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後日譚〜あれから〜
15 【リュカ】ナメクジ
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ぬるりとした感触が胸をはう。
ぞくっと寒気がはしり、うめき声を上げると、うれしそうな含み笑いが聞こえた。
「なあ、リュカ。暑いだろう、脱いじまえよ。お前なんでこんな高級なシャツ着てるんだ?これ絹じゃないか?売れば結構な値段になりそうだな」
男の声がガンガンと頭の中に響き渡る。
うるさい、静かにしろ。そう言ってやりたいのに、俺の喉からは、意味をなさないうめき声しか聞こえなかった。
「色が白いんだな。思ってたとおりだ。お前、ずっと俺に色目つかってただろ?なあ?」
男の乱暴な指が俺のシャツを無理やり脱がせると、ぼんやりと、さっきとはちがう天井が見えた。薄暗い部屋の中、ろうそくの炎がゆらぎ、天井で陰が踊っているように見える。
現実感がない。音も色もおおきくゆがみ、俺は深い沼の中にとらわれているように身体が動かない。
寒いのに、胸元をなまぬるいナメクジがはいまわっている。気持ちが悪い。
払いのけようとしたが、腕に力が入らない。頭にはもやがかかったようで、なぜこんなことになったのか、考えがまとまらない。
ナメクジは遠慮なく俺の乳首に歯を立てて、ほくそ笑んだ。
ナメクジに・・・歯?
どこからか、おかしいぞと警告が聞こえ、力を振り絞って、払いのけると、「痛っ!」と声をあげ、俺の顔を平手で殴りつけた。
「んーーー!!!」
抗議の叫び声をあげようとしたが、猿ぐつわを咬まされていることに気がついた。
「いいかげんにしろよ。お前が誘ったんだろ、大人しくしろ!」
ナメクジが俺の顔を何度も殴りつけ、俺の首を大きな手のひらで押さえつけた。
ナメクジじゃない。俺の顔をのぞき込んだのは、さっき一緒に酒を飲んでいたポールだった。唇がぴくぴくとけいれんし、自分を抑えられない様子だ。自分の左頬に触れると、ぬるっとした血に気がついたのか、目を怒らせて俺の頬を張った。
いままで、ちゃらちゃらした調子のいい男だと思っていたが、こんなに暴力的なやつだったんだ。しかも、おかしなことを言っていたような・・・俺の最後の記憶は、酒場の天井だ。それから、なにがどうしてこうなった?
ここはどこだ・・・俺は目だけを動かし、今いる場所を確認した。何度か泊まったことのある、宿の部屋だ。
そして、ベッドの上、ポールが両足で俺の動きを封じるようにしてのしかかっている。
(やめろ、やめろよ!)
叫び声を上げても、布に邪魔されて「んー、むむむー」と情けないうめき声しか出ない。
足をばたつかせると、今度は腹に拳が叩き込まれた。
「げほっ」喉の奥から苦しげな息がもれる。
だが、お陰で少し意識がはっきりしてきた。
(別にいいか、初めてでもあるまいし。どうせ兄さんは俺のこといらないんだ)
体に力が入らないんだから、どうしようもない。
(本当にいいのか?兄さんに軽蔑されるぞ)
雷のようにその思いが俺を貫いた。こんなところで、好きな男でもないのに寝たくない。しかも、身体が絶対におかしい。俺は身をよじらせて、拘束から逃れようと暴れると、ポールは舌打ちして、俺の両手を片手で押さえつけた。
「気持ちよくしてやるから、大人しくしろ」
低い声で告げると、俺のシャツを首元から勢いよく引き裂いた。
過去が、フラッシュバックする。二度と思い出すまいと決めた、あの夜のことを思い出す。
気が狂った閣下に拷問のように貫かれた。記憶の彼方に封じ込めたあの夜。
思い出したくもないのに、あの痛みと屈辱がよみがえり、ガタガタと震えだした。
(や、やめてくれ・・・)
必死で訴えても、ことばにならない。うーうーと唸り声をあげながらポロポロと涙がこぼれた。
いやだ、いやだ、いやだ・・・何か、何かないか?ポールの唇が俺の体を撫で、ズボンを引き下げる。その時、奇跡のように右腕が動き、ベッドサイドに置かれたろうそく台を床に叩き落した。
