215 / 279
第四幕〜終わりの始まり〜
214 【リュカ】兄さん、あんたの望みを教えてくれよ。
しおりを挟む
「閣下の葬儀の時、兵士が遺品を持ってきたことがあった。覚えてるかな?」
兄がかすかにうなずいたように見えた。
「絶対に家族に渡すようにって言いつけられて来た代理の兵士だった。あの時、兵士が代理じゃなければ、俺の手に手紙が渡ることはなかったんじゃないか?確か兵士の上司はアンタの直属の部下だと名乗っていたはずだ。アンタ本人に渡せって意味だったんだろう?」
兄は眉ひとつ動かさず俺を見ている。その表情からは相変わらず何も見えなかった。
「あの手紙。あれは、俺が書いたものだろう?違うか?間違いなく俺の字だった」
「リュカ」
兄は呆れたようにため息をひとつついた。
「憶測でものを言うんじゃない。父の遺品を家族に渡すのは当然のことだろう。当日はたくさん臨時雇いの人間がいたんだ。それに、なんで父の遺品をお前が書いたものだと思うんだ」
「字を見たんだ。俺の字だった」
「字が似ていただけだろう。似た字を書くものなどごまんといる」
「・・・それはそうだけど」
「何が話したいのかわからないな。そんなことよりもお前がこれからどうするかを考えたほうが有意義だと思うが」
「・・・」
「話を次に進めよう。父の遺品の手紙があった。それは事実だ。埋葬の時に一緒に棺に治めてしまったよ。今では、取り戻すすべもないな。それに仮にお前が書いたものだったとしたら何だ。父が亡くなったのは不幸な事件だった。それを引き起こせたはずもない」
「俺が!言いたいのは!閣下をおびき寄せる道具に俺の手紙を使っただろうってことだよ!」
「・・・想像力が豊かすぎるのも問題だな」
兄は吐き捨てるように言うと、俺を見た。
「そんなことよりも、お前のこれからについて話をしよう」
「いや!まだだ!まだ話したいことがある」
兄はちらりと時計を気にする素振りを見せた。
「手短に」
「・・・本題はこれからだ。実の父親を眉ひとつ動かさずに殺せるなんて、恐ろしいよ。実際に手をくだしたわけじゃなくても、アンタがやったんだろう?互いに殺し合おうとしてたみたいだし、空恐ろしいけど、俺とはかけ離れた世界だったんだろうと思う」
兄は否定も肯定もせず、ただ肩をすくめた。
「閣下を殺したのがアンタだって気がついた時、もつれた糸がほどけていくように、今まで何が起こっていたのかがはっきりしたんだ。ずっと何かがおかしいと思っていたこと。それが何なのかはっきりと分かった。」
「ふうん?」兄は興味なさげに相槌を打つ。
「閣下が母が死んだ時の医者の見習いをずっと探していたのは知ってるか?」
部屋の空気がガラリと変わった。兄は退屈さを装うのを忘れ、目の奥が光った。
「よくは知らないが・・・聞いてはいた」
「なんで医者の見習いなんか探すのか、分からなかったんだ。だって、母を救えなかった医者は殺しちまってたし、見習いは何も知らないからって解放したんだろ?それなのに、なぜ?変な話だよな」
「・・・」兄は先程の動揺を見事に押し隠し、俺を見ている。
「見習いが知ってたからだよ」
「何を」
「医者も見習いも、そのへんの薬師も、誰もが妊婦に害のある薬を処方するわけがないってな。俺にもそう言ったよ。その時はなんとも思わなかったんだ」
「・・・」
「だが、時間がたって、なぜ閣下がしつこく医者の見習いを殺そうとしていたのか、そして、見つけられないと荒れ狂うのか。医者の見習いが当たり前のこととして言っていたことが、危険だったからだ。つまり、医者が妊婦に悪い薬を処方していなかった、ってことだよ。
じゃあ、誰が?
