兄さん、あんたの望みを教えてくれよ。

藍音

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後日譚〜あれから〜

1 【リュカ】あれから

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ドアベルが大きく、まるで教会の鐘の音のように鳴り響く。
大音響は狭い売り場から俺がいる厨房までいきおいよく流れ込み、俺はそれを合図に売り場に駆けこんだ。

「いらっしゃいませ!!」
大声であいさつすると、何事かと目を丸くした常連のトリーとレオンがぽかんと口を開けた。

「あ、ああ、こんにちは。元気いいわね」

トリーは近所に住む騎士の奥さんで、先週、孫が生まれたとうれしそうに話していたばかりだ。
驚きながらも優しく微笑んでくれるトリーを必要以上の熱をこめて迎えてしまったと、照れくさくなる。

「いや、その。お孫さんの様子はどうなか・・・と」
「まあ!覚えていてくれたのね!」
「もちろんですよ。アメリアの様子はどうですか?」
「そう!それでいま相談しようと思ったところだったのよ!」

アメリアは、トリーの先週孫を産んだばかりの娘だ。
水を向けると、トリーの頭は生まれたばかりの孫と娘のことでまた一杯になった。

「それがね、赤ん坊を産んでからアメリアの体調が戻らなくて・・・普通だったらとっくに元気になってもいいころなのに、全然食欲もなくて・・・お乳もでなくて困ってるのよ。しかたがないから、お姑さんが近所でもらい乳をしてくれてるんだけど、いつまでもってわけにはいかないし・・・それで、こんな時だから白いパンを差し入れたらどうかと思ってね」
「白いパン?」
「贅沢すぎるかしら?でも、こんな時だからいいでしょう?」
「そ、そうですね。体調が悪いときには食べられるものを食べないと・・・」
「そうなのよ。だから、白いパンをいただけない?」

トリーは我が意を得たりとほっとしたように笑う。
でも、俺は困り果てて頭をさげた。

「すみません、白いパンを焼くための粉はあまり量がないんです。ほら、俺たちはたいてい黒いパンを食べているでしょう?お祭りのときにしか白いパンは食べないから、もともと街の粉屋はそんなに白い粉をひかないし・・・」

それに、もう今月は2回も追加で引いてもらって嫌な顔をされたばかりだ。

「えっ?材料がないってこと?」
「そうなんです。すみません。」俺はもう一度頭を下げた。「少し時間をもらって、ギルドから白いパンの材料を回してもらえないか、聞いてみることもできますけど・・・でも、お急ぎなら他のパン屋に当たってもらったほうがいいかもしれません」
「・・・そう。それじゃ仕方がないわね」トリーはため息をついた。「他を当たってみるわ。娘はここのパンが好きだから・・・と思ったけど」
「本当に申し訳ないです」
「いいわ。気にしないで」

トリーはにこりともせずに手を降ると、店から出ていった。
ドアベルがちりんちりんとむなしく音を立てた。

「アメリア、大丈夫かな」レオンがポツリとつぶやいた。
「・・・うん」

俺は小さな声で返事をすると、そのまま厨房に戻り、濡れ布巾を剥がし、パン種を優しくさすった。あれだけあわてて出ていったのに、パン種に乾燥防止の濡れた布巾をかけることは忘れなかったらしい。

(俺、パン屋なのに・・・産後の肥立ちが悪いお客さんに特別なパンを用意することができないなんて・・・なにかできることはないかな。せめて・・・)

俺は引き出しの中から焼菓子を引っ張り出した。
以前、ナッツを使わないサクサククッキーをつくるためにレオンに試食させてから、すっかりお気に入りになった焼き菓子のストックならたくさん作ってあった。それをきれいな布に包むと厨房を飛び出した。走れば、まだトリーに追いつけるかもしれない。街にはあと2~3軒のパン屋があるが、一番近い店だろうと当たりをつけると、すぐにトリーの丸い背中が見えた。

「トリー!」
「リュカ?どうしたの?」

驚いた顔のトリーの手元に焼菓子の包みを押し付ける。

「これ・・・アメリアに。日持ちがする菓子なので、なんかの足しにはなるんじゃないかと。良ければ、俺からのお見舞いです」
「まあ、リュカ」
「今日はご要望にこたえられなくてすみませんでした。アメリアが元気になることを俺も祈っておきます」
「ありがとう、リュカ。さっきは嫌な態度を取ってごめんなさいね」トリーの顔がくしゃりとゆがんだ。「娘が心配で・・・」
「嫌な態度なんて取ってませんよ。俺の方こそ、役に立てなくてすみません。白いパンを買ってくれるお客さんがいてね。俺の分は使い切っちゃったんで・・・本当にすみませんでした」
「いいのよ。ありがとう。きっとあんたの焼き菓子ならアメリアもよろこぶに違いないわ。ありがとね」

互いに笑顔で別れ、少しだけ心が軽くなったが、まだ問題は残っていた。

(もう、白いパンを焼ける粉がないんだよな・・・どうしよう)

俺はとぼとぼと厨房に戻り、またパン種をこねはじめた。
窓から外をながめると、どんよりとした雲が空をおおっていた。まるで、俺のきもちみたいに。


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