ガシャン!大きな音とともに、ろうそくが床に転がり、こぼれた蝋を伝って火がチロチロと床を舐めだした。
「うわっ!なにやってんだ、お前!」
火が瞬く間に広がり、炎が大きく上がる。
ポールが、叫びながらベッドから飛び降りると、同時にドアが開き、見覚えのある男が飛び込んできた。
男は目にも止まらぬ早業でポールの首に手刀を打ち込み、床に落ちたろうそくの火を、枕と靴をつかった無駄のない動きで即座に消した。
「すみません。抱き合って部屋に入っていったので、同意かと」
男は涙でグシャグシャになった俺の顔と猿ぐつわを見て、申し訳無さそうに顔を歪めた。
さっき、酒場で俺をじっと見ていた男。声を聞いて思い出した。学園時代、いつも俺のところに、届け物をしていた男だ。たしか、名前は「ジャック」
猿ぐつわをはめられたおれの声は、くぐもっていて聞き取りづらいが、自分の名前はすぐに分かるらしい。ジャックが、あわてて猿ぐつわを外した。
「起こしてくれ」
のどががさがさして、痛い。
俺が喉に手を当てると、ジャックが俺を気の毒そうに見ていた。「おそらく、薬を盛られたんでしょう。あの者の前で何か飲みましたか?」
うかつだった。まさか同業者がそんなことをするとは。俺を見ている男がいると、壁を見るように誘導された。あのときに違いない。しかも、飲みすぎて味もわからなくなっていたし・・・
猛烈な吐き気に襲われ、ジャックが差し出した手桶に胃の中のものを吐き出すと、気分は悪いが、少しずつ頭が冷静になってきた。
「お前、なんで・・・偶然か?それとも・・・ベネディクトの差金か?」
「どちらでもありません。私に言えるのはここまでです」
ふたりの目が合い、誰がジャックを差し向けたのか分かった。
「同意じゃない」
「すみませんでした」
「酒場でぶっ倒れてから記憶がない。引きずられるようにして、この部屋に運ばれたのを、勘違いしたんだろ」
「申しわけありませんでした」
「いや・・・助かった。ありがとう。頼むから、このことは兄さんには言わないで」
それだけ言うのが精一杯だった。
俺は、ベッドに飲みこまれるように、眠ってしまった。
ぞくっと寒気がはしり、うめき声を上げると、うれしそうな含み笑いが聞こえた。
「なあ、リュカ。暑いだろう、脱いじまえよ。お前なんでこんな高級なシャツ着てるんだ?これ絹じゃないか?売れば結構な値段になりそうだな」
男の声がガンガンと頭の中に響き渡る。
うるさい、静かにしろ。そう言ってやりたいのに、俺の喉からは、意味をなさないうめき声しか聞こえなかった。
「色が白いんだな。思ってたとおりだ。お前、ずっと俺に色目つかってただろ?なあ?」
男の乱暴な指が俺のシャツを無理やり脱がせると、ぼんやりと、さっきとはちがう天井が見えた。薄暗い部屋の中、ろうそくの炎がゆらぎ、天井で陰が踊っているように見える。
現実感がない。音も色もおおきくゆがみ、俺は深い沼の中にとらわれているように身体が動かない。
寒いのに、胸元をなまぬるいナメクジがはいまわっている。気持ちが悪い。
払いのけようとしたが、腕に力が入らない。頭にはもやがかかったようで、なぜこんなことになったのか、考えがまとまらない。
ナメクジは遠慮なく俺の乳首に歯を立てて、ほくそ笑んだ。
ナメクジに・・・歯?
どこからか、おかしいぞと警告が聞こえ、力を振り絞って、払いのけると、「痛っ!」と声をあげ、俺の顔を平手で殴りつけた。
「んーーー!!!」
抗議の叫び声をあげようとしたが、猿ぐつわを咬まされていることに気がついた。
「いいかげんにしろよ。お前が誘ったんだろ、大人しくしろ!」
ナメクジが俺の顔を何度も殴りつけ、俺の首を大きな手のひらで押さえつけた。
ナメクジじゃない。俺の顔をのぞき込んだのは、さっき一緒に酒を飲んでいたポールだった。唇がぴくぴくとけいれんし、自分を抑えられない様子だ。自分の左頬に触れると、ぬるっとした血に気がついたのか、目を怒らせて俺の頬を張った。
いままで、ちゃらちゃらした調子のいい男だと思っていたが、こんなに暴力的なやつだったんだ。しかも、おかしなことを言っていたような・・・俺の最後の記憶は、酒場の天井だ。それから、なにがどうしてこうなった?
ここはどこだ・・・俺は目だけを動かし、今いる場所を確認した。何度か泊まったことのある、宿の部屋だ。
そして、ベッドの上、ポールが両足で俺の動きを封じるようにしてのしかかっている。
(やめろ、やめろよ!)
叫び声を上げても、布に邪魔されて「んー、むむむー」と情けないうめき声しか出ない。
足をばたつかせると、今度は腹に拳が叩き込まれた。
「げほっ」喉の奥から苦しげな息がもれる。
だが、お陰で少し意識がはっきりしてきた。
(別にいいか、初めてでもあるまいし。どうせ兄さんは俺のこといらないんだ)
体に力が入らないんだから、どうしようもない。
(本当にいいのか?兄さんに軽蔑されるぞ)
雷のようにその思いが俺を貫いた。こんなところで、好きな男でもないのに寝たくない。しかも、身体が絶対におかしい。俺は身をよじらせて、拘束から逃れようと暴れると、ポールは舌打ちして、俺の両手を片手で押さえつけた。
「気持ちよくしてやるから、大人しくしろ」
低い声で告げると、俺のシャツを首元から勢いよく引き裂いた。
過去が、フラッシュバックする。二度と思い出すまいと決めた、あの夜のことを思い出す。
気が狂った閣下に拷問のように貫かれた。記憶の彼方に封じ込めたあの夜。
思い出したくもないのに、あの痛みと屈辱がよみがえり、ガタガタと震えだした。
(や、やめてくれ・・・)
必死で訴えても、ことばにならない。うーうーと唸り声をあげながらポロポロと涙がこぼれた。
いやだ、いやだ、いやだ・・・何か、何かないか?ポールの唇が俺の体を撫で、ズボンを引き下げる。その時、奇跡のように右腕が動き、ベッドサイドに置かれたろうそく台を床に叩き落した。
ガシャン!大きな音とともに、ろうそくが床に転がり、こぼれた蝋を伝って火がチロチロと床を舐めだした。
「うわっ!なにやってんだ、お前!」
火が瞬く間に広がり、炎が大きく上がる。
ポールが、叫びながらベッドから飛び降りると、同時にドアが開き、見覚えのある男が飛び込んできた。
男は目にも止まらぬ早業でポールの首に手刀を打ち込み、床に落ちたろうそくの火を、枕と靴をつかった無駄のない動きで即座に消した。
「すみません。抱き合って部屋に入っていったので、同意かと」
男は涙でグシャグシャになった俺の顔と猿ぐつわを見て、申し訳無さそうに顔を歪めた。
さっき、酒場で俺をじっと見ていた男。声を聞いて思い出した。学園時代、いつも俺のところに、届け物をしていた男だ。たしか、名前は「ジャック」
猿ぐつわをはめられたおれの声は、くぐもっていて聞き取りづらいが、自分の名前はすぐに分かるらしい。ジャックが、あわてて猿ぐつわを外した。
「起こしてくれ」
のどががさがさして、痛い。
俺が喉に手を当てると、ジャックが俺を気の毒そうに見ていた。「おそらく、薬を盛られたんでしょう。あの者の前で何か飲みましたか?」
うかつだった。まさか同業者がそんなことをするとは。俺を見ている男がいると、壁を見るように誘導された。あのときに違いない。しかも、飲みすぎて味もわからなくなっていたし・・・
猛烈な吐き気に襲われ、ジャックが差し出した手桶に胃の中のものを吐き出すと、気分は悪いが、少しずつ頭が冷静になってきた。
「お前、なんで・・・偶然か?それとも・・・ベネディクトの差金か?」
「どちらでもありません。私に言えるのはここまでです」
ふたりの目が合い、誰がジャックを差し向けたのか分かった。
「同意じゃない」
「すみませんでした」
「酒場でぶっ倒れてから記憶がない。引きずられるようにして、この部屋に運ばれたのを、勘違いしたんだろ」
「申しわけありませんでした」
「いや・・・助かった。ありがとう。頼むから、このことは兄さんには言わないで」
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