閣下は、医者の見習いを見つけられないといつも荒れ狂って暴れてた。お陰で俺もひどい目にあったよ。胸の内なんて考えたくもないけど、多分、矛盾した思いに引き裂かれていたんだろうな。
アンタを殺しちまいたいほどの憎しみと、公爵家のために庇わなければならない現実に」
俺は兄を見た。
兄は無表情なまま私を見ていたが、その口元は何も言うまいと硬く引き結ばれたままだった。
「母のお産には不自然なところがあった。ありえないほどの急な出血で、医者にも手の施しようがなかったって。それに、ヒルダの・・・母の使用人によれば、公爵家から血行に良いお茶が届けられたって話だ。母に執着していた閣下が母を害するわけがない。誰がそんなことをする?簡単だよな。奥様だ。だけど、閣下は俺に言った。奥様はそれほど頭が回らないって。じゃあ誰が?誰なら頭が回るんだよ。そして、奥様が耳を傾けた相手は?あの性格だ。限られた人間だけだろう。そして、その限られた人間のひとりが、アンタだ。」
部屋を満たす冷たい空気に溺れそうになる。
ぎりぎりと音を立てて胸が痛む。だが、言わなければならない。
前に進むために。
「母を死に追いやったのはアンタだろう?」
兄は微動だにせず、ただ瞳の奥だけが冷たく光った。
「なんでそんなことをしたんだ?母がアンタに何をした?」
西陽がふたりを断ち切るかのように強く俺たちを照らした。
「なあ、兄さん、教えてくれよ」
兄がかすかにうなずいたように見えた。
「絶対に家族に渡すようにって言いつけられて来た代理の兵士だった。あの時、兵士が代理じゃなければ、俺の手に手紙が渡ることはなかったんじゃないか?確か兵士の上司はアンタの直属の部下だと名乗っていたはずだ。アンタ本人に渡せって意味だったんだろう?」
兄は眉ひとつ動かさず俺を見ている。その表情からは相変わらず何も見えなかった。
「あの手紙。あれは、俺が書いたものだろう?違うか?間違いなく俺の字だった」
「リュカ」
兄は呆れたようにため息をひとつついた。
「憶測でものを言うんじゃない。父の遺品を家族に渡すのは当然のことだろう。当日はたくさん臨時雇いの人間がいたんだ。それに、なんで父の遺品をお前が書いたものだと思うんだ」
「字を見たんだ。俺の字だった」
「字が似ていただけだろう。似た字を書くものなどごまんといる」
「・・・それはそうだけど」
「何が話したいのかわからないな。そんなことよりもお前がこれからどうするかを考えたほうが有意義だと思うが」
「・・・」
「話を次に進めよう。父の遺品の手紙があった。それは事実だ。埋葬の時に一緒に棺に治めてしまったよ。今では、取り戻すすべもないな。それに仮にお前が書いたものだったとしたら何だ。父が亡くなったのは不幸な事件だった。それを引き起こせたはずもない」
「俺が!言いたいのは!閣下をおびき寄せる道具に俺の手紙を使っただろうってことだよ!」
「・・・想像力が豊かすぎるのも問題だな」
兄は吐き捨てるように言うと、俺を見た。
「そんなことよりも、お前のこれからについて話をしよう」
「いや!まだだ!まだ話したいことがある」
兄はちらりと時計を気にする素振りを見せた。
「手短に」
「・・・本題はこれからだ。実の父親を眉ひとつ動かさずに殺せるなんて、恐ろしいよ。実際に手をくだしたわけじゃなくても、アンタがやったんだろう?互いに殺し合おうとしてたみたいだし、空恐ろしいけど、俺とはかけ離れた世界だったんだろうと思う」
兄は否定も肯定もせず、ただ肩をすくめた。
「閣下を殺したのがアンタだって気がついた時、もつれた糸がほどけていくように、今まで何が起こっていたのかがはっきりしたんだ。ずっと何かがおかしいと思っていたこと。それが何なのかはっきりと分かった。」
「ふうん?」兄は興味なさげに相槌を打つ。
「閣下が母が死んだ時の医者の見習いをずっと探していたのは知ってるか?」
部屋の空気がガラリと変わった。兄は退屈さを装うのを忘れ、目の奥が光った。
「よくは知らないが・・・聞いてはいた」
「なんで医者の見習いなんか探すのか、分からなかったんだ。だって、母を救えなかった医者は殺しちまってたし、見習いは何も知らないからって解放したんだろ?それなのに、なぜ?変な話だよな」
「・・・」兄は先程の動揺を見事に押し隠し、俺を見ている。
「見習いが知ってたからだよ」
「何を」
「医者も見習いも、そのへんの薬師も、誰もが妊婦に害のある薬を処方するわけがないってな。俺にもそう言ったよ。その時はなんとも思わなかったんだ」
「・・・」
「だが、時間がたって、なぜ閣下がしつこく医者の見習いを殺そうとしていたのか、そして、見つけられないと荒れ狂うのか。医者の見習いが当たり前のこととして言っていたことが、危険だったからだ。つまり、医者が妊婦に悪い薬を処方していなかった、ってことだよ。
じゃあ、誰が?
閣下は、医者の見習いを見つけられないといつも荒れ狂って暴れてた。お陰で俺もひどい目にあったよ。胸の内なんて考えたくもないけど、多分、矛盾した思いに引き裂かれていたんだろうな。
アンタを殺しちまいたいほどの憎しみと、公爵家のために庇わなければならない現実に」
俺は兄を見た。
兄は無表情なまま私を見ていたが、その口元は何も言うまいと硬く引き結ばれたままだった。
「母のお産には不自然なところがあった。ありえないほどの急な出血で、医者にも手の施しようがなかったって。それに、ヒルダの・・・母の使用人によれば、公爵家から血行に良いお茶が届けられたって話だ。母に執着していた閣下が母を害するわけがない。誰がそんなことをする?簡単だよな。奥様だ。だけど、閣下は俺に言った。奥様はそれほど頭が回らないって。じゃあ誰が?誰なら頭が回るんだよ。そして、奥様が耳を傾けた相手は?あの性格だ。限られた人間だけだろう。そして、その限られた人間のひとりが、アンタだ。」
部屋を満たす冷たい空気に溺れそうになる。
ぎりぎりと音を立てて胸が痛む。だが、言わなければならない。
前に進むために。
「母を死に追いやったのはアンタだろう?」
兄は微動だにせず、ただ瞳の奥だけが冷たく光った。
「なんでそんなことをしたんだ?母がアンタに何をした?」
西陽がふたりを断ち切るかのように強く俺たちを照らした。
「なあ、兄さん、教えてくれよ」
0
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
大親友に監禁される話
だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。
目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。
R描写はありません。
トイレでないところで小用をするシーンがあります。
※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる