を送ってくるが、俺だって兄さんがなにをどこまで言うつもりなのかわからないから、どうにも、答えようがない。
「まして、リュカが公爵家の縁の者であることが知れれば、お前たちは、これまでと同じ態度を取ることはできたのか?そういう者もいるだろうが、ほんの一握りだ。今回、お前たちが嫌疑をかけ、その後リュカになにをしたのかを思い起こせば、容易に察することはできるだろう」
兄は俺の顔の傷を順にながめ、警告するように親方たちを見た。
親方たちは、身を寄せるようにして、体を縮めた。そうすれば兄の視線から逃れられるとでも思っているかのように。
「ちがうか?」
「いえ、あの、その・・・」
「まあ、よい」
「おそらく、お前たちとしても、不正を見逃してはならないと、正義感からのことだったのだろう。報告については、褒めるべきことだ。しかも、平民の存在で高価な香辛料や岩塩を所持していたのは、たしかに不審である。これは、当家の料理長が、私のために新しいパンを開発させようと渡したものだ。つまり、責められるべきは私だ。どうだ?」
「あ・・・あの・・・」
困り果てたギルド長がオロオロと周りを見回し、助けてくれと目で訴えてきた。
「俺が・・・いえ、私が公爵様のことについてお話しなかったので」
俺が小さな声で申し出ると、ギルド長が隣に勢いよく膝をついた。
「どうか、お許しください!まさか、公爵家のご縁の方とは思いもよらず!大変申し訳ありませんでした!!」
「申し訳ありませんでした!!」
後にいた親方たちも、皆膝をつき、頭を下げた。
「私としても、城の者たちの腹を満たしてやらねばならない。パンがなくて困り果てたのは、分かってくれるな?」
「は、はい、もちろんでございます!」
ギルド長が飛び上がり、勢いよく何度も頭を下げた。
「まさか、リュカが・・・いえ、リュカ親方が、閣下の縁者とは思いもよらず、大変な失礼を・・・」
「分かってくれれば良い」兄は寛大に、手のひらをなだめるように振った。「ただ、私の頼みを聞いたせいで、親方に不利益があってはならん。まさか、そんなことは考えてはおらぬな?」
「は、はい。親方にはこれからも、街で領民のためにパンを焼いていただきたいと・・・」
親方たちが泡を食って頭を下げる姿を見て、俺はほっと息をついた。
(よかった。兄さんが、俺を縁の者だって言い出したときには、どうなるかと思ったけど。俺は街でパン屋を続けられるんだ)
冷たいベッドがさみしいと思っていた俺が、間違っていた。俺はレオンのためにも、パン屋を続けていかなきゃいけない。あの小さな店は、俺にとって大切な場所なんだ。
「うむ。分かってくれたか。さすが領民たちの台所を預かるパン職人だ。これからもよろしく頼む」
「ははっ。もちろんでございます」
ギルド長が深く頭を下げると、兄さんの雰囲気が少し柔らかくなった気がした。
「それでだ。一つ聞きたいことがある」
「はい!なんでございましょうか」
「リュカに、直接届けさせた小麦粉と香辛料が、リュカの店にあると申し出たのは誰だ?」
「え?それは」ポールがこそこそと誰かの後に隠れようとしたが、高い場所に座っている兄の目からは逃れられない。「ポール親方が・・・」
「ほう。では、ポール。お前に聞きたいことがある」
「は、はい・・・」
ポールが、他の親方たちに押し出されながら、消え入りそうな声で答えた。
「お前は、どうやって小麦粉と香辛料を手に入れたんだ?」
兄が、にやりと笑ったように、見えた。
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