兄さん、あんたの望みを教えてくれよ。

藍音

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第四幕〜終わりの始まり〜

213 【リュカ】兄との対面

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「いま、茶をもたせよう」

そう言って兄が手を挙げると、どこかに控えていたのか、数人のメイドが現れ、魔法のように目の前にお茶と茶菓子をテーブルに置き、また現れたときと同じように滑るようにどこかに消えていった。
俺たちがのんびりと書斎でお茶を飲むなんて・・・なんだか、妙におかしい。
そのおかしさに、笑いがこみ上げる。

「体調はどうだ?」
兄は気遣わしげに言いながら、俺の顔を覗き込もうとした。俺は表情を見られないように顔を伏せる。いま、声を聞いただけで泣きそうになっていると知られたくなかった。
兄のため息とティーカップを手に取る音が聞こえた。

本当に、情けない。まるでただの世間話のように体調を尋ねる兄も、その声に動揺する俺も。
俺は、自分に向けた苛立ちを兄にぶつけた。
「・・・誰のせいで」
俺がここまで弱ったのは誰のせいだ?足かせで俺を縛り付け、身体が動かなくなるほど犯したのは誰だよ。

「食事を届けられなかったのはすまなかった。そのせいで生命を落としかけたとも聞いた。許してくれ。決してお前を害そうとしたことではなかったんだ」
「へえ、そう?」
俺は顔を上げた。自分でも目に挑戦的な光が宿ったのが分かった。

「俺はてっきり、じゃまになった男妾を殺そうとしたんだと思ったよ。もう用済みだろうからな」
「・・・」兄は何も答えなかった。だが、深く考え込むように、顎に手を添えてかがみ込んだ。
「用済みならそう言えばいいじゃないか。俺が繋いでくれって頼んだとでも言うのかよ」
「・・・」
切れるほどの沈黙が部屋の中を満たした。
ようやく目が慣れて、表情がはっきりしてきた兄は、ずいぶんと疲れているように見えた。
「・・・頼まれた覚えはないな」
投げやりに答えたその言葉は、妙なほど俺を傷つけた。

なんで否定してくれないんだよ。
男妾じゃないって。少しは・・・情があったからだって、言ってくれてもいいじゃないか。そんなこと嘘でも言えないか?
なのに口をついて出た言葉はやはり素直な気持ちではなかった。

「兄さんは、全部知ってたんだろ。いや、全部兄さんがやらせたんだろ。俺のことがそんなに憎かったのか?憎まれても仕方がないことをしたとは分かってるけど」
「お前が命を落とすほどの危機にさらされたことは、誓ってもいいが、私の差金さしがねではない。だが、私のせいだ」

その瞬間、兄が10も年を取ったように見えた。

「すまなかった。本当に、お前を危険な目に合わせる気はなかった。医者からも聞いている。あと数時間遅かったら、命が危なかったかもしれないと」
「あんたは一体俺をどうしたいんだよ。消えてほしいならそう言えばいいだろ」
「お前を消せるのなら、苦労はないさ」兄はつぶやくように言い、「それで?話とは何だ」と話題を変えた。まるで、俺が仕事の邪魔だとわからせるかのように。

「俺はっ!」

俺は、何を話そうと思ってたんだろう。
それまで色々と考えていたことも、兄さんと話すとすべてが空っぽで薄っぺらく思えた。

「・・・話がしたかったんだ」
「・・・へえ」

兄の声が皮肉に聞こえた。

「私達が話をするとはね」
「何だよ。どういう意味だよ」
「別にいい。それで、何の話だ」
「昔話がしたい」
「ふうん。手短にな。今日も忙しい」
「・・・なんだよ。用済みだからって冷たいんじゃないか」
「そんなんじゃない。だが・・・まあいい」兄は手を振って話を促した。

「俺知ってたんだ」
「何を?」
「昔、ルイスって使用人が湖に浮いてたことがあった。あれは兄さんの仕業?」
「突然何の話だ」

兄さんは、少しも揺るがない。
ただ、一瞬ゆびさきがぴくりと動いたような気がした。気のせいだろうか。でも、もう止められない。

「いや?別に。ちょっと肩慣らしかな。いつも俺を腹の底ではばかにするように見ていた男だ。あいつが来るといつも腹を壊したり、奥様に殴られたりろくなことがなかったんだけど」俺はニヤッと笑った。「ある日、湖に浮いてた」
「そうか。記憶にないな」兄は素知らぬ顔で紅茶を口に運んだ。
「ふうん?そう?じゃあまさか、自分の父親のことは?」

流石に、実の父親のことは覚えてないとは言えないだろう?

「父?父は高価な服装で下町を歩いて暴漢に襲われたんだ。気の毒に。治安の改善は喫緊の課題だというのに・・・」
「俺は、閣下にはいい思い出もないし、酷く・・・乱暴なことをされて、むしろ恨んでいたぐらいだ。衣食住で世話になっていたって、あんなことされたら、全部帳消しだ。だから、死んだと聞いてもなんとも思わなかった。だけど、ひとつだけ引っかることがあったんだ」
「・・・」

兄は視線だけで俺に先を続けるように促した。